破天荒デート②
アミュプラザから天文館本通りのアーケードまでおよそ二十分程度。バスや市電に乗る方が早いのだが、彼女はそれを使おうとしなかった。
「せっかくのデートなんだから、歩いた方が楽しいじゃん」とのことらしいが。
天文館は県内最大の繁華・歓楽街だ。カラー舗装された網目状の通りには、昔ながらのおもちゃ屋から洒落たブティックまで様々な店が立ち並ぶ。
多くの飲食店が凌ぎを削りあっているのも特徴の一つで、昼夜を問わず多くの人が賑わうこの一帯が、静けさに包まれるなんてことは、まずあり得ないのだろう。
「ところでさ! どうして天文館の通りはアーケードの屋根に覆われてるか、鋼太郎くんは知ってるかな?」
通りがけに購入したかすたどんを食べ歩きながらに、紅音が問いを投げかけてきた。
「どうしてって……雨や雪を気にしなくていいようじゃないのか?」
鋼太郎は少し眉間に皺を寄せながら答えた。
そもそも日本のアーケード街とは、天気を気にせず買い物ができるよう、商店街の歩道を屋根で覆ったものを指すのだ。
「うーん、惜しいなぁ。回答にまだまだ鹿児島愛が足りてないね。ほら鹿児島といえば、特有のアレがあるじゃん! 私たちも普段使ってるアレが!」
鹿児島特有で普段使うアレ。そう言われて鋼太郎もピンと来た。
「〈聖塵〉……いや、この場合は素直に火山灰って答えた方がいいのか」
今日も桜島は噴煙の柱を上げていた。アーケード街の屋根が降り注ぐ火山灰から商品を汚さないように守っているというのは、確かに鹿児島ならではの理由だ。
「正解! それでは正解者の鋼太郎くんには、ご褒美にかすたどんをプレゼント!」
「……いや、別にいらねぇんだけど」
今は甘いものを口にする気分でもない。またも好物を阻まれた彼女はクリームを口元につけたまま、表情を驚愕に固めていた。
「なっ……そ、それじゃあ! 一緒に一緒に買っておいた焼きドーナツは?」
「それもいらない」
「ぐぬぬっ! ならば、美老園の煎茶や抹茶を使ったスイーツ類ならどうだ!」
「もう昼時は過ぎたし、とにかく何かを口に入れる気分でもねーんだよ」
というか、買いすぎではないだろうか。店先から漂ってくる、美味しそうな匂いに釣られては、彼女は何かしらを買っているような気がする。
横並びの二人はそんなやり取りを続けて、たまに紅音が鹿児島に纏わる雑学クイズを挟みながらに、今日の目的地へと辿り着いた。
「やっぱ天文館に来たなら、ここに立ち寄らないと────むじゃき本店の白熊カフェ!」
目の前では、巨大な白熊の模型が両手に看板を握っていた。鹿児島弁で「おじゃったもんせ」とある。
「さて、私たちはこれから天文館名物のシロクマを食べたいと思います!」
シロクマとは哺乳綱食肉目クマ科クマ属に分類される食肉類……ではなく。シロクマとは削り立ての氷にたっぷりの練乳とフルーツを盛り付けた、かき氷の愛称だ。
「いや、だから! 何かを食べる気分じゃないって何度言えば、」
「おっと、私だってこれだけは譲れないね。隊長権限を行使したって、シロクマを食べてもらうんだから!」
有無も言わせず紅音が詰め寄った。拒む鋼太郎の手を無理矢理にでも引っ張って。席に着いた彼女は二人前の注文をあっさりと済ませてしまう。
「私はスペシャルシロクマで、鋼太郎くんは、まぁ、シロクマ初心者なんだし、変に捻るより普通の奴でよかったよね? あっ、アレルギーとかは大丈夫?」
一度変なスイッチの入ってしまった紅音は、もう誰にも止められない。
「……そういうのは事前に聞いてくれよ……というか食い過ぎだろ、アンタ」
太っても知らねぇぞ。そう言いかけて鋼太郎は背筋に嫌なプレッシャーを覚える。
見れば、彼女が獣のような眼光でこちらを睨みつけていた。
「鋼太郎くん。女の子ってのはね、甘いものをいくら食べても太らないようにできてるの。それに鹿児島グルメはどれも食べるだけで痩せちゃうんだから」
「いや、そんなわけ」
「痩・せ・ちゃ・う・ん・だ・か・ら」
あまりの迫力に押し黙るしかなかった。そうこうしているうちに、トロピカルにフルーツが盛り付けられた、二皿のかき氷が運ばれてくる。
「それじゃあ……んっー! 美味しいっ!」
一口目を口にした紅音の表情がだらしなく綻ぶ。さっきまでの圧は何処へやら。彼女は口いっぱいの幸せを噛み締めている。
「さぁ。鋼太郎くんも食べなよ」
「……わかったよ」
ここまで来れば、鋼太郎も詰まらない意地を張るつもりはない。ただ、何の偶然か盛り付けられたフルーツの配置がちょうど小熊の顔のように見えてしまったのだ。
輪切りにされたバナナが両耳、蜜柑が口で鼻はさくらんぼ。目の位置にはちょうど小豆が二つ分。これを崩してしまうのは、どうにも忍びない。
「なんなら、このスーパー美少女紅音チャンが食べさて上げよったか? ほら、あーん」
紅音がスプーンの先で一口分を掬い上げ、鋼太郎へと差し出す。
ワザとらしく自分の唇に指を添えているのは、「間接キスだね♪」とでも言いたいのか。
