第101話 天罡吸魔法 その1
まぁ、正直に言っちゃうけどさ。
俺とエデンは、先の帝国との戦が終了してからしばらくの間、聖教会の神殿奥深くの地下牢に閉じ込められていた時期がある。
何をそんなに悪いことしたのかって?
もともとは俺が役人殺しの罪で追われていたっていうのもあったんだけど――
ぶっちゃけて言うと、俺達の使う気功の技っていうのがこっちの世界(いわゆる砂漠を挟んで西側の諸国)では邪法だったみたいなんだ。
役人を殺し、妹と離れ離れになったあの日から数日後――俺は女侠テンジンの力を借りて砂漠を渡った。そして今度こそ妹の本物の師匠になるために、俺は東国で必死に武術の修行をしたんだ。
まずは、目が見えなくても、まるでそれを感じさせないように振る舞うテンジンからは『天聴神功』を学び――
常に逆立ちをしながら、手足を逆転して生活している変人……上下仙人という人物からは、常識にとらわれない身体の活用法『自在天身法』を学び――
そして――その他にも色々と――
もちろん、こちらでの魔法に相当する力『気功』の術も俺が東方の大地にて学んだものである。
まぁ、その他にもエデンとの出会いや、その他の技などこの辺りのくだりは話すと長くなるからまた後で説明するけれど。
要は、俺とエデンの二人が役人殺しの罪で関所の牢屋にぶち込まれていた際、たまたま暇つぶしで修行していた『気功の術』が、聖教会に見つかってしまい危険視されたようなんだ。
曰く、「その技は邪法である」と……
そして、俺達の身柄は聖教会に預けられることになった。
神殿地下深くの薄暗い地下牢は、鉄格子の扉から外気が入れ替わる帝国の牢とはまるで違っていた。そこは地下深くに何重にも張られた魔力結界と分厚い鉄の扉が外界の光と外気を閉ざした、ただひたすら薄暗く劣悪な環境だった。
いったい……どうして、俺達がそんな魔王でも閉じ込めておくような牢屋に入れられなきゃならんのか……。
そんなことは、俺達の知るよしも無かったが……
俺達にとって幸いだったことは、
なんと過去にこの牢屋に囚われていたであろう先人が、この地下牢の脱出方法を部屋の片隅に書き記してくれていたことだった。
それは前世の日本で見て以来、久しく目にすることのなかった漢字だけで書かれていて……まるで世界史の教科書に出てくる中国の碑文のように、剥き出しの岩盤に深く彫り刻まれていた。
誰が何の為に?
俺達は、そんな無粋なことは想像すらしなかった。
そんなこと俺達を助ける為に決まっている。でなければこんな都合良く異世界から来た俺にしか読めない『漢字』で、わざわざ脱獄の方法を書き記しておく意味が無いじゃないか。
しかし、結局のところ。この脱獄方法というのが、とある武芸をまるまる習得しなければならないという……非常に根気のいる方法だったわけで。
まぁ、俺達二人が脱獄を果たすまでには、およそ一年近くの歳月を費やしてしまったのだ。
そして……。
その時に俺が習得した武芸こそ、この相手の魔力を吸収することが出来る大技『天罡吸魔法』を含む、九つの技が記された『九魔法典』だったのだ。
どうせなら、もっと派手な必殺技を繰り出して、豪快に邪神を倒してみたかったんだけど……。
今の俺が持つ最高のカードは、どうやらこの手間ばかりかかって、めっぽう地味な大技『吸魔法』しか無いらしい。
エデンに言われるまでこの技の使い道は、あの神殿の地下牢を脱出するためだけの武術だと思い込んでいた俺であったが……。
今この時に、この技を使わずにいつ使うのか。
それはまさに「今でしょ!」の大技であった。
そうとなれば、もう格好良かろうが悪かろうがやるしかない。俺は一年もの間、ただひたすらに牢獄を脱出するためだけに修行していた『吸魔法』の準備に取り掛かった。
だが残念なことに、この大技には大きな欠点がある。
あの醜悪な邪神の魔力を俺の体内に吸収するためには、まず自らの身体を作り変えてやらなければならないのだ。
そしてその為には三つの段階を踏まなくてはならない。
第一に、魔力を吸収するために俺の丹田に蓄えられた『気』を全て体外へと放出する必要がある。
だが、そのおかげで俺はこの技を使用している時は内功(気の力)でもって強化していた身体がまるっきり無防備になってしまうのだ。
第二に、全身に気を循環させるための気脈を全て俺の右手へと移動させて丹田へと直結する。これは、太く一本に纏められた気脈を、吸収した魔力を一気に丹田へと落とし込む大動脈として使用する為である。
だが、この作業にはかなりの時間がかかるのだ。
第三に、気脈が集められた右手のひらに、魔力を吸収する扉をひらくこと。
この三つが整わなくては、この大法を行使することはできない。
詰まる所。準備に非常に時間がかかるわけだ。
そして……。
魔力を吸収するにあたっては、対象物……ここでは邪神に扉が直接触れていなくてはならず、俺は無防備の状態で邪神に接触するという危険に身を晒さなくてはならない。
つまり――
この『天罡吸魔法』を邪神に使うなら、二度目は無い。失敗は絶対に許されないのだ。




