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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ・アニメ化】  作者: 守雨
【ランダル王国からの客】

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146 八人の子供たち

 私たちが案内されたのは南区と西区の境界付近だった。

 王都は東区が貴族街、南区が平民の居住区、北区が規模の大きい作業場や工房が集まっている地区、西区は旧市街で、王国成立時に街が築かれ、今は寂れて再開発を待っている地区だ。


 その西地区に隣接している南区の一帯は、空き家が多い。売り家を示す立て札が散見される。

 だが、人の気配は濃く漂っている。馬車に向けられる多くの視線を感じるのだ。ここまでは変装して距離を保って警護していた人たちが、グッと距離を詰めている。デルフィーヌ様に「護衛の距離を詰めて」と言われただけではないだろう。さすがに彼ら自身も不穏な空気を察したはず。

 問題は視線の主たちが、多くの護衛がいることに気づくかどうかだ。細い路地の前でザハーロさんが馬車を止めさせ、「ここで降りてくれ」と言う。


「マリエム様、私から離れないでください」

「わかりました」


 マリエムを名乗るデルフィーヌ様が、緊張の面持ちで応じてくれた。

 ザハーロさんは先頭に立って路地をどんどん奥へと進む。路地の左右の家は窓ガラスは一枚も残っていない。外して売られたのだろう。売れる物はすべて売り払われた家々は雑草に侵入され、家の中をツタ類が這っている。

 家は人が住まないと傷むのが早いと言われるように、どの家もあちこちにヒビや亀裂が入っていて虚ろな印象を与える。

 やがて、周囲の家より一回り大きな家に行きついた。


「おおい! いるかぁ?」


 耳を澄ませると微かに人の気配がする。


「おい! 出てこねえなら持ってきたパンはやらねえぞ!」

「いる! いるよザハーロ!」


 十歳ぐらいの少年と八歳ぐらいの女の子が出てきた。


「よう、久しぶりだな、ザハーロ!」

「ザハーロさん、だよ。テト、アン。元気だったようだな」


 テトと呼ばれた少年はザハーロさんが手にしている袋を見てニコニコしている。少年も少女も痩せて汚れていてボロボロの服を着ている。髪は伸び放題で、二人とも後ろで髪を縛っている。二人の子供はザハーロさんには気を許していたが、私はともかくデルフィーヌ様とヨラナ様を見たとたんに後ずさりした。それを見たザハーロさんが、「大丈夫だ」と優しい声を出した。


「この人たちは保護施設の人じゃねえよ。お前らと話をしたいっていう珍しい人だ。話をすれば、何かいいものがもらえるかもしれねえぞ」


 いいものと聞いて子供たちの目が輝いた。

 テトが「おばさんたち、何を聞きたいんだ?」と言うと、デルフィーヌ様はドレスの裾が汚れるのも気にせずにしゃがみこんだ。


「あなたたちはここで寝起きしているの?」

「そうだよ」

「どうして保護施設に行かないのかしら。保護施設なら温かいベッドと食事を出されるのよ?」

「知ってるよ。だけどあそこに入ったら殴られるからな。言うことを聞かなかったらすぐ殴られる。それでもそこがいいと思うヤツはそこにいればいい。俺はごめんだ。妹を殴られるぐらいなら、腹が減ってもここで暮らすほうがいい」


 アンがスッとテトの後ろに隠れた。殴られたことを思い出したのかもしれない。殴られると聞いて、ヨラナ様は顔を少しだけ歪め、デルフィーヌ様の顔は強張った。


「殴る? あなたたちを施設の大人が殴るの?」

「そうだよ。殴る代わりに食事を抜くヤツもいた。俺は施設を二ヶ所しか知らないけど、どっちの施設でも俺を殴ったし食事抜きにされた。最初が肝心っていうみたいに、入ってすぐの頃はやたら殴られた。それで逃げる気力を失うヤツがほとんどだけど、俺はアンを連れて逃げ出したんだ」


 アンと呼ばれた少女は、さっきからずっとテトの手を握っている。大人を怖がっているようだ。

 この子たちは私でもある。ランコムに拾われなかったら、私もこうなっていたかもしれない。

 デルフィーヌ様が手に持っていたバッグから硬そうなクッキーを取り出した。


「よかったら食べる?」


 テトは返事の代わりにデルフィーヌ様の手からクッキーを素早く二枚取った。すぐアンに一枚を渡し、もう一枚はポケットにしまった。アンが前歯でカリッとかじり、ゆっくり咀嚼してから「おいしっ」とつぶやいた。