「あーもう! 食えば良いんだろ、食えばッ!」
差し出されたスプーンを無視して、自分の分を頬張る。崩れてしまった小熊の表情に思いを馳せるのも、束の間。口の中に広がるのはさっぱりとした甘さだ。
「……コンビニに売ってたカップアイスの方なら食ったことがあるけど……これは少し口当たりが違うな」
「でしょ! 甘ーい練乳が口の中で溶けた練乳と程よく混ざり合う瞬間は、店じゃなきゃ味わえないんだから!」
紅音の表情がまた緩んだ。何故だか誇らしげで、それでいて嬉しそうにはにかんでいる。
思えば彼女は笑顔を絶やしたことがない。愉快なほど表情をコロコロと変える彼女だが、その口元はいつだって薄っすらと吊り上げられていた。────それは例え戦場に身を投じた時でさえ。〝狂犬〟が牙を剥くように、天璋院紅音は嗤うのだ。
「それで?」
「ん……なにかな?」
鋼太郎は大量のフルーツトッピングと格闘を繰り返す、彼女へと目をやった。
「とぼけるなよ。わざわざデートなんて思ってもないことを理由にしてまで、どうして俺をここに誘ったんだ?」
勲章を貰ったお祝いに、食べ歩きをしたいのならば一人ですれば良い。
そもそも彼女ほどの能力と才能があれば、貰ってきた勲章だって数え切れないはずだ。それを今更祝うとも思えない。
「うーん、そんな大した理由でもないんだけどなぁ。……例えば、鋼太郎くんにも好きなアニメとか漫画とか、とにかく何だって良いけど、好きな物くらいあるでしょ? そしたら、皆にもそれを好きになって貰いたいとか思わない?」
「まぁ、そのくらいなら、」
「それとほとんど同じような感覚だよ。私はここが好きだから、君にもここを好きになって貰いたい。これが理由じゃダメかな?」
「……ダメではないと思うが。……それなら疑問がまた一つ増えたな」
「あのさ、もしかしてたけど、これは自意識過剰とかじゃなくて。……鋼太郎くんって結構私に興味があるの?」
彼女にしては珍しく、頬を赤ながらに鋼太郎から目を逸らした。
興味がないと言えば嘘になる。その異常とも言える強さにも、掴み所のない人柄にも。彼女は何もかもが自分とは違うのだから。
何より、大切だった居場所を失った鋼太郎と、今も大好きな居場所にいる彼女は対照的な位置に立っていた。
「俺には分からないんだよ。アンタにはちゃんと居場所がある。貰えるのだってチンケな勲章くらいだ。それなのにアンタはどうして戦うんだ?」
紅音にとって強さを維持するためのモチベーション。
それが何なのかを鋼太郎は問いただす。
「私は鋼太郎くんほど難しくものを考えないし、上手く自分のうちにある感情を言葉にできる自信もない。ただ強いていうなら、ここが借り物の居場所……だからかな?」
「借り物だと?」
彼女は少し困ったように答える。
「ほら。人から借りたものを壊したり汚したりは出来ないでしょ。それと同じだよ」
そう言われても、鋼太郎には肝心な部分が分からなかった。敢えて根幹となる部分を言葉で濁されたようにも聞こえてしまう。
「なら、アンタは」
「ねぇ、鋼太郎くん」
彼女がそっとスプーンを置いた。少しの金属音。それでも異様に研ぎ澄まされた迫力は、十分に鋼太郎の言葉を遮った。
「ここからはちょっと、スーパー美少女の紅音チャンじゃなくて、スーパー最年少エリートの紅音チャンとして話そっか」
先日の肥薩山脈での戦い。あの数の吸血鬼を鹿児島に招き入れた上級吸血鬼がいるかもしれない。〈サツマハヤト〉では近いうちに、その上級吸血鬼を探しだし、殲滅するための遠征任務が実施されるであろうことと、その遠征任務に他ならぬ〈ケロベロス小隊〉も抜擢されるであろうことを紅音は足早に説明した。
「防壁の外の吸血鬼たちは、鹿児島に迷い込んだ奴らとも決定的にレベルが違う。そこから得られる戦闘データは価値のあるものだし、何より皆が私の戦力に期待してくれるから」
紅音は一騎当千の戦力だ。
だが、自信に満ちた言葉とは裏腹に、彼女の態度はどこか他人事を貫いているようにも思える。
「まぁ、何が言いたいかって言うとさ。ちょっと面倒なことに巻き込まれそうってこと。────だからさ、君と私で一つ約束をしておこうと思ったんだ」
小指を立てて、彼女が提案をする。
「……なんか、凄く死亡フラグっぽいと思うのは俺だけか?」
「死さえ乗り越える強さ。それもまた君の欲するものじゃないかな?」
うっすらと口の端を吊り上げて、楽しげに嗤う。
その言葉は紛れもなく〈ケロベロス小隊〉の隊長としてのものだ。
「はぁ……隊長がそういうのなら。けど何を約束するんだよ?」
「簡単さ。次の任務が一段落ついたらさ、また今日みたいに楽しくデートをする。それだけの簡単な約束だよ」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。〈サツマハヤト〉一同、喜ばしい限りです。
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