この学園に不当な婚約破棄などない。
聖ベネデッタ学園。ベネディアンナ王国において最大級を誇るマンモス校。
幼稚舎、初等部、中等部、高等部、大学部、大学院を備え、貴族だけではなく王族も通う超名門校である。
平和と平等の女神たる聖ベネデッタを奉っているため教会との繋がりも深く、その理念上爵位を持たない市民にもその門戸は開かれている。
成績優秀者の学費免除や王宮への就職斡旋なども完備されており、今年度入学者の三分の一は市民階級が占めることとなった。
初代学長である五代国王の「尊く貴ばれる者たれ」のスローガンは現国王によって変更され、現在は「平たく等しく学徒たれ」をモットーに、生徒たちは日々学びの毎日を送っている。
そんな、名門校の昼休み。食堂に併設されたテラス席は八割ほど埋まっている。
ランチを続ける生徒は勿論、紅茶を飲んだり流行りの菓子を食べたり。あちこちから聞こえる他愛もない会話を、テラスの端の席で聞き流している男子生徒がいた。
眠たげな目で、くあ、と一つ欠伸をこぼしたりしながら、彼は生徒たちを何の気なしに見渡している。まるで風景を眺めるのと同じような視線に気付いた者はあまりいない。いたとしても、気にはならないだろう。
彼の周囲の席には青いネクタイやリボンを付けた貴族生徒が多い。茶色のネクタイの平民生徒から見られたところで、視線には慣れっこだと言わんばかりなのである。
「……平和だなあ」
ぽそりと呟いてから、彼はテーブルに片肘をつきながらコーヒーに口をつけた。
つい癖で啜ってしまいそうになったが、以前貴族生徒たちからひどい批難の目線を向けられたことを思い出して一瞬硬直する。仕方がないので溜め息と共に音もなく喉を通せば、程よい苦味と酸味が感じられた。
コトリ、と音を立ててカップをテーブルに置く。また同じように周囲を見渡すが、何も変わった様子は見えない。
今日も平和で何より、と心の中で頷いた彼の眠気が吹き飛んだのは、次の瞬間であった。
「マリアベーラ・ローズベリー!」
その一声で、テラスの全席から音が消えた。静寂が広がり、全体の視線はテラスのほぼ端、貴族生徒たちが多い席に集中する。
叫んだのは、肩を怒らせた第三王子のウィルフレット殿下だった。眉目秀麗、明朗闊達。学力に関しては上の兄上方には少々見劣りするものの、武術の面では学年でも一、二を争っている。
それもそのはず、軍部を目指す男子生徒たちからは将来のために、学生時代しか自由のない女子生徒たちからは整った容姿が目当てときているのだから、人気があるのも頷ける。
まあそんなもの所詮「学年で」という前提がつくのだから、全生徒比べてしまえばお察しの通りである。
さて、そんな彼に名前を呼ばれたのは、彼の婚約者でローズベリー侯爵の末の娘、マリアベーラ。
いつも微笑みを絶やさない彼女だが、咄嗟のことで表情が固まってしまったのだろう。美人が無表情になると怖いものだ。彼女と同じテーブルについている友人たちも、何も声を掛けられずにいる。
しかし令嬢とは凄いもので、マリアベーラはすぐに表情を取り繕ってみせた。少々固い印象はあるが笑みを浮かべて、友人たちに大丈夫だと言うかのような目配せをしてから立ち上がる。
ヒールを履くと、彼女は殿下よりも少し背が高い。それを隠すようにスカートの中で膝を曲げ、綺麗な姿勢を作るマリアベーラはまさに淑女の鑑だ。
「殿下、ご機嫌麗しゅう。何かわたくしにご用でしょうか」
鳥がさえずるような美しい声色に、周囲が自然と詰めていた息をそっと吐いた。
美しすぎる所作は、こんな状況でも感嘆の溜め息が漏れるものなのだと、目の当たりにしてようやくわかる事実である。
「貴様がリリーに害を与えたのは既に知っている。靴を隠し教本を破き、挙句の果てには階段から突き落とすなど……!」
「……リリー様、ですか? もしやそちらの?」
そちら、と指されたのは、殿下の背中に張り付く少女。