 テトは先ほどからの受け答えといい妹を優先する気構えといい、見どころがある。うちで引き取って育ててもいいかなと思ったところでデルフィーヌ様が涼やかな声を出した。


「あなたたち、私の家に来ない? うちで働きながら、なにかしらの技術を学べばいいわ」

「やだね。そういうことを言う大人は前にもいた。だけど行ってみたら施設より悪かった。声をかけてくれた人は殴らなくても、使用人は殴った。それも思いっきりな」


 そう言いつつテトが後ずさりをしている。ある程度距離を取ったら全力で逃げるつもりだろう。


「うちに来なさい。あなたは見どころがあります」

「ヨラナ様?」

「ばあさんの家は何人使用人がいるんだ?」

「侍女が一人、料理人が一人です」

「ふうん……」


 テトが考え込んでいる。


「行ってみて、気に入らなかったらここに戻るけど? それでもいいのか?」

「いいわ」


 ヨラナ様の返事を聞いてをテトが大きな声を出した。


「おおい、みんな! こいつらは大丈夫だ! 出てこいよ!」


 テトの声を聞いて、六人の子供たちがそっと路地に姿を現した。全員痩せている。


「おやまあ。全部で八人ね。ビクトリアはどうするつもり?」

「あの六人は私が引き受けます」

「そんな。私が言い出したことです。私が……」


 デルフィーヌ様がやんわりと抗議したが、テトがぴしゃりと断る。


「あんたのとこは行かねえよ。あんたはこの人らと違う。あんたのとこに行ったらダメな気がする」


 傷ついた表情のデルフィーヌ様をチラリと見て、ザハーロさんが気の毒そうに苦笑を浮かべた。


「悪いが俺はお前らを引き受けられねえよ」

「わかってらあ。ザハーロはたまにパンをくれりゃあそれでいいよ」

「ザハーロさん、だ」

「それよりあいつら何なの? ごっつい男がいっぱいいて怖いよ」

「大丈夫だ。お前らが悪いことをしなきゃ、あの人たちも手を出さない。それより、年上の連中は仕事か?」

「うん、みんな働いてる。俺は今日、子守りなんだ」

「おい、お前らもこっちにこい。パンをやるぞ」


 ザハーロさんの声に応じて六人の子供たちがゆっくり近寄ってくる。全員十歳以下だ。

 デルフィーヌ様が「クッキーをあげるわ」とその子たちに声をかけると、手が届くところまで寄ってきた。子供たちはザハーロさんからパンを、デルフィーヌ様からクッキーを貰うと、素早く少しだけ口に入れた。残りはあとでゆっくり食べるつもりなのだろう。


 テトが年下組に説明をしている。テトとアンがヨラナ様の家に行こうと思っていること、残りの子供たちは私が引き受けるつもりでいることを説明した。子供たちが不安そうだ。初めて会った人間に引き取られるのはさぞ怖いことだろう。だが、テトが「安心していいよ」と優しい声を出した。


「ザハーロが連れてきた人たちだから、俺は安心してる。ザハーロはいいやつだ。信用できる。何年もパンや肉を持ってきてくれただろ? 俺たちを売り飛ばしたりしないよ」


 六人の子供たちは互いの目配せをしていたが、全員が小さくうなずいた。


「ザハーロ、俺たちがおばさんたちの家に行くのは明日でいいか? 年上のみんなに挨拶をしてから出ていきたい」


 尋ねられたザハーロさんが私を見たので「明日迎えに来るわ」と答えた。ヨラナ様も「私もビクトリアと一緒に迎えに来ます」と約束してくれた。

 帰りもたくさんの視線を感じたが、潜んでいる大人はついに出てこなかった。大勢の護衛に臆したのだろう。

 

 帰りの馬車の中で、デルフィーヌ様がわかりやすく落ち込んでいる。施設の人間が殴ると聞いたのがさぞかし衝撃だったのだろう。それとも、子供たちがデルフィーヌ様の家に行くのを断ったからだろうか。両方かな。

 私は満足している。最初から子供を引き受ける覚悟はしていた。子供たちだけで暮らしている様子を見たら、きっと我慢できなくなると思っていた。


 ノンナはもう親にべたべた甘える歳ではなくなった。子供たちを引き取るなら今だと思っていた。もっと年齢を重ねたら、きっと気力と体力が追いつかなくなる。今なら子供たちと一緒に遊んでやれる。屋敷に部屋はたくさんある。男女に分けて、最初は複数で寝起きさせればいい。


「ヨラナ様、よろしかったんですか?」

「子供たちのこと? もちろんいいのよ。夫が旅立って、私には時間がたっぷりあるの。あのテトはさぞかし優秀な使用人になると思ったわ。とても頭がよさそうだから、場合によっては学院で学ばせて別の仕事を見つけてやるのもいいでしょうし、アンも気立てがよさそう」

「ヨラナ様? 私にも協力させてください」

「マリエムさん、では遠慮なく声をかけさせてもらいますね」

「ぜひそうしてください。お願いします」


 私とヨラナ様とデルフィーヌ様は、それぞれが満足している。

 このことを知った人は「焼け石に水だ」と言うかもしれない。「ごく一部の子供を救っただけだ」という人もいるかもしれない。それでもいい。一人でも救えたら私は満足だ。


 だが私は全くジェフに相談していないことに気がついた。子供を引き取るということは、十年十五年と時間のかかることなのに。だから「あっ。ジェフの許可をもらっていないんだったわ」と思わず漏らした。

 デルフィーヌ様は「まあ」と心配そうな顔をしたが、ヨラナ様は笑っている。


「ジェフリーさんはあなたが子供を保護すると言ったら、絶対に許可するわよ」

「まあ、そうなんですけど」


 私たちのやり取りを聞いて、デルフィーヌ様は静かに考え込んでいた。


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