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異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


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第31話 生き抜け

 翌朝――

 目を覚ましたとき、焚き火の跡は冷え切っており、そこにあるはずのミネルバの姿は、どこにもなかった。


 胸騒ぎを覚えながら周囲を見回すと、一本の大木に、白い紙切れが一枚。

 深々と、まるで敵を地に縫い止めるかのように、ナイフが突き刺されている。


 近づいて、それを読む。


【調査のため、三日ほど留守にする。

 ――あたしが戻るまで、生き延びろ。

 以上】


「……なんだよ、これ……ッ!?」


 思わず声が裏返った。

 ほぼ同時に、隣で同じ言葉を叫んだのだろう、ルークの悲鳴と重なる。


 俺とルーク、二人分の絶叫が、薄暗い朝の森に無様に反響した。


 直後――

 遠くから、甲高く、腹の底を引っ掻くような怪鳥の鳴き声が響き渡る。


 それは、まるで――


「庇う者はもういないぞ」


 と告げる合図のようでもあった。


 俺たちは顔を見合わせ、言葉を失う。

 揃って顔面は蒼白。背中を冷たい汗が伝っていく。


「……三日?」

「……生き延びろって、ここは蛇骨の森だぞ……」


 ――無理だ。

 考えるより先に、その結論だけが胸に落ちた。


 死ぬ。

 いや、正確に言うなら――殺される。


 蛇骨の森。

 この名を聞いただけで、まともな冒険者は足を止める。

 国が正式に危険区域へ指定するほど、ここは死と謎に満ちた土地だ。


 棲みつくのは、せいぜいゴブリン――などという生易しい話ではない。

 空を裂くハーピィ、岩をも引き裂くグリフォン、獣と毒を併せ持つマンティコア。

 記録の片隅には、視線ひとつで命を奪うバジリスクの目撃談すら残されている。


 そんな森で、三日。

 しかも、ひよっ子同然の冒険者が二人きりで、生き延びろだと?


