エピローグ 『家族』
「リーズーさーん!」
「きゃあっ」
学園の廊下を歩いていると、急に後ろから抱きつかれた。
「ちょっとアリー。いきなり何よ」
「いえー。ちょうど目の前に背中があったのでー」
「理由になってないわよ」
少しも悪びれたようすもなく満面の笑顔を浮かべるアリー。思わず胸に抱えていた勉強道具を落としそうになったが、そんな彼女の顔を見ていると怒るに怒れない。
「アリー。リルも!」
「いいよ。えーい、リルちゃーん」
「きゃー。あははー」
今度はリルに抱きつき、楽しそうにけらけらと二人で笑う姿は仲が良さそうで微笑ましい。
魔法大会が終わってからしばらく。
病床に寝込んでいたアリーはすっかり回復していた。
ルーラや、他の選抜選手達も今では問題なく生活を送れている。イビルに奪われた魔法も少しずつ戻ってきているようだ。
学園長レグニスによってイビルの存在は秘匿されることになった。これ以上の悪用を避けるためだろう。思えばイビルの伝承が少なかったのも、その禁じられた力を使わせないためだったのかもしれない。
今では封印の箱は学園長レグニスによって、隠されし書庫のさらに奥に厳重に保管されているという。
「何百年と経てば封印の劣化がどうなるかはわからぬ。じゃがしばらくは大丈夫じゃろう」と学園長レグニスは言っていた。
「お前さん達の成果じゃ。よくやったの」
そう話す学園長レグニスは、どこか肩の力が抜けたように落ち着いた顔をしていた。
選抜競技についてもイビルの関与は伏せられ、選手達による苛烈な戦いの末に痛み分けとなって終わったという顛末に落ち着いた。
その際に損傷した学園の尖塔や校舎などは今、学業に影響がないように急ぎ修復されている。しかしこれまで専属だったバーゼンの家は今回の問題によって外され、新しい大工に依頼されている。事実上の失業であり、バーゼンの家の位は落ちることだろう。
それでもイビルの凶悪さ、その力に飲まれて不本意な悪行をしていたということを鑑み、バーゼン自身には重い厳罰は与えられなかった。
大事にしてイビルの存在を隠しきれなくなるのも問題だ。
競技中に、魔法の映写機を通して巨大な竜を見たという人も大勢出たが、それもクルトの魔法が生み出したものだということになった。そのクルトも今では魔法が使えなくなっていて、その真偽を確かめることはできなくなり、結局それを納得する他ないようになっていた。
こうして学園側の大規模な情報規制などによって今回の騒ぎは外部に漏れないまま終わったのだった。
リルが竜だと騒がれることもなく、これまで通り日常が戻ってきたというわけだ。
「あーあ。でも、あれだけ頑張ったのに本当にすべてが元通りなのね」
私とクルト、そしてリルがイビルからこの学園を守ったということも秘密なわけだ。それはつまり、私もただの落ちこぼれの生徒に戻ったというわけで。
「こら、ミス・ワズヘイト!」
「げ、ローズマリー先生」
廊下でばったりと出会ってしまった先生に、私は舌を出して苦い顔をした。
「げ、とは何ですか。ミス・ワズヘイト。昨日だした宿題が貴方だけ出ていませんよ。どういうことですか」
「あー、それは……」
まずい、すっかり忘れてた。
「えっとですね、先生」
「何ですか」
「その……リル、逃げるわよ!」
「あ、こら!」
私はリルの手を引いてその場から一目散に逃げ出した。
「廊下を走るんじゃありません!」とローズマリー先生の怒声が飛んでくるのもかまわず、私は一目散に走る。と、廊下の曲がり角から人影が出てきて、私は咄嗟によけることもできずにぶつかってしまった。
クルトだった。
「お前何やってるんだ」
「ちょっといろいろあって」
あはは、と苦笑する。
「ミスター・マークライト。彼女を捕まえてください」
「え? はい」
「脳死で頷くんじゃないわよ!」
ローズマリー先生に言われて私を捕まえようと手を伸ばしてきたクルトに、私は怒声を浴びせながら、身代わりとばかりにアリーの手を持ち出して掴ませる。
「あ、こら」
「わわっ。私は無罪ですよ?!」
「ごめんねアリー。へへん、馬鹿クルト。捕まえてみなさいよ!」
ここで捕まったら絶対に大説教だ。ローズマリー先生の説教は長すぎて聞くに耐えない。
「リズ、こんなとこにいたのか」と今度はレニアまで顔を出してくる。
「何をやってるのさ。クルトに内緒で勉強するんでしょ。せっかく放課後に僕が付き合ってあげることにしたのにさ」
「ちょっと。それは黙って!」
「え? あ、クルト」
私のすぐ傍にクルトがいることに気づき、レニアは気まずそうに苦笑を浮かべると、そのまま
何事もなかったかのように踵を返してしまった。
「へえ……勉強ねえ」
クルトが私をにやにやとした表情で見てくる。
私は逃げ出すことも忘れ、ただただ気恥ずかしさで固まってしまった。
「ち、違うわよ! 別に貴方を意識してとかそういうのじゃないから!」
そう吐き捨てるのが精一杯で、それでもクルトは面白おかしそうに私を見ていた。
――ああ、もう。こんなはずじゃなかったのに。
「べ、勉強しなくてもクルトの家に勝手に住み着くつもりだし。就職先は決定済みよ。これはただ、なんとなく勉強しようかなって思って」
「結局くるのか、俺のところ」
「…………なによ、悪い?」
ふくれっ面を浮かべてぼそりと言った私にクルトはふっと微笑む。
「好きにすればいいさ」
そう言われ、私はすっと胸をなで下ろすように小さく頷いたのだった。
「わーい。ママとパパといっしょにくらせるの?」とリルが嬉しそうに叫ぶ。
「ば、馬鹿。一緒じゃないわよ」
「悪いが住み込みだぞ。他に家なんてないんだ」
「そ、それって……」
――ほとんど同居と一緒じゃない!
もはや大胆なプロポーズにしか思えなくなった私は、顔をトマトのように真っ赤にして固まったのだった。
なんというか、リルが来てから私はすっかり変わってしまった。まさかこんなことになるなんて。
でも、こういうのも悪くない。
私はこれからもリルと一緒に過ごしていくのだろう。この可愛らしい、私の子供と一緒に。
「お二人ってやっぱり夫婦なんですか?」
「違う!」
尋ねてきたアリーに、私とクルトは二人して仲良く同時に言葉を返したのだった。
終
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