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011⚫️クジラの歌
空気中の音は、疎な分子の間を振動が受け渡されることで伝わる。
分子同士の距離が大きいため、音速は約340m/sにとどまり、
伝播の途中でエネルギーが散逸しやすい。
したがって遠距離では急速に減衰し、特に高周波は届きにくい性質を持つ。
私たちが音の方向を容易に判別できるのは、空気中での伝播が比較的遅く、
左右の耳に到達する時間差が明確に生じるためである。
これに対し、水中では分子が密に詰まっており、圧縮に対する抵抗も大きい。
そのため音速は約1500m/sと、空気中の4倍以上に達する。
さらにエネルギーの減衰も極めて小さく、
低周波であれば数百キロメートル先まで届くことさえあるのだ。
クジラが遥か彼方の仲間と「会話」を交わせるのは、
この水中音響の特性ゆえに他ならない。
彼ら彼女らの低く長い歌声は、海を横断する巨大な通信網のように広がり、
遠く離れた個体同士を分かちがたく結びつけている。
空気と水という二つの媒質は、同じ振動を、
まったく異なる響きを持つ世界として立ち上げているのである。




