84話 穏やかな一時〜積もる話〜
「アーリントさん……ありがとう」
「いえ、困っているように見えましたので、それに私に着いてきてもらうという約束ですもの」
「本当に助かったわ。そうだ!今晩モノリを独り占めしてもいいかしら?」
「今日だけですよ?私はまだ納得していませんですわ!」
「ありがとうね」
ごめんなルンフォード。でも、俺もお嬢様から聞きたい話が色々有るんだ。
どうやって、森王から逃れたのか……とかな。
お、そろそろ部屋に来るな。ルンフォードは、手前の部屋か。
「モノリ。大人しくしてたかしら」
してたしてた。ちょー大人しかったね。アンデッドでも、もう少し動くレベル。
「あなた随分と大きく……はないわね……う〜ん。魔力量が増えたのね。姿も随分と変わってしまったわ。……今の方が昔よりは可愛らしいわね」
アルネアお嬢様にしては、歯切れが悪いな?お嬢様ならもっと歯に衣着せぬというか、もっとすっぱな感じで「会いに来るのが遅いのよ!」ぐらい言ってくれると思ったんだがな。
姿が変わり過ぎて、実感が湧かないとかかな。
「……今の私の力では、あなたをテイムし続ける事は出来ないわ。あなたには意思があるのでしょう?今のあなたの魔力量なら、自力で私のテイムも解けるはずよ……」
ん?ああ、ルンフォードと一緒だったから不安なのか。それとも嫉妬かな?お嬢様も、見た目らしい可愛げがあることもあるんだな。
何とか不安を取り除いてあげたい。俺はアルネアお嬢様から離れるつもりなど、全く無いのだから。
こういう時、女の子が不安がってる時。気が利いた人間なら、気の利いた言葉をかけれるのだろう。
しかし、俺にはよく回る口も無ければ、ローマ字程度の意思疎通しかできない。再会を祝い抱きしめてやれる腕も無ければ、人を落ち着かせるような温かい体温も無い。あるのはみすぼらしい花と、のたうつ気色の悪い触手だけ。
こんな時は、人間の残滓が恨めしい。せめて最初の形態なら、泣ける目ぐらいはあったろうに……。
人になんて贅沢は言わない。せめて人型だったらなぁ……。
「モノリ。本当に生きてて良かった……魔力的な繋がりは感じていたけど、あれだけの威力を喰らって、生きてるとは思えなかったから、ずっと不安だったの」
そういうと、あの時の不安と恐怖がフラッシュバックしてしまったのだろう。あのお嬢様が泣き出してしまった。
どうすればいいのだろう。俺は、俺はどうすればいいんだ。
お嬢様の泣き声が、延々と頭の中に響く。
木の上で泣いてた時とは違う。俺は文字だが言葉を持っている。それなのに何も出てこない。それがこんなにも、もどかしいなんて。
無いはずの心臓が痛い。
お嬢様を慰めることもできずに、まごまごしながら、ただ時間だけが過ぎていく。
静かな夜の部屋。月明かりにし照らし出されてるお嬢様の涙は美しかった。何もできない俺は、そんな場違いな感想を抱いて、お嬢様の横顔と天井をただ交互に眺めていた……。
しばらく無為に佇んでいると、お嬢様が泣き止んだ。
「……ふぅ。少しスッキリしたわ」
取り敢えず、返事をするためにいつものようにポンポンと触手で軽く右手を叩く。
「あら、慰めてくれるの?優しいのね」
違うんだ。何も出来なくてごめんなさい。
それからお嬢様は、あれから起こった出来事を、ポツリポツリと話してくれた。
「あなたが吹き飛ばされて、そのまま皆で逃げたのだけど、途中で追いつかれてしまって、あの見習い騎士3人のうち2人が囮を買って出たの」
グランセルド、テネセ、ガルアの三人だったっけ。確か一番名前の長いグランセルドがリーダーだったな。
グランセルドが二人を行かせるとは思えないが……いや、騎士として人を護るなら、一番強いグランセルドが残った方がいいという選択か?
まあ、どちらにせよ相手はあの森王だ。囮になったなら、生存は絶望的だろうな。俺は吹き飛ばされただけで、まともに攻撃は受けてない。それでも死にかけたんだから、生身の人間が掠りでもすれば命は無い。
それは俺が吹き飛ばされたのを見てた、そこにいた誰もが理解できた事だろう。それでも騎士としての気概を貫いたのか……あっぱれだな。
「なんとか逃げた私達は、そのまま何日も森を彷徨ったわ。そして、何日かした頃に、モンスターに囲まれたの。騎士見習いの最後に残った人が、止めるまもなく、モンスターを引き付けて私達とは反対側に走っていったの。その後、合流はできなかった……」
きっとグランセルドだろう。願わくば見習い騎士三人に生きていて欲しかったが、どの状況も生存の可能性は皆無に近いだろうな。
きっと残ったのが俺なら、周りのヤツらを囮にしてお嬢様だけ担ぎあげて逃げただろう。それは間違いない。騎士道精神に殉ずるか……俺にはとても真似出来ないな。
「本当はね、分かってたの。テイマーでありながら、使役してるモンスターを失った、戦闘能力の無い私が囮を買ってでるべきだったと。でもね、森王の恐怖とあなたを失ったショックで私は……囮になれなかった」
良いんだよ。生きててくれて良かった。お嬢様が生きててくれるなら、あそこに残った他の全員が死んでも俺は全く構わない。見習い騎士三人の見習うべき騎士道精神を聞いたあとでも、俺のその思いは覆らない。
「その後、隠れながら街に続く街道をテュペルが見つけて、なんとか街道に出ることができたの。もうクタクタで動けなかった私達の為に、攻撃されるかもしれない危険を冒して、テュペルが人を連れてきてくれたわ。テュペルは脚にタグを着けていたから、それに気付いてもらえたの」
兄貴!流石テュペルの兄貴やぜ……万能感が違うわ。
それに比べ俺ときたら……情けなくて涙も出ないな。一瞬の囮にしかなれず、挙句吹き飛ばされて心配をかけて……もうね、俺ってやつは、本当にどうしようもない。
「私達は奇跡的に無事な街に辿り着くことが出来たの。周辺の街は既に幾つか襲われていて、街からの脱出はとても大変だったわ」
あの化け物巨人みたいなのが何体もいるなんて考えたくも無いが、魔王軍のことだし、きっといるのだろう。
「それから……彼女の伝手で混乱する街からなんとか出ることができたの。一生分の運を使い果たした気分よ」
神様がいるんなら、存分に感謝する。アルネアお嬢様は運がいい方……いや、運がいい方なら、魔王が復活する時代に産まれたりしないか……。
「それでも、まだ運が残ってた……あなたが戻ってきてくれたんだもの。私も随分と神様に愛されたものだわ。あまり信心深い人間じゃなかったのだけれど、あなたが生きて戻ってきてくれた今日からは、神様とやらを信じて見ても良い気分よ」
……まさか、アルネアお嬢様がそこまで言ってくれるとは、夢にも思わなかったな。俺にとってお嬢様は命の恩人かつ主人だが、俺は所詮雑魚モンスターだった。それこそ幾らでも変わりはいただろう……なのになんで。
「私の話はこれで終わりよ……あなたの話も聞いてみたいけれど、あなたが文字をちゃんと覚えたら、冒険譚にでもしてもらおうかしら」
そう言って、お嬢様は悪戯っぽく笑った。
ははっ、俺に文才は無さそうなので勘弁して欲しいな。




