65話 王都、再会
ウサギ屋は本日で一周年です。
建物の前まで来ると、アスティアが軽くノックをする。しばらくすると「はーい」と気軽な声が聞こえてきた。女性の声だ。アスティアと宮兎は顔を見合わせ、静かに頷いた。
「留守じゃなくて良かったな。まずは最初の試練は突破だ」
「人の母親をフロアボスのように言わないでください。……まあ、本当に居て助かりました」
そうこう言っている間にドアが開いて一人の女性が出てきた。アスティアと同じシスター服にを身に纏い、腰のあたりまで伸びた茶色の髪。大きな瞳も同色で、吸い込まれそうなほど綺麗だ。
見た目のは二十代ほどなのだが、実年齢が三十後半と言われても誰も信じないだろう。
名前をハーミィ・リーリフェル。アスティアの実の母親で現在もシスターとして活動している。とはいえ、子供を産んだため昇華の儀は行うことはできない。教会の運営や、孤児の世話、様々な活動を王都で行っているらしいのだ。
アスティアと宮兎の顔を見ると、ハーミィの瞳はキラリと輝き、二人を同時に抱き寄せた。
「おかえりなさい! アスティア! ミヤトくん!」
「ちょ、おばさん苦しいッ!?」
「お母さん、ここは我が家じゃなくて別荘! おかえりなさいじゃないよ!」
「相変わらず生意気ね!」
構わず二人をぎゅーっと抱きしめて、喜びを表現する。何故だかレベルをカンストしている宮兎が振りほどけない理由は、彼女が所持している『不平等な平等』というスキルの所為である。多分、ヴァルハラにおいてもこのスキルを所持しているのはハーミィ一人だけだ。
不平等な平等――彼女が触れた者は全てレベルが20へと戻り、ステータスが相応しい値に変化する。もちろん、触れている時だけ限定なのだが、こうやって捕まってしまえば、逃げることは難しい。
「後ろにいるのはレイン・ゴーストちゃん達ね! 初めまして! アスティアの母です!」
宮兎は意識が飛びそうになりながらも解放されたことによって、咳き込みながら膝をつく。アスティアも咳き込むが、ちょっとお転婆な母へ怒鳴った。
「お母さん! 声が大きい! ご近所さんに迷惑でしょう!」
「あら、貴女も十分大声よ? それにミヤトくんはあまりの嬉しさに泣き崩れてるじゃない」
「ゴホ………ゴホっ! ち、ちがい――」
「まあ、それは良しとして! 宜しくね! クロちゃんとシロちゃん、あとモーノちゃん!」
二人を無視して今度はレイン・ゴースト達の袖を掴み握手をする。
ぶんぶんと縦に振るため、彼らの体もそれに合わせて上下する。
逃げようとしている意思は傍から見ても伝わるのだが、ハーミィには届いていない様子。結局、宮兎とアスティアが止めるまで地獄の握手は続いた。
「もう、お母さん! いい加減落ち着くことを覚えて! またどうせふらーっとどっかに行ってお父さんを困らせてるんでしょう!」
「人聞きが悪いわね。そりゃ昨日は間違ってAランクダンジョンに迷い込んじゃったけど、お父さんが助けてくれたから大丈夫!」
「大丈夫……じゃっない!?」
ハーミィの事を語るのならそれはもう『大変』の一言で済ませる。
性格は先ほどから見てもらっている通り、馬鹿みたいに明るく、馬鹿みたいに大袈裟だ。呪いのようなスキルの所為で彼女に手を掴まれたら最後、初対面ではぼろ雑巾になるまで握手を求められる。
また極度の方向音痴で買い物に行ったはずなのにダンジョンへ迷いこむことなど日常茶飯事。子供の頃、アスティアは一緒に散歩へ出かけて、Bランクダンジョンへうっかり入り込んでしまったことはトラウマとなっている。
「で、なんだっけ?」
「もううう! お母さん!」
「あ、あはははは」
玄関前でこれだけ騒がしくしているにもかかわらず誰も注意に来なければ、道に人がいない。宮兎はちらりと玄関から見る王都を不気味に感じた。ここまで異常な現象は、人々の不安を表している。グリムという男がどれだけ恐れられているのか。
「騒がしいと思ったら、来たか」
「お父さん!」
部屋の奥から一人の男性が出てきた。神父服を着て、聖職者には似合わない眼光を向けた。鋭い目ときりっとした眉、頬には傷の跡があり、白髪交じりの髪は衰えを感じさせる。だが、体は驚くほど筋肉質でしっかりと引きしまているのだ。
彼こそアスティアの父親であり、元冒険者、現リーリフェル教会の神父――ヴァラン・リーリフェルである。
