61話 王都、旅立ちの日
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100ゴールドショップウサギ屋はとある危機を迎えていた。
錬金スキルにより、低予算で商品を大量生産できうようになったのだが、商業ギルドからレシピを流してほしいとの依頼が数か月前にあった。
もちろんただではなく、一つの商品につき、数万ゴールドの礼金が支払われるシステムであった。
だが、それが近頃裏目にでている。
レシピを流したことにより、似たような商品がいたるところで販売されている。
ウサギ屋との区別をつけるためにデザインや、値段などを工夫しているようで、100ゴールドショップではないもののライバル店がいくつかスタイダストに出店してきたのだ。
よって売り上げは右下がり、日によっては赤字の日もちらほら。
そこで緊急会議を開くことにした。
「ででーん! 第一回緊急会議! ウサギ屋販売戦術を考えるの巻!」
「……楽しんでいませんか?」
「いや、わりと危機感もってるぞ」
「……嘘臭いですね」
いつものようにアスティアを呼んで、宮兎はホワイトボードに日本語で「ウサギ屋の危機!」と書いている。字がなんとなく可愛らしい丸字で、緊張感が伝わらない。日本語が読めないアスティアでもそれは分かったようだ。
「そもそも、自業自得というものでは? 商業ギルドにレシピを教えたのなら、こうなることは分かっていたのでしょう?」
「まさかここまで精密にコピーできるとは思っていなかったんだよ。てか、ウサギ屋をオープンする時に、商業ギルドとは『ある程度互いを助け合う』って契約していたし」
「だからそれが罠なんですよ」
商業ギルド――商人達が集まるギルドだ。
スタイダストにも一応存在はしているが、冒険者の町なのでほかに比べると小規模なギルドである。
商売を町で始めるためには商業ギルドへの登録は必須。業務内容などをあらかじめ申請しなければならない。
ウサギ屋は正直なところ、商人達から当初はバカにされていた。
100ゴールドで商売をするなんてお金にならないと思っていたのだ。
売値が100ゴールドであるなら、原価はそれ以下になる。つまり、100ゴールド以下で一つの商品を作り、稼がなければならない。
誰しもが無理な話だと思っていたのだ――がしかし、蓋を開ければスタイダストでは大人気のお店となり、それなりの結果を残した。
ウサギ屋の商品を真似しようと、多くの商人達が試行錯誤を試すが、やはり上手くはいかない。
そこで直接、宮兎へ『レシピを共有する』ことを求めた。
断ることもできたが、情に流されやすいとうか、変な話を吹き込まれたというか、兎にも角にも宮兎はまんまと商人達の口車に乗せられてレシピを教えたのだ。
結果、ウサギ屋に少し劣るとはいえ、それなりの物がスタイダストで溢れかえるようになった。
ウサギ屋の売り上げが落ちのも仕方がないのだ。
「だが、俺達には勝算はまだまだ残されている」
「と、いいますと?」
「バイトなのに何故か店長業務をしてきた俺には、販売戦略というものが武器がある! さあ! 今こそ俺の本気を見せる時が来たのだ!!」
「……………不安です」
実際、現実世界と異世界では勝手が違いすぎる。
できることはかなり限られてくるだろう。その中で、役に立ちそうなことを実践していくしかないのだ。
「まずその1! 商品の入れ替わりを週一に変える!」
「週一回に? そうするとどうなるのですか?」
「いいか? 商売である程度重要とされるのは『客を飽きさせないこと』だ。そうだな……女性なら服とか身に行ったとき、新しい服とかが並んでいるとちょっと胸が躍るだろ?」
「ええ、まあ確かに。季節物のお洋服が新しく入っていると目に留まりますね」
「それと同じこと。入り口から一番近い棚を『今週の新商品コーナー』に変えて客の興味を引く。毎週商品が変わることを知っていれば、それを楽しみに来る客が増えるってこと」
「うまくいくのでしょうか?」
「意外と新しいものに人間って目がないんだよ。俺も新作ゲームが出るたびにウロウロして、パッケージの裏を見つめるのが好きだったなあ」