 ――冗談じゃない。


 どう理屈を積み上げても、答えは変わらない。

 生存の可能性は、ほとんどゼロだ。


 そもそも、だ。

 このような場所へ新人冒険者を連れてきておきながら、置き去りにするなど正気の沙汰ではない。

 下手をすれば――いや、下手をしなくても、それだけで殺人未遂が成立する。


 だが、現実はその「ありえない」が、当たり前のように目の前に転がっている。


 │蛇骨のここは、そういう場所なのだ。


 理由も慈悲も関係ない。

 生きる者を選ばず、ただ淡々と――命を奪う場所。


 そう理解した瞬間、森のざわめきが、まるで俺たちの絶望を嗤っているかのように、ひときわ大きく耳に届いた。


「……いま、なにか聞こえなかったか?」


 震えを隠しきれない声で、ルークが囁いた。

 魔物の襲来を警戒しているのだろう。剣の柄へ伸ばされたその手は、力を込めようとするたび、かえって頼りなく揺れている。


 一秒、二秒――

 たったそれだけの沈黙が、異様なほど長く引き伸ばされた。


 ただ立ち尽くしているだけだというのに、額からは大粒の汗が伝い落ちる。

 胸の奥が圧迫され、息が浅くなる。

 まるで高標高の山頂に放り出されたかのように、空気が薄く、肺がうまく働かない。


「こんな所に居たら死んじまうぞ……聞いてんのか、ロイド!」

「……聞いてるよ」


 だからって、どうしろというんだ。


 昨日、どの方角からこの森に踏み込んだのかすら、もう思い出せない。

 王都レルシェイドへ引き返そうにも、進むべき道がわからない以上、歩き出すことすら賭けになる。


 闇雲に移動すれば、蛇骨の森の深部へ迷い込むだけだ。

 魔物に遭遇せずとも、道を失った時点で終わりになる。


 仮に――奇跡的に三日間を生き延びられたとしても。

 野営地を離れてしまえば、ミネルバと合流することは叶わない。


 さすがの彼女でも、この広大な森の中から、俺たち二人を探し当てるなど不可能だ。


 動けば死ぬ。

 留まっても、いずれ死ぬ。


 どちらにせよ、この蛇骨の森を――俺とルーク、たった二人で三日間生き抜くなど、到底現実的ではない。


「これのどこが修行なんだよ! 剣を教えてくれるんじゃなかったのかよ!」


 吐き捨てるようなルークの声が、森に吸い込まれていく。


「……さあな」


 こいつはなぜ俺に噛みつく。

 俺が知るわけがないだろう、そんなこと。


 そもそも――だ。

 お前が、俺の泊まっていた宿をミネルバに教えなければ、こんな羽目にはならなかった。


 今ごろ俺たちは、薬草採取なりゴブリン退治なりで日銭を稼ぎ、夜になればミストヴェイルで、俺はエマと、そしてお前は例の女ウォーリアと、それなりに穏やかで、甘ったるい時間を過ごしていたはずだ。


 わざわざ過酷な道を選び取ったのは、他でもないルーク自身だ。

 文句を言いたいのは、むしろ巻き込まれたこちらの方だった。


「もう限界だぁ! 俺は帰る! 帰るからなっ!」


 感情に突き動かされるまま、ルークは踵を返し、森の奥へ踏み出そうとする。


「こんな場所に! お前と二人で! 三日も居られるわけねぇだろ!」

「――待て、ルーク!」


 嫌な予感が背筋を走り、反射的に腕を掴んだ。


「んだよ、離せよ!」

「帰り道が分かってるのか? 適当に動いたら、遭難するだけだぞ」


 少なくとも、ここに留まっていれば三日後にはミネルバが戻る。

 今はそれに賭けるしかない――それが、唯一俺たちに残された生存ルートなのだ。


「お前はアホか! よく見ろよ!」


 ルークが荒々しく指差した先――

 そこに横たわっていたのは、山脈と見紛うほどの巨大な白骨。

 ドラゴンの遺骨だ。



「この骨に沿って歩けばいいんだよ。ちょっとは頭使えっての!」

「この骨だって証拠はあるのか?」

「あぁ?」


 数百キロにわたって蛇骨の森を貫く、ドラゴンの遺骸。

 その背骨はあまりにも長大で、正確な全長は王国ですら把握できていない。


 確かに、森に足を踏み入れたとき、俺たちは骨の先端らしき場所から入った。

 だが、それが“どの部位”だったのかなど、分かるはずもない。


 現に、助骨は無数に枝分かれし、

 崩れ、折れ、重なり合って――まるで迷宮の壁のように行く手を塞いでいる。


 俺たちは、その崩壊した隙間を縫うように進み、ここまで辿り着いたにすぎない。

 どの骨の裂け目を通ってきたかなど、覚えているはずもなかった。


「お前は昔から、細かすぎるんだよ!」


 苛立ちを隠そうともしない声が、森に荒々しく投げつけられる。


「今は“細かい”なんて言ってる場合じゃないだろ」

「じゃあ、お前はここに残るのか? 俺は行くぞ。行くからな」


 吐き捨てるように言い、ルークは一歩踏み出した。


「……つーかさ。俺の方が年上なんだから、お前は俺の指示に従ってりゃいいんだよ。ほら、行くぞ――」


 理屈も、危険も、すべて感情に押し流された声だった。


 一人で行かせるわけにはいかない。

 彼は俺と違って、剣士スキルを有していないのだ。


 結局、俺は歯を食いしばり、やむを得ずその背中を追った。


 足を踏み出した瞬間から、嫌な予感が消えない。

 森が、俺たちの選択を嘲笑っているような気がしてならなかった。


 視界の端で、いつもの文字列が踊り始める。


 :これは死亡確定か!

 :神回の予感ww

 :おらワクワクすっぞw

 :シーズン始まる前に脱落とか草

 :配信タイトルに【グロ注意】追加されててわろた

 :運営仕事早すぎてwww

 :死ぬと決まったわけじゃないだろ!

 :俺は応援してるぞ!

 :負けるなよ、ロイド!


 俺が死ぬことを望んでいるのか?

 ……ふざけるな!


