014⚫️マリンパークで泣く少年
「お母さん、すごい! あの潜水艦!」
「本当に乗れるみたいね。行ってみましょうか。」
休日の昼下がり。
マリンパークを訪れた母子が、岸壁に横たわる’サブマリン808’へと駆け寄る。
一線は退いたとはいえ、各界で名を馳せた伝説のメンバーたちだ。
彼らは持てる人脈を総動員し、行政を粘り強く説き伏せ、
このテーマパークでの’第二の就航’を実現させた。
設計図はすべて公開され、見学だけでなく最長三日の航行体験も可能。
今や老若男女に大人気で、
四十名の老人たちは交代制のパートタイム勤務で、生き生きと艦を守っている。
母と潜水艦へ急いでいた少年。
勢い余って派手に転んでしまった。
泣きじゃくる彼に、白い制服姿の老人が歩み寄る。
「さあて、自分の足で立てるかな? 潜水艦でピンチに陥ったヒーローは、いつだって自分たちで道を切り拓くものだよ。」
老人の穏やかな言葉に、少年は涙を拭いながら立ち上がった。
「えらいなぁ!君、すごいよ!」
「おじいさん・・・ヒック。でも、涙が止まらないんだ。」
「いいんだよ、泣きたいだけ泣けばいい。」
「男の子は泣くな、って言わないの?」
「言わん、言わん。男だって女だって、どんな性自認の人だって、泣きたい時はあるものさ。痛い時、悲しい時、悔しい時・・・我慢しなくていいんだよ。」
少年は不思議そうに老人を見上げた。
老人は膝を折って視線を合わせると、少年の頭を優しく撫でた。
「でもな、同じ泣くにしてもだ。嬉しくて泣いたり、誰かのために泣いたりすることが増えれば、君の人生はきっと豊かになる。・・・今はまだ、難しいかもしれないけれどね。」
老人は立ち上がり、母子に小さく手を振った。
「潜水艦の中で待っているよ。」
そう言って艦へと歩み去るのは、文殊五郎独歩。
その姓を日常的に意識する者は少ない。




