天照大神の荒魂
「都市伝説の神様?」
僕の声に反応してりつ姉が頷く。
「ええ。トイレの花子さんのような学校の怪談から、コトリバコやアイスの森といったネットロアまで、都市伝説にかかわる物だったら何でも任されています」
「でもさ、りっちゃんって厄除けの神様じゃなかったっけ?」
早乙女さんがどこからともなくお煎餅を引っ張り出してきて、それを僕らに差し出しながら話す。僕はりつ姉のためにそれを一枚とると、彼女の唇に咥えさせた。
「ボクの方がよっぽど平坂くんのお姉さんじゃん……」
それを見た早乙女さんがジトっとした視線を僕らに向ける。しかしりつ姉はそんなこと気にせずといったようでお煎餅を唇でふりふりと動かした。
僕は彼女の言葉を仕方なく代弁する。
「りつ姉はりつ姉だから、これでいいんだって」
りつ姉が僕の言葉を聞いて満足そうにお煎餅をピンと立てる。それとは対称的に早乙女さんはぐでーっとちゃぶ台にへたり込んだ。
「平坂くんがいいならいいんだけど……。というか、厄除けの神様の話!りっちゃんがいないと姉妹たちも困るんじゃないの」
もぐもぐとお煎餅を食べてから、りつ姉が口を開いた。
「ええ、困りますよ。でも都市伝説の神様になりたがる神がいなかったんですもの。そっちの方が困りますから、厄除けの方は鈴鹿の姫にお任せしましたわ」
「適当だなぁ」
「適材適所ですよ。私なら《《そういうの》》の扱いも心得ていますし」
「一理は……あるっちゃあるか」
もきゅもきゅとお煎餅を食べながら、早乙女さんも一応は納得してくれたらしい。僕は神様にもそういう転職とか配置転換があるってのはちょっと面白いと思っていた。新しいが思念が生まれるたびにそういうのであくせくしてたりするのだろうか。
僕がそうやって思慮にふけっていると、りつ姉が満足したのか僕の太ももから離れて身を起こす。そのままちゃぶ台の緑色の湯呑を手にして、ずず……と茶をすする。
それを見た早乙女さんが大きな声をあげた。
「あ~~!それ、平坂くんのやつ!!りっちゃんのは白色の方!!」
「あら、そうでしたか?」
くすっとりつ姉が笑う。絶対分かってたやったやつだ……。昔から悪戯が好きで、公園で他の友達と遊ぶときも事あるごとに僕をいじってきたんだった。
しかし、お茶を飲み干した後のりつ姉はさっきと違い緊張した表示に変わっていた。
座布団の上にちょこんと正座しながら僕の方に身体を向き直る。りつ姉が突然が真剣な表情に変わるから、僕はどうすべきか分からずに早乙女さんの方をみた。しかし彼女は不機嫌そうにぷいっとそっぽを向いた。
りつ姉が一度小さく咳払いしてまっすぐに僕の方を見た。
「そ、そのー……ひーくんは、瀬織津姫って女神のことは……ご存じですか?」
「ごめん、知らないや……名前からして、りつ姉のことなんだよね?」
少しの間の後、彼女は小さく頷いた。
「ま、今の子は知らないですよね。厄除けと祓い浄めの水神です。有名なところだと伊勢神宮内宮の荒祭宮の祭神だったりしますよ」
伊勢神宮は僕も聞いたことがある。
「りつ姉ってもしかして凄い神様なの?」
「天照大神様と関係があるぐらいで、ボクよりずっと凄い神様だよ」
「えっへん、です」
彼女が誇らしげに胸を張る。遠い記憶の中と同じ姿はまるでりつ姉だけが時間が止まってしまっているようで、僕はそこに少しだけ寂しさを感じていた。あの時と違って彼女は僕よりもずっと小ぶりだ。
僕はその思考をかき消すように話題を変えた。
「それでりつ姉の依頼って都市伝説の信仰についてだっけ」
「ええ。と言っても、見てもらった方が分かりやすいですね」
りつ姉がパチンと柏手を打った。するとちゃぶ台の横、僕の目の前に巨大な白いワンピースの女性が音もなく現れた。
黒いロングヘアーに目元が隠れるほど伸びた前髪――しかし伸び放題というわけではなく綺麗に切り揃えられている。更に頭にはつばの大きな白い帽子が存在感を放っていた。
正座しているはずなのにりつ姉が立った時よりも大きそうな彼女に僕は圧倒された。
「なにそれ!?」
巨大な女性の向こう側から早乙女さんの声が聞こえてくる。りつ姉は物憂げに彼女を見上げ、「彼に挨拶して」と彼女に言った。ぽ、ぽ、と小さく呟いてから、その巨大な女性は上体を下ろし僕に頭を下げた。彼女の頭が僕の膝の上に乗ってしまって、僕は更に圧倒された。
ぬうっと彼女が上体を起こす。りつ姉はそれをみて小さくため息をつき、僕の方を見た。
「この子がどんな都市伝説か、ひーくんは分かりますか?」
「えっと……あんまり自信はないけど、八尺様、とか?」
巨大な女性は頬を赤らめ、恥ずかしそうにモジモジとする。彼女の様子にりつ姉はおでこに手を当てて呆れたと言いたげな仕草をする。
「正解。詳しそうで安心しました」
八尺様と呼ばれた彼女を見上げる。恥ずかしそうにしてはいるが、口元は嬉しそうににっこりとほほ笑んでおり、親し気な彼女の様子に僕はひとまず襲われることはなさそうだと安心した。
「でもさー、八尺様ってもっと怖そうな感じじゃなかった?」
早乙女さんが八尺様の後ろからとてとてと回ってきて僕の隣に座った。ふたりの背丈の差は明白だったが、もじもじと背を丸めている八尺様の方が堂々とした早乙女さんよりもよっぽど幼く見える。
りつ姉が八尺様の膝に手を置きながら、その質問に答えた。
「そうなんです。この子が……《《今の》》八尺様。全然怖くなくて、とっても可愛くて、幼い子供を優しく抱きしめる、ただの背丈の高い女の子」
「ぽ……」
八尺様が照れくさそうに頬をかく。りつ姉は「しっかりしなさい」と彼女の膝を叩くと、八尺様は困ったように自分の手を握った。
早乙女さんはその様子に厳しい視線を送って言う。
「随分と、《《陳腐化》》しているんだね」
りつ姉も厳しい表情でうなずく。
「ええ。人間の解釈の拡大で、彼女の背の高い綺麗な女性というキャラクター性が強調されてしまったんです」
「確かにこれじゃ、信仰を集めようとしても難しいネ」
「認知こそ広がりましたが、恐れという属性を失った彼女からは信仰はもう得られません。しかし神々が存在するのと同様、彼女が現界するのには都市伝説の信仰が必要なんです」
「ならりつ姉の依頼ってのは……」
「はい。都市伝説の信仰の復権――人々を凍り付かせる恐怖の対象として、陳腐化した都市伝説の地位を取り戻したいのです」
僕と早乙女さんはお互いに困ったように目を合わせた。