 もしかしたら、神々から何かしらの啓示――

 生き残るための助言の一つでも投げてくれるのではないか。

 そんな淡い期待が、胸の奥にわずかに残っていた。


 だが、流れる文字を目にした瞬間、その期待は泡のように弾けて消えた。


『――見る者を、あまり信用するな』


 昨夜のミネルバの言葉が蘇る。


「信用するな、か……」


 こいつらは、俺の人生を演劇でも見るように楽しんでいるだけ。


 助ける気など、最初からない。



 ◆



 歩き始めて一刻ほど経った頃だった。


 前を行くルークの足が、不意に止まる。


「…………」


 何かあったのかと声をかけようとした、その瞬間――

 ルークは振り返り、無言のまま掌を突き出した。


 ――静かにしろ。


 そう告げる仕草。


 そのまま、音を立てぬよう、ゆっくりと後退してくる。

 そして、俺の耳元へ口を寄せ、かすれた声で囁いた。


「……何か、いる」


 その一言で、背中に冷たいものが走った。


 視線の先。

 鬱蒼とした茂みの奥が、わずかに――だが確かに揺れていた。


 風ではない。

 生き物だ。


 俺はいつでも剣士スキルを発動できるよう、腰の剣へと指を伸ばし、音を殺して腰を落とした。

 呼吸を浅く、体重を爪先に預ける。土の感触が、やけに生々しく伝わってくる。


 隣では、ルークも同じように剣の柄を握りしめていた。

 力が入りすぎているのか、節くれだった指が微かに白くなっている。


「……いざとなったら、お前だけ逃げろ」


 低く、短い声。

 命令というより、言い聞かせるような響きだった。


「……」

「んだよ。俺のほうが年上なんだから、こういう時は当たり前だろ」


 ――本当に、こういうところだ。


 いざという時に「お前が盾になれ」と平然と言ってくる最低な男なら、見捨てて逃げても心は痛まない。


 だが、ルークは違う。


 普段は軽口ばかり叩くくせに、肝心な場面になると、決まってこういう顔をする。

 妙なところで責任感を出し、筋の通らないことだけは許さない。


 だからこそ、俺も――ユリアナも。

 ルークという人間を、嫌いになれなかった。


「……いざとなったら、二人で戦う。だろ?」


 そう言うと、ルークは一瞬だけ目を見開き、すぐに鼻で笑った。


「いっちょ前なこと言いやがって。農作業しかしたことねぇくせに、やれんのかよ」

「冒険者としては、俺のほうが先輩だ」

「一ヶ月だけだろ。んなもんノーカンだ。あと、年上の俺に先輩面すんじゃねぇ」


 言い合いの体裁を取りながら、互いに視線は前から逸らさない。


 緑等級のルークより、紅等級の俺のほうが冒険者階級は上だ。

 理屈で言えば、俺は兄弟子でもある。


 ……だが、そんなことを口にした瞬間、緊張が崩れる。

 だから言わない。


「――来るぞ!」


 ルークの声が鋭く走った。


 次の瞬間、茂みが大きく――不自然なほど大きく――揺れた。


 押し分けるように現れたのは、グリフォンだった。


「「――――!?」」


 獅子の胴体。

 黄金色の羽毛に覆われた鷲の上半身。

 朝霧を引き裂くように、その巨躯が前へと踏み出すたび、地面が低く唸る。


 鉤爪の先は黒曜石のように鈍く光り、わずかな動きで空気を裂く鋭音を立てる。

 翼を広げれば、重なり合う羽根は鎧のように密で、風が逆巻き、渦を巻いた。


「……グ、グリフォン」

「冗談だろ……」


 鷲の頭部には、古代の王を思わせる威厳が宿っていた。

 鋭く湾曲した嘴の奥から、低く喉を鳴らす音が漏れ、その琥珀色の瞳が、まっすぐこちらを射抜く。


 そこにあったのは、獣の本能だけではない。

 幾度もの死線を越えてきた者だけが持つ、知性と誇り。


 ――勝てない。


 考えるまでもなかった。


 俺たちは、音を立てぬよう、すり足でゆっくりと後退する。

 正面から戦えば、即座に潰される。


「――――――っ」


 グリフォンが、威嚇するように大きく翼を打ち鳴らした。


 砂埃と落ち葉が一斉に舞い上がり、森全体が息を潜める。

 まるで、ここが己の領域であると誇示するかのように。


 その羽ばたきだけで、理解してしまった。


 ――これは、戦う相手じゃない。


 生き延びるために、逃げるしかない相手だ。

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