ピンクブラウンのふわふわした髪に、涙の溜まった薄紅色の瞳。小動物的な動きで殿下に縋る姿は、一部の層には庇護欲が掻き立てられるとかで需要があるに違いない。
マリアベーラが咲き誇る黄金の薔薇なら、彼女はきっと谷間に咲く白百合だと例えられそうだ。
「しらばっくれる気か……! もう良い、貴様のような悪女は俺の婚約者として相応しくない!」
殿下が怒りを込めた目で、マリアベーラを睨む。周囲がごくりと唾を飲み込み、再び場に静寂が満ちた。
それに満足したのか、殿下は一息吸ってから拳を握りしめて、再度叫んだ。
「この場で婚約など破棄してやる!」
言った。言ってしまった。
一瞬の空白の後、ざわざわと空気と人が揺れる。
当然だ。貴族は体裁を気にするもの。それが王族ともなれば、その言動には常に責任が付きまとう。婚約破棄は決定されたようなものだろう。
マリアベーラは碧眼を見開き唇を軽く噛みしめて、どうにか言葉を探している。きっと、殿下のためにこの場を治めようとしているのだろう。
そんなことは知ったことではないと言わんばかりに、殿下は後ろに庇った小動物的少女と何やらいちゃついているのだが。
不思議と静かな喧噪の中で、誰も次のアクションを起こさない。当事者が動いていないのだから当然だ、という場の中で。
一人の平民生徒が、席を立って挙手をした。
「つかぬことをお伺いしますが、殿下の個人資産はいかほどですか?」
先ほど、テラスを眺めて平和を噛みしめていた、彼である。
ポカンとする周囲はさておいて、彼はテーブルの間を縫って視線の真ん中へと躍り出た。丁度殿下とマリアベーラが向かい合っている横、まるで審判さながらに。
「何だ貴様は」
「第三学年のベイリーと申します。まあ、僕の素性に関しては後に回しましょう。それほどご興味もなさそうですし」
機嫌が悪そうに顔をしかめた殿下に対して、ベイリーは飄々と言ってのける。
その、不遜とも言うべき堂々とした仕草に、当事者だけではなくギャラリーも唖然と口を開くしかない。
そうなれば彼の独壇場であった。しめた、とばかりに言葉は続く。
「まず、先ほど殿下は婚約を破棄すると仰いましたね」
「ああ、言ったが……」
「そもそも婚約を不当に破棄する場合、債務不履行にあたるとして賠償金を支払うことになります」
「はあ?」
「将来的に結婚するという約束を破ったので、謝罪のためにお金を払わなくてはならないということです。勿論、相手に落ち度があった場合は別ですが」
ぺらぺらと綴られる言葉の羅列に、最初に反応できたのは賢才と名高いマリアベーラだった。
血の気を失ったほっそりとした指が、自然と胸元で握りしめられる。
もしやあなたは、と問いかけようとした彼女だったが、ちらりと向けられたベイリーの視線でその言葉は飲み込まれた。
マリアベーラはこくりと小さく頷き、祈るように指を組み合わせる。後は女神の望むまま、断頭台に上げられ裁きを待つのみ、といった気分で。
「さて、今回の婚約破棄には正当な理由があるのでしょうか」
ベイリーの言葉はつらつらと続く。指を一本ずつ立てながら、正当事由とは、と語る声には淀みなど欠片も見当たらない。
「正当事由というのもいくつか例がありますが、大きく分けて健康的問題、経済的問題、言動的問題などが一般的です。大病や精神疾患などは健康的問題、急な失業や実家の没落などは経済的問題。言動的というのは侮辱、暴力、不貞などの問題行為を指します」
三本目に立った薬指を主張しながら、ベイリーは今まで殿下に真っ直ぐ向けていた視線を、殿下の背後の少女に向けた。
「今回問題になっているのは三つ目、問題行為に関してです。さて、リリアーヌ・オーバンさんがマリアベーラ嬢に危害を与えられた、と主張しておりますが、何か証拠はありますか?」
勿論ベイリーは彼女の素性を知っている。
リリアーヌ・オーバン。教会からの推薦枠で入学した編入生。