繰り返しの説明となるが、この戦略は現在も行っている『季節もの』を週一に期間を短くしたものだ。
季節ものやイベントものはやや期間が長いため、客が飽きている場合がある。
そこで、週に一回新商品をいくつか導入し、目につく場所に置いていれば客は飽きることなく毎回来店して楽しむことができる。
「次に第2弾! お客様アンケートの実施!」
「要望などを聞くのですか? こんな商品がほしいとか……接客の態度がどうだとか?」
「のんのん。違いますよアスティアさん! 聞くのは他店のいいところだ!」
「へ?」
「これを見ればわかる!」
見せられたビラには、見たことある字で――クロの字だ。
クロが手書きで書いたと思われるアンケートには三項目あり、『ウサギ屋とは別によく行くお店はどこですか?』『そのお店のどこが好きですか?』『週に何回行きまか?』というものだった。
「………もしかして、他所のお店の長所を吸収しようとしているのですか?」
「いえす。ウサギ屋ではなく、ほかの店に行くには何か理由があるはずだ。家が近いとか、値段安いとか。つまり、それに対抗しうる方法を考える必要がある。まずはウサギ屋のどこが劣っているかを知らなきゃ話にならない。改善点を知るためにはこのアンケートは必須」
「きちんとした内容でびっくりしました……」
「失敬な! 俺だっていろいろ考えてやってるんだ。レイン・ゴーストや教会のためにも稼がなきゃ行かないし。まあ……いざとなったら一週間ほどダンジョンに籠ればそれなりに稼げるけど、うっかり死んだら話にならないし」
レベル500の冒険者が何を言っている――と思われるかもしれないが、歴史上レベル500の冒険者達の死因はダンジョンやフィールドでの事故が多い。余裕を見せていると、足元をすくわれマグマの中へ落ちたり、水の中で溺死したり、崖から落ちて地上へ戻れなかったり、何が起きるかわからないのが人生だ。
最強、英雄、伝説と称えられても結局は人間。死ぬ時はあっさり死ぬものである。
妙な空気が流れたので、アスティアが咳ばらいをしてリセットする。
「ゴホン……戦略とはこの二つで以上なのですか?」
「ん? ああ、いやいや。まだまだ第3段と第4弾が――」
ガチャリ――宮兎の言葉をさえぎって扉が開く。
二人は顔をそちらへ向けると、クロが入ってきた手には手紙を持っている。
「クロどうかしまいたか? ミヤト宛の手紙……ですか?」
アスティアの質問にクロは頷く。
宮兎宛の手紙は珍しい。というのも彼が手紙をやり取りする相手がいないからだ。
ほとんどの知り合いはスタイダストにいる。また、遠く離れた場所にいる人物は手紙を出せるほど器用な人間ではない。
「誰からの手紙でしょうか?」
「身に覚えはないんだけど…………」
クロから手紙を受け取る。
そのままクロはお辞儀をして部屋を出て行った。
見送った後に、手紙を見て――宮兎の体が固まる。
「ミヤト?」
異変に気が付いたアスティアが手紙をのぞき込む。
赤い色の刻印――この大陸の人間なら知らない人間はいない。
「王宮の印っ!? ミヤト! これはいったい……!?」
「ばばばばばばばっか! おおおおおお俺が赤い影ってばばばばバレたわけじじじじじ」
「落着きましょう! 顔色がすごいことになってますよ!?」
真っ青な顔で白目をむき、話すたびに体を震わせる宮兎の怯え方は異常である。
椅子に座らせて、コップに水を灌ぐ。彼の目の前に置いて、飲むように言う。
震える手でつかみ、ゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
「ぶはっ! あ、ありがとうアスティア…………」
「いえいえ。そんなことより手紙ですよ。王都から――いや、王宮からの手紙となると……」
「そ、そうとは限らないだろ? ほ、ほら……差出人の名前が国王じゃない……あれ? 国王じゃない!?」
差出人の名前は――ノルワッシュ・F・アルムントになっている。
見覚えがあるもなにも、ティナの兄だとすぐにわかった。
「これってアルムント家の長男からの手紙か……んだよ、びっくりさせやがって」
「しかし、何用があってミヤトへ手紙を出したのでしょうか?」
「それは中身を見ればわかるってもんよ」
ビリビリと乱暴に手紙を開封し、中身を取り出す。
