空の無い海の有る町で
身を切るような寒風が吹けど、朝は来た。昨日までと変わらず、東方より太陽は昇り。
水面に乱反射する光。金色の欠片。
穏やかな湾内には、ゆらゆら揺れる小舟のシルエットが二つ三つ。
開け放った窓から、ぬっと顔を突き出した。潮の香混じりの朝靄の、湿った空気が産毛を濡らす感触。
庭先の茂みで、枯れ草が音を立てる。視線を向けた時には、影。何かが居たとしか分からず。
ふと坂道に目をやると、石畳の上を野良猫が駆けてゆくのが見えた。
誰にも聞こえぬような声で、鳴き真似をしてみる。
とっくに野良猫の背は見えぬし、仮に近かろうと振り向きもしないだろう。
さりとて。
結果が見えていたとて、やってみなけりゃ分からないものだ。
どんなに低くとも可能性が零ではないのなら、起こる。有り得ないと思える事だって、起きてしまったなら事実は動かせない。
それはそれとして、と言うことが多いにしても、だ。
「空なんて落ちるわけが無いだろう」
担任教師の嘲るような口調が、今も忘れられないでいる。
忘れたいわけでも、忘れたくないわけでもない。忘れられずにいるだけだ。
根に持っている、かは分からない。
この世に居ない人について、自分がどう感じていようがどうだって良かった。
空は落ち、あの教師は死んだ。
それだけ。
結果が残るだけ。
町の人たちの多くが、亡くなった。
空が落ちてきたせいで。
警告したつもりは無い。
それに、事前に知っていたから何だと言うのか。
自分の言葉を信じなかったからだ、と単純に考えるつもりもない。
たまたま、だ。
空が落ちてきたことも、自分が生き残ったことも。
もしも、町で難を逃れたのが自分一人だったなら、また違った考えを持っていたかも知れない。
しかし、現実はそうじゃなかったから。
周囲数軒に暮らしていた自分たち一家のような人以外、ほぼ空に潰されて命を失った。
ご近所さんでも、出かけていたせいで亡くなった人もいる。空が落ちる時に偶然、うちの近くの道を歩いていて助かった人もいる。
運。
違いなんて、きっとそれだけ。
空が落ちた時、てっきり自分たち数十名を残し、人類はほぼ居なくなったのかと思った。
上から押さえつけられたように平らになった町を見れば、そう思うのも仕方ない。
電波障害的なものか、一時的に外部との連絡手段が使えなくなってしまったせいもある。
それでも、勘違いしていたのはたかだか一時間足らずだったはず。
ヘリコプターが飛んできた時点で、大規模ではあるが局所的な災害なのだろうと察したからだ。
実際に被害を受けたのは、うちの町を含む半径五十キロメートル程の範囲でしかなかった。
その被害区域の中心近く、ごく僅かな範囲だけが潰れずに済んだ。
未だに原因も何も分かっておらず、確たる理屈なぞ存在していないに等しいが、仮説はある。
曰く、台風の目。
何にしても自分は生き残り、今もこうして生きている。