実家のオーバン商会は雑貨類を手広く扱う商人で、外国との取引が頻繁。顧客には新しい物好きの貴族も多く、その情報収拾力には教会も目をつけている。
彼女本人の印象としては平民的な感性で、貴族生徒のみならず王族に対しても非常にフレンドリーに接する姿が見受けられる。悪く言えば無礼とも取られかねないが、何故か彼女に直接話しかけられた人間は、それほど悪感情を持っていない。
なお、彼女が自分から話しかける相手は、顔が整っている有望株に限られている。そのため一部の女子生徒、主に貴族生徒からは嫌われているが、今回殿下が主張するほど目立った被害はなかったはずである。
「しょ、証拠……?」
不意に話を振られたリリアーヌは、目を泳がせながらもぎゅっと殿下の制服を掴んだ。
その仕草に殿下は庇護欲をくすぐられたようだが、ベイリーはあくまでも淡々と説明を続けるのみ。
「証拠には人的証拠と物的証拠があり、前者は目撃者や鑑定人、後者は文書や検証物が挙げられます。例えば、事件後に通行人が二人を見たか、保険医に怪我を診せに行ったか。あるいは、落とされた衝撃で壊れたものがないか、現場に何らかの痕跡は残っていないか、などですね」
時間が経っているので現場には何も証拠は残っていないだろうが、と考えると思わず溜め息をつきそうになったが、そんなことはおくびにも出さない。
こういうことには雰囲気が大事だと、昔から何度も注意されてきたためだ。
「オーバンさん、あなたはいつ、どこで、どのようにして落とされたのですか? それから一つ疑問だったのですが、階段から突き落とされた割に外傷が見当たらないのは何故でしょう?」
ベイリーが答えを聞くために口を閉じれば、辺りはシン、と再三静まった。
それもそうだ、という不思議な感覚を、ギャラリー一同は共有している。さっきまではリリアーヌに対する同情の眼差しも少しは含まれていたというのに、今となっては疑いの視線の方が多いかもしれない。
「そんな……でも私、確かに見たんです! 私の背中を押したマリアベーラ様が、階段を上がっていくのを……!」
「そうだ! リリーが言っているのだから間違いないだろう!」
「ウィル様……私、わたし……」
「安心しろ、リリー。俺は君のことを信じているから」
手を取り合って見つめる二人の間に流れる甘い空気に、今までほぼ感情を見せなかったベイリーが顔を歪めた。
茶番もいい加減にしろ、と言いたげな顔は一瞬で真顔に戻り、ふう、と吐き出された息には諦観がこもる。
一旦吐き出した息を吸いながら、ベイリーは思考を切り替えた。
今までは一生徒としてあくまでも助言をしていたに過ぎなかったが、これ以降は仕事として行う決意を固めていく。
そのために、制服の内ポケットから一冊の手帳を取り出すと、ぱらぱらとページを捲りながらリリアーヌに語り掛けた。
「オーバンさん、階段から突き落とされたと主張するのは三日前の放課後、大体夕方ごろでしょうか。そのときマリアベーラ嬢に階段から突き落とされ、危うく負傷するところだったのを殿下に救われた、と」
「え、ええ……でも、どうしてそれを……」
「よくあるんですよ。最近婚約破棄ブームらしく、法改正のためにまとめた資料にありまして。対処法として、あなた方の行動についてはあらかじめ調べさせていただきました。情報提供者の身元は開示できませんのであしからず」
法改正。対処法。情報提供者。
一体どういうことだ、という困惑が、殿下の表情からもうかがえた。そんなに感情を表に出していいのか王族が、と思いながらもベイリーは一切それを指摘することはない。
何故なら殿下に、今現在「王族」としての価値はないに等しいのだから。
「オーバンさんはここ十日ほど本校舎裏に通い詰めています。恐らく殿下がいるタイミングを計っていたんでしょうね。殿下の行動はワンパタ……いえ、常に同じですので疑う余地はありません。ちなみにこの三日間、マリアベーラ嬢は王宮にて王妃殿下の勉強会に参加しております。学園に戻ってきたのは本日早朝。オーバンさんの話は決定的に矛盾していますね」