三つ折りにされた紙を取り出して広げる。
アイテム欄からメガネを取り出し、装着する。
異世界文字が日本語へ変わって、宮兎でも読めるようになった。
「ええっと、拝啓ミヤト・アカマツ殿。このたびは突然のお手紙申し訳ない。急ではあるが王都へ来てほしい。詳しい事情を書くことはできないので、直接王宮へ出向き、私を訪ねてくれ。これは大陸の未来、世界の未来がかかっている大切な案件である……だってよ」
「これだけでは意味が分かりませんね……」
「んー、なんだか面倒ごとのようだし行かなくてもいいかな?」
「ミヤト! 一応王宮からの手紙ですよ? 無視なんてしたら――」
「心配ないって。王都には俺以外のレベルカンスト者四人、全員がそろってるんだぞ? 世界の危機? んなもんそいつらだけでどうにだってなるだろ?」
「あら、そういうわけでもないのよ?」
びくっと二人の肩が震える。
唾を飲み込み、声のする位置――天井を見上げる。
「はあい、お二人さん。お困りのようね」
「やっぱりお前か…………」
天井で逆さまになりながらこちらを見つめる少女、レジニーはくるりと一回転して着地する。
いつものゴスロリファッション。頭の王冠からすでに紅茶の入ったティーカプを取り出して、一口だけ飲んだ。
相変わらず常識外れの行動に二人は笑うこともできない。
「さっきの話は聞かせてもらったわ。たぶん、この手紙と同じ内容ね」
「あれ? なんでお前が手紙持ってんの?」
レジニーが王冠から取り出したのは、宮兎が今持っている手紙と全く同じもの――ノルワッシュ・F・アルムントからの手紙だ。
すでに開封済みらしく、レジニーは内容を知っているらしい。
「アルムント家の長男坊に頼まれたの。これをミヤトに渡してほしいって。でもほら、面倒っていうか、あれだったのよ。最近忙しいじゃない? ミヤトの靴下とアスティアちゃんのパンツペロペロするのに」
「てめえ今なんて言った……っ!?」
「おっと。失言だったわね。それはおいといて」
「ほっとけるかあ!?」
まあまあとレジニーは宮兎を右手で座らせて、紅茶と手紙を王冠の中へ戻す。
手紙に関いては純粋にレジニーは忘れていたのだ。いつも「後でいいか」と後回しにしてた結果、直接宮兎へ手紙が送られる形になった。
「実は、今王都は二つ問題を抱えているの」
「問題? んなもん、あいつらに任せればいいだろ?」
「その『あいつら』の一人が問題なのよ」
「レジニーさん、それって…………」
「殺人鬼のレベルカンスト者、グリム・レイジヴァントが王都を脱走したのよ」
「脱走っ!?」
前々から言っていることではあるのだが、現在レベル500の冒険者は宮兎を含めて五人いる。
その中の一人であるメインジョブを殺人鬼、サブジョブを無法者に就く人物グリム・レイジヴァントはかなり特殊な存在である。
殺人を繰り返しレベルを上げた男だ。いつの間にかこの二つのジョブを手に入れ、カンストさせた。
王都へ幽閉されてから大人しくしていたらしいが――。
「おいおい、脱走ってやばいんじゃないのか? 他の三人はどうしたんだよ」
「どうしようもないから貴方の力を借りたいのよ。スタイダストにほとんど存在しなかったような物質を量産させて、大陸を豊かにしたのだから目をつけられてもおかしくないわ」
「…………目立ちすぎたってことか」
「ま、諦めなさい。アスティアちゃんの言う通りこの手紙を無視すると色々と面倒よ。安心して、赤い影とばれたわけじゃない。旅行気分で行けばいいのよ」
「……んで、もう一つの問題は?」
「それは長男坊に聞きなさい。私が軽々しく口にしていい事じゃないのよ」
つまり、大事件ということである。
「はあ……めんどくせ」
「ミヤト、私もついていきます」
「アスティアも?」
「王都で長期の滞在となると、お母さん達の別荘で寝泊まりするのが良いでしょう? 私がいないと場所もわからないでしょう?」
「それもそうだけど……」
「いいんじゃない? あ、私もいくわよ? 一応仕事だし」
「はいはい……。んじゃ、明日にでも出発するか。しばらくウサギ屋はお休みだな。レイン・ゴースト達を置いていくわけにもいかないし」
こうして――宮兎は初めて王都へ旅立つ。