1/78
001⚫️次の冒険
彼は妻の実家へ引っ越す前に、念願だった焼肉屋へ向かった。
教員として働き始めた四十三年前。
通勤路沿いにあった、小さな焼肉屋。
いかにも風情があって、ずっと気になっていたのに、
いつも横を通り過ぎるだけだった。
三月二十日、祝日。
しかも、妻は前乗りで実家に住み始めて、不在である。
今がチャンスだ。
古ぼけた愛用のミニバイクに跨り、本人のイメージでは’颯爽と’出かけた。
初対面の店の主人は、喜寿だという。
四五年間、店を守り続けてきたのだそうだ。
彼は舌鼓を打ちながら、来店までの経緯を包み隠さず話した。
アルコールはないが、ふたりの会話は弾んだ。
そう、そうでしたよね、あのころ!
あそこにあったお寿司屋さん!知ってる、知ってる!
まるで何十年も前からの馴染みのように、
記憶のピースが次々と噛み合っていく。
それは、何物にも代えがたい豊かなひとときだった。
会計を済ませて外へ出ると、空はまだ、ほんのりと明るかった。
日が長くなっている。
もうすぐ、長年暮らしたこの地を離れる。
数えきれない思い出の場所。彼は心の中で呟いた。
・・・そうだ。ここから、「次の新しい冒険」が始まるんだ、と。