事実確認をするため、ベイリーは視線をマリアベーラに向ける。
問いかける前に彼女はしっかりと頷き、彼女の周囲のご友人たちもそれに従うよう何度か頷いた。
察しが良くて助かることこの上ない。話が進みやすくて何より、とベイリーは少しだけ機嫌を良くして軽く微笑んだが、その声はリリアーヌの甲高い主張によって瞬時に真顔へ戻った。
「うそ、嘘よ! そんなはずない!」
「真実なんですよ、残念ながら」
きっぱりと切り捨てるベイリーは、ようやく尻尾を現したリリアーヌを見て溜め息をついた。
彼女の薄紅色の目が、少しずつ赤く染まっていく。比喩ではない、事実として瞳の色が濃くなっているのだ。
後少しだと思いつつ、ベイリーは呆けたままの殿下に向き直った。殿下は急変したリリアーヌの態度に驚いているようだったが、彼の混乱などベイリーにとっては気にすることでもない。
「僕が集めた情報だけでも冤罪は明らかです。婚約破棄の正当な理由とは認められないため、殿下には金銭で賠償していただく形になります」
「し、しかし……俺は常々、マリアベーラは婚約者として相応しくないと思っていた!」
「性格の不一致は正当事由にはなりませんよ」
婚約というのは契約だ。契約を見直すにしろ白紙に戻すにしろ、本人たち、もしくは家同士の話し合いが不可欠となる。
今回ベイリーが出てこざるを得なかったのは、殿下が事前にマリアベーラと会話をしなかったこと、それからこんな公衆の面前で恥をかかせるような物言いをしたこと、そして最後に婚約「解消」ではなく「破棄」を主張したこと、が挙げられる。
「婚約破棄により生じる損害は、金銭的なものと精神的なものの二種があり、これらについて賠償しなければなりません。金銭的なものは婚姻期間やその期間で掛かった費用、現物などにより査定されます」
マリアベーラが殿下と婚約したのは十年前。恐らく結構な金額になるだろう。
「精神的なものというと、信頼を裏切られたという苦痛が考えられます。あとは恥を掻かされたという面でもそうですし、貴族としては新しい婚約者も探していただかなくては、ローズベリー侯爵にもご納得いただけないかと」
この場に揃っているのは名門貴族の子息令嬢たちだ。彼らの家に話が伝わるのは、火が回るより早いだろう。
ローズベリー侯爵家としては、王家との関係性にヒビを入れるようなことは避けたいが、正直なところ第三王子に拘る必要はないのだ。
マリアベーラと良い関係を結んでくれれば一番良かったのだが、第三王子に王族としての未来はあまりない。他の王族、もしくは王族の血を引いていて、かつ優秀な男子を婿に取る方がよっぽど有益である。
きっとローズベリー侯爵は王家に対して、本来の目的でもあった王弟殿下との婚約を打診してくるはずだ。優秀だが独り身の王弟殿下は、幼い頃から知っているマリアベーラを無下には扱わないだろう。
というのは、第三王子殿下は知る由もないことである。
知りもしないし、知ろうともしなかったから殿下は叫ぶ。自分の無知をさらけ出すようにして。
「何故俺がそのようなことをしなければならない! 婚約破棄はマリアベーラの所為だろうが!」
「この国が、聖ベネデッタを主神とする法治国家だからですよ、第三王子殿下」
ぱたん、とベイリーが手帳を閉じる。その裏表紙に大きく描かれた天秤の紋章を見て、殿下は目を見開いた。
王家の紋章は、左右の剣と盾により釣り合いが採れた天秤だ。手帳の紋章の天秤は傾き、下の皿は空なのに上の皿には生首が乗っている。
「法によって治められ、法によって保護され、法によって裁かれる。法治国家とはシステムです。ウィルフレット・ハンス・ベネディアンナ様、あなたはそのシステムによってこれまで生かされてきたんですよ」
