135 下手な尾行
ミルズは使用人が使う区域の部屋の前で足を止め、ドアを開けた。
「僕たちが使っている衣装とカツラ、靴、アクセサリーはここに」
部屋は思ったよりも広い。男女別に衣装を分けていて、平民の普段着から貴族の夜会用の衣装までが、ズラリとハンガーにかけられている。カツラはひとつひとつ通気性のいい木を編んだ平たい箱に入っていて、丁寧なことに髪の色と同じ色に塗られた札が貼り付けてあった。札には「男・短髪」「女・長髪」と書かれている。
「几帳面に管理されているわ」
「ええ、この部屋の管理責任者が几帳面な人なので」
「それはアタシのことだろ? ありがとうね」
部屋の奥から女性が顔を出した。
「あっ。ダフニーさん、こんにちは」
「ミルズじゃないか。そっちの人は?」
「今度、養成所で教官を務めることになったケイトと申します。よろしくお願いします」
一瞬、職員には本名を名乗るべきかと迷ったが、(害はあっても利はないな)と判断してケイトの名を選んだ。エドワード様が何も指示しなかったのは、本名を名乗るわけがないと思ったからだろう。
「何を見にきたんだい?」
「カツラを見せていただけますか?」
「ああ、カツラか……お恥ずかしい話だけど、今あるカツラの出来は今ひとつだね。だけど、今新しいのを発注しているから安心して。作り直すの。部長が予算をもぎ取ってくれたらしいわ」
「そうでしたか」
それならカツラの作り方を私が教える必要はない。受け持つ授業の枠は限られているのだから、私が教官を務めている間に少しでも多くのことを生徒たちに伝えたい。
カツラの箱を開けて中身を見た。手に取ってじっくり見ると、いろいろ気になるような品質だ。早くいいカツラが出来上がりますように。カツラで変装を見破られて命の危険にさらされるのは、銅貨を惜しんで金貨を失うようなものだ。
エドワード様は気になっているところを改善してから身を引くつもりかもしれない。
「ミルズ、ありがとう。参考になったわ」
「ケイトさん、少し時間よろしいですか。僕は夜までは時間があるのでお話したいことがあります」
「いいわよ。どこに行きましょうか」
「いい店があるんです。開店前でも、酒だけなら出してくれます」
そう言われて連れてこられたのが『黒ツグミ』の本店だ。
ミルズに続いて店に入ったとき、ザハーロさんは笑いを堪えていた。何を思って笑ったのやら。
「いらっしゃいませ。なんにしましょうか」
「エールをお願いします」
「そちらは?」
私を見てザハーロさんが笑っている。
「いつもので」
「かしこまりました」
私とザハーロさんのやり取りを聞いて、ミルズが赤くなった。
「なんだ、ケイトさんの行きつけの店でしたか。僕がいい店を紹介するつもりだったのに」
「いいじゃないの。で、お話って何かしら」
「僕は年齢が近いせいか、生徒たちによく話しかけられるんです。それで、その……」
「私の事を聞かれるの? あれは誰だ、みたいなことを?」
「はい」
「私のことは『他国の工作員だったけど辞めた人』と話してくれてかまわないわ。でも、一応マイクさんか部長に確認してからにしてね」
上手く伝えられるかなと思いながら自分の心情を説明した。
「私は私が関わっている若い人に死んでほしくない。教官になった理由はそれだけ。過去に工作員をしていたときだって、国家のためではなかったし、正義感からでもなかった」
「いいんですか? そんなことを言ってしまって。アッシャー子爵夫人と知られたときに、ご主人が批判されますよ」
「私がどういうつもりで働いていたかについては、ミルズだから話したの。あなたが私との会話を口軽くしゃべる人なら本音を言ったりしないわ。私、あなたを見誤ってる?」
「いえ……」
ミルズは生徒たちの私に関する疑問をあれこれ話し、私はそれに答えた。少ししてミルズは「そろそろ戻ります」と言って先に帰った。
「またどうぞ」と見送ったザハーロさんが私を意味ありげな目で見る。
「いいのかい? 若い男と二人で酒を飲んだりして」
「夫が心配するには、ミルズは若すぎるわよ」
「それならいいんだが。あんたが旦那さんに酒場通いを禁止されたら、俺が寂しいからな」
ふふ、と笑ってグラスを空にした。
「二号店は繁盛しているの?」
「おかげさまで。しばらく二号店に通っていたけど、今は若い者に任せてる。俺はやっぱりこの店が性に合ってるみたいだ」
「そう」
「元気そうだな。生き生きしている」
「そうね。元気だし毎日が楽しいわ」
「嬢ちゃんはどうした」
「今は一人で何かやっているわ。最近、忙しそうにしてるわね」
やがて開店の時間が来てお客さんが入り始めた。私は代金を置き、「またどうぞ」の声を聞いて店を出た。
馬車はお城に置いてきた。お城まで歩いて戻ろう。その前に……。
スッと角を曲がって身を潜めた。お城を出て少ししたあたりから、とても下手な尾行がついている。
すぐにバタバタと走る音がして、息を切らせた若い女の子が二人、角を曲がった。
少女たちは待ち構えていた私を見て驚いている。
「わっ!」
「わ! じゃないでしょう。どうして私を尾行しているのかしら?」
二人とも私の今日の授業を熱心に聞いていた子だ。黒髪の大人しそうな子はメル。薄茶の髪の活発そうな感じの子はダイアン。
「ええと、その……」
「この人はどこに住んでいて、どんな暮らしをしているのかな、尾行してやれって?」
「う……。すみませんでした!」
メルが謝り、ダイアンは両手をグーにして何か言いたそうだ。
「ダイアン、言いたいことがありそうね?」
「はい。先生みたいに強くなりたいんです。先生に個人授業をお願いできませんか?」
「個人授業か。ね、ケーキは好き?」
二人がコクコクとうなずくのを見て、以前ザハーロさんに教えてもらった菓子店へと移動した。
二人ともメニューを見て迷っている。
「気になるのがあるなら、二つでも三つでも注文していいのよ?」
そう声をかけると、二人は顔を赤くして二つずつケーキを頼んだ。でも嬉しそう。
私はコーヒーだけを頼んだ。
「さっきの話なんだけど、教官になったばかりの私が個人授業をするのは、たぶん組織的にまずいと思う。体術の先生の面子を潰すことになる。教官としてできるだけ長く働きたいから、最初からもめたくないの」
「ですよね」
ダイアンが残念そうにつぶやきながらブルーベリータルトを食べている。メルはカスタードパイを少しずつ大切に食べていた。
「今は? 自由時間なの?」
「はい。夕方の四時から七時までは自己研修の時間です。七時に夕食、食後は一時間ほど座学があるのですけど」
「あら、私は研修の時間におやつを食べさせちゃったのね」
するとダイアンが慌てて「いえ! 私たちは尾行の練習をしていたので問題ありません」と言い張った。
どうやらアシュベリー王国の特殊任務員養成所は、わりとおおらからしい。
教室に入ったときも感じたけれど、子供たちの表情が明るくて委縮していない。この国での教官の仕事は、私と相性がいいかもしれない。
「個人授業の件は、少し考えさせて」
「はい。無理なお願いをして、申し訳ありません」
「いいの。嬉しかったわ」
少し当てがある。ただ、依頼する予定の人にいい返事を貰えるかどうかわからない。まずは確認から。そして部長と教官たちに根回しだ。
私はお城に引き返して馬車に乗り、我が家の御者リードに行き先を告げた。






