こんなのでました。②
「おねーさん。こんな所で寝てると風邪ひくよ~」
スマホをお尻のポケットに二台ねじ込み。手には大きめの手帳を持ち。季節感のない日に焼けた顔面に笑顔をたたえサクラに話しかける男性がいた。
彼女にはアイマスク代わりにしているキャップの隙間から見える彼のわざとらしい笑顔が見えた。
正直、ウザったい。
サクラはベッドよろしく愛車、カワサキのDトラッカーを広めの歩道に停め、その上に器用に寝そべっていた。
ハンドル側に頭を持っていきタンクの上に体を預け、リアステップに片足を載せ、その足にもう片方の足を預けるように。
実に不安定に見える格好だが、慣れるとこれでも案外小一時間は楽に寝れたりする。
しばらく経ってから片目を開けてもう一度、キャップの隙間から様子を伺った。
彼はまだいた。あのウザったい笑顔を浮べ。
「ッチ」
思わず出た舌打ち。
「あー。怒った?ごめーん」
彼は性懲りもなく馴れ馴れしい態度でサクラに話しかける。
しょうがなくムクリとサクラは起き上がるとシートに座り直し、キャップを乱暴にメーターパネルの上に置いた。ギアステップに右足をリアスッテプに左足を。正直、上品の真逆を行く格好。
「あのさ~」
サクラはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしるとそのウザったい男性を睨み付けた。
彼は知らない。サクラはうだつの上がらないOLから実はフリーのトラッカーになっていた事を。
サクラの堅気とは思えない鋭い目付きに彼の笑顔が引きつった。彼女は腹に空気を目一杯溜め込むとそれに勢いをのせる様に言葉を発した。
「人が寝てるの邪魔すンじゃねーよ!!」
その声量と剣幕は道行く人達の行き足を一瞬止めた。
「す、すみませ~ん」
ほうほうの体で彼は走り去って行ってしまった。
「フン」
サクラは鼻から息を抜くと周りを見渡した。
新宿の大通り。まぁ、ど真ん中と言うべきか?ネオンサイン煌びやかな通りだが、そんな盛り場みたいな所に女性が一人でいれば、怪しい商売の勧誘に声を掛けられない方が珍しい。か?
その男性に見る目が無い。か?
のどちらかだろう。
サクラはバイクから降りると背伸びをした。
「うーん」
その時だった。ビルの谷間に低く響く排気音が轟いた。
「この音!カワサキ!!」
彼女はそう叫ぶとバイクに飛び乗った。
オフロード用のヘルメットとグローブを手早く着装するとセルスターターのスイッチを力強く押した。
単気筒独特の破裂するような音を辺りにブチまけると彼女の愛機、Dトラッカーは激しく合金の心臓を脈打つ。
爆発がそのままダイレクトに後輪に伝わる感じ。単気筒の持つ躍動感は多気筒エンジンでは味わえない。滑らかさこそないがその蹴飛ばされるような鋭いトルクの立ち上がりは単気筒の成せる技だ。
「さぁ、