アスティアは父親の元へ駆け寄ると、胸元へ飛びついた。
ヴァランは「おおっと」と言いつつも、しっかりと受け止める。四十代とは思えないほど娘を軽々と持ち上げた。
「ミヤトくんの前だけど、そんなに甘えていいのかい?」
「お父さんは特別ですよ」
アスティアはゆっくり降ろされると、改めて父と抱き合った。
「ミヤトくんも久しぶり。とうとうカンストしたんだって?」
「お久しぶりです、ヴァランさん。ええ、まあ。闇の大神殿も攻略できました」
「そうかそうか。立派になったな。初めて君を助けた時とは大違いだ」
宮兎の中に――過去の思い出が蘇る。
雨の日だった。夜の森の中を必死に走り、あの時何かから逃げていた。必死に逃げて、逃げた先にヴァランという男がいた。そこから気絶し、記憶ははっきりとしない中で――教会へ運ばれた。
それが――異世界に来たときの記憶。
ミヤト・アカマツの記憶。
「後ろが例の」
「え? あ、はい。俺の使い魔ってことになっていますが、実際は自立型の魔物で、別に契約もなにもないから使い魔ではないのですが」
レイン・ゴーストは先ほどの地獄握手から逃れ、へとへとの状態だった。
だが、ヴァランの眼光にビビったのか、背筋をぴんっと伸ばす。ゆっくりと近づいてくるヴァランに目を合わせることが出来ない。
「ふむ。君たちのことは娘から聞いている。なんでも娘と彼を助けてくれているそうじゃないか」
ヴァランが言っているのはウサギ屋での仕事や、日常の手伝いだろう。三体は小さく頷くと、ヴァランは優しく笑ってレイン・ゴースト達に頭を下げた。
「これからも娘と彼らを頼む。二人とも危なっかしいことばかりやるからな」
「別に俺は心配いりませんよ」
「お父さん、私もです」
否定する二人だが、レイン・ゴースト達は頼りにされていると思うと途端に嬉しくなりヴァランに対して敬礼をした。彼らの意思表示にヴァランは「うんうん」と頷いた。
「今回も危ないことに頭を突っ込む気だろう? アルムント家の長男から手紙がきたとか」
「危ない仕事と決まったわけじゃ………」
「どうせグリムの事が関係している。それと――ミヤトくん。君のこともだ。王都は恐らく『赤い影』を探している。100ゴールドショップ……だったか? そのアイテムの一つで探させるはずだ」
「そう言われても探す側が探される側なんだし……」
アスティアの両親は宮兎の正体を全て知っている。
異世界から来たことも、赤い影という事も。
我が子のように三年間を過ごし、心配するのは当たり前のことである。
「まあ、ここで話すのも疲れるだろう。奥の部屋でゆっくり語ろうじゃないか」
そういってヴァランは部屋の奥へと消えて行った。
するとハーミィがくすくすと笑って二人に話しかける。
「ああやって平然を装っているけど、さっきまでまだかまだかと五月蠅かったのよ。相変わらずお父さん、可愛いでしょう?」
「可愛いというか、心配症というか……」
ヴァランは顔は怖いが、根はやさしく心配性な男である。
宮兎が冒険者になると言い出した時も何度もやめるように説得したほどだ。
「本当になんでお父さんがお母さんと結婚したのか、不思議です」
「あらー、どういうことかしら?」
「そのままの意味ですよ。さ、ミヤトも行きましょう」
アスティアに引っ張られ部屋の奥へと案内される。レインゴーストも後ろへ続いた。やはり一度音連れているのでスムーズに誘導された。
ハーミィは肩をすくめて歩き出す。
「アスティア、貴女も苦労するわよ。冒険者に惚れると」
聞こえない娘へ、小さな声でアドバイスをするのであった。
皆さんお久しぶりです。猫之宮折紙です。
本日7/25で100ゴールドショップ『ウサギ屋』は一周年を迎えました。
早かったような長かったような、そんな一年でした。
振り返れば、経営の話は全然してないし、普通いにファンタジーしてるし、タイトル詐欺だし、とまあそんな作品でしたね。ですが、書籍化もさせて頂き私にとっては思い入れ深いタイトルとなりました。
今後の予定としては現在の王都編が終わると第一部完結とさせていただきたいと思います。
第二部につきましてはまだ何も練っていないので(書きたい話はたくさんありますが)しばらくは未定です。
さて、書籍化して、一巻、二巻ともにファミ通文庫様より発売中です。