それは、聖ベネデッタ教会が誇る審議処断権を持つ組織の紋章。
貴族の圧政により起こった革命で誕生したベネディアンナ王国において、王侯貴族を処罰する組織として設立された、女神の名の元に言葉の刃をふるう断罪者たち。
「天秤の従僕が一員として宣言。今回の婚約破棄、必要な額を国庫以外からローズベリー侯爵家へ支払えない場合は、なかったものとする」
「なっ……」
「ちなみに金額は……安く見積もってもこの程度ですかね」
手帳のメモ欄にさらりと書き込まれた金額を見て、殿下は目をむいて言葉を失った。
当然である。ローズベリー侯爵家は大貴族。その侯爵が溺愛する娘への慰謝料が安いはずはない。
具体的に言うと、殿下の私財より桁が二つほど多い程度だ。もちろん国庫からそんな費用を捻出できるはずもなし。
「ただし、例外として、当人の同意があった場合にはこの限りではないものとする」
「……どういうことだ」
殿下は慰謝料の金額を指折り数えながら難しい顔をしている。
ご自分でお考え下さいと言ってやっても良かったのだが、仕方なくベイリーは懇切丁寧に説明してやった。この様子だと変な勘違いをされそうなので。
「マリアベーラ嬢に謝罪し、説明し、ご納得いただければ慰謝料を払わずとも何とかなるのでは、ということですよ」
さておしまい、と言う代わりにぱたんと手帳を閉じ、ぐるりと周囲を見渡す。
最後に当人であるマリアベーラと視線を合わせれば、彼女はベイリーに微笑みかけて強く頷いた。
きっと彼女も、もう殿下の婚約者であることに価値はないと気付いている。彼女はむしろ被害者であるから、ベイリーはマリアベーラの望むように話を進めただけに過ぎない。
手帳を胸ポケットに戻してから、ベイリーはマリアベーラに深く腰を折って頭を下げた。顔を上げる頃には、周囲からは何故か拍手が起こっていた。
*
ちなみに、リリアーヌ・オーバンはこのすぐ後、教会から極秘裏に派遣された兵士によって拘束されている。
彼女が使用していた香には一種の魔術的な効果があり、それによって彼女は様々な人間を篭絡していたのだった。
香には他者を惑わせる効果の他に、自分の能力を底上げする効果もある。副作用として感情の高ぶりが抑えられなくなり、目が赤く染まっていく。
当然ながらベネディアンナ王国法典において、こういった違法薬物の密輸入は重罪だ。
「あなたが自分の魅力で殿下を虜にしたんだったら、放っておいてあげても良かったんですけどね」
結局のところ、ベイリーがリリアーヌを調査していた理由も、その香が原因だったのである。
オーバン商会は密輸入の疑いにより一時全面的に商業活動の謹慎処分。信頼を重要視する商人としては大打撃だったため、リリアーヌはすぐさまオーバン家から勘当された。
教会が保有する監視塔、いわゆる表に出せない罪人たちを入れる牢屋の前で、ベイリーは静かに耳を傾ける。
捕らえられ鎖に繋がれたリリアーヌは、香を使った者特有の錯乱状態にあった。
「だって、おかしい。私がヒロインのはずなのに。絶対にこんなの有り得ない」
ぶつぶつと呟かれる世迷言を聞き流しながら、ベイリーは鼻で笑うようにして言い放った。馬鹿馬鹿しいと、態度全てで表しながら。
「不当な婚約破棄の方が有り得ないでしょうが」
(終)
ベイリー…王族及び貴族に対する審議処断権を持つ「天秤の従僕」と呼ばれる組織の一員。王国法典を全て記憶している。
マリアベーラ・ローズベリー…侯爵令嬢。高身長でスレンダー。金髪碧眼で少し顔の印象はキツめ。真面目な性格が災いして第三王子と仲違いしている。婚約に関しては愛情というより義務感が強い。婚約破棄後は王弟殿下と婚約して幸せに過ごしている。
ウィルフレット・ハンス・ベネディアンナ…第三王子。運動特化の馬鹿。顔はいいが頭は悪い。
リリアーヌ・オーバン…編入生。香を使った所為で自分が乙女ゲームのヒロインだと思い込んだ。ある意味被害者。