第十章:王座からの眼差し
山中の合宿所、その最上階にあるモニター室。数百枚のパネルが並び、五十人の候補者たちの「生」を無機質に映し出すその部屋で、伝説のスター・響は深く椅子に腰掛けていた。
傍らに置かれたタブレットには、二次審査の結果と、視聴者たちの熱狂的な書き込みが流れている。だが、彼女の視線はある一点で止まっていた。三十九位、陽葵。
「……面白い子を見つけてきたわね、結菜」
響は、独り言のように呟いた。 かつてドームのステージで、最前列でボロボロのマフラータオルを握りしめていた少女。あの時、響が放った「自分を愛せ」という言葉を、呪いのように後生大事に抱えて生きてきた執念の塊。
スタッフが恐る恐る声をかける。 「響さん、三十九位の陽葵ですが……ビジュアルは申し分ないですが、過去の経歴を晒すやり方は、少し『狙いすぎ』だという声もあります」 「狙いすぎ? 結構じゃない」
響は冷徹な、けれどどこか楽しげな笑みを浮かべた。 「彼女は、自分を『偽物』だと思っている。だからこそ、本物になるために自分の血を流してでもステージに立とうとしている。その狂気が、今の生ぬるいアイドル界に一番足りないものよ」
モニターの中では、陽葵が震える手で一冊目の『自分磨きノート』を抱きしめ、合宿所の門を潜ろうとしていた。
「今回の合宿のテーマは『曝け出し』。24時間、カメラは彼女の嘘を許さないわ」 響は立ち上がり、巨大な窓から合宿所の全景を見下ろした。 彼女が求めているのは、綺麗に整えられた人形ではない。魔法が解ける恐怖に震えながらも、自らの足跡でガラスの靴を履き潰し、王座まで辿り着く「怪物」だ。
「さあ、見せてごらんなさい。あなたのその中身が、本当に空っぽなのか、それとも私を黙らせるほどの執念が詰まっているのか」
伝説のスターの瞳に、残酷なまでの期待が宿る。 陽葵が足を踏み入れたのは、夢の入り口などではない。響という絶対的な審判が支配する、魂の檻だった。




