灰色の継承
荒野の奥深きEXODUSの総本部。
30代後半となり、研ぎ澄まされた刃のような指導者へと変貌を遂げた瀬名 弥栄。
彼女は息子である終の首筋のプラグへ、「教育」という名の審の記憶データを流し込み続けていた。
「自分を失っていく感覚」に吐き気を催し、狂気的な抱擁に抗う終。
だが、少年の脳波に呼応するように、15年間沈黙していたはずの旧ロゴスの自律兵器群が、一斉に進軍を開始する——。
15年前、世界を統べていた『ロゴス』は沈黙したはずだった。
だが、人々が手にしたのは「自由」ではなく、管理者を失い暴走を続ける「死んだシステムの残骸」に怯える日々だった。
旧ニュー・セーレムの境界線、通称『錆びた回廊』。
かつての白亜の街並みは、今や蔦のような基板剥き出しのバイオ・メカに侵食され、異形の廃墟と化している。
その廃墟の影を、一人の少年が音もなく駆け抜けていた。
新野 終。
15歳。その鋭い眼光は、かつて駅のホームで途方に暮れていた審のそれとは対極にあり、獲物を狙う野獣に近い。
「……また、始まった」
終は、自身の左腕に埋め込まれた古い外部端子が、熱く脈打つのを感じた。
空は、死んだ魚の腹のような鈍色。そこへ、管理者を失った自動防衛ドローンが、15年前の命令を忠実に守り続け、無差別に光条を撒き散らしている。
終は、背負った大剣——かつて審が使い、弥栄が磨き上げた電磁銃の残骸から作り出された「遺産」を握り直した。
「父さん。あんたが壊した世界のツケを、なんで俺が払わなきゃならないんだ」
独り言は、風に消えた。
終にとって、『新野 審』は英雄でも何でもない。自分と、そして「指導者」として今も荒野で戦い続ける母・弥栄を捨てて、ロゴスの心臓部と共に消えた「無責任な欠陥品」に過ぎなかった。
突如、廃墟のモニターが一斉にノイズを吐き出した。
15年前のあの日と同じ現象。だが、そこに映し出されたのは『GEHENNA』のロゴではない。
『——螺旋は、まだ途切れていない』
掠れた、少女のような、あるいは機械のような合成音声。
終の脳内に、自分のものではない記憶の断片がフラッシュバックする。
それは、一度も見たことがないはずの「夕暮れの駅のホーム」の光景。そして、誰かが自分の手のひらに置いた「安っぽい飴玉」の甘い予感。
「……ッ、この感覚……まただ」
終は膝をつき、激しく喘いだ。
DNAの奥底。未だ覚醒せぬログが、15年の眠りを経て、新たな『観測者』を求めてうねりを上げている。
瓦礫の向こうから、ロゴスの残滓を崇拝する武装カルト集団の影が迫る。
終は、忌々しげに自分の血を拭った。
「終わりにしてやる。……この、ふざけた前世ごっごを」
少年が遺産を振り上げた瞬間、空に、巨大な螺旋状の光が立ち昇った。
それは福音か、あるいは、新たな絶望への招きか。
新野 終。
彼が背負うのは、父の罪か、それとも——まだ見ぬ赤ん坊の「性格」を作るための、過酷な追加ログか。
お読みいただきありがとうございました。
かつてGEHENNAの管理から審を逃がした弥栄が、今や自らが「愛情という名のロゴス」となって息子を縛り付ける皮肉な監獄。
「私がもう一度、彼に会うための、たった一つの福音」という弥栄の恍惚とした囁きは、狂おしいほどの愛であると同時に、終にとっては自我を殺される絶望の毒です。
自分の意志とは無関係に、父の「遺産」に手を伸ばしてしまう終。審を愛した世界が少年を迎えに来る時、母の檻の中でどんな防衛戦が始まるのか。第一話から息を呑む展開、次回に乞うご期待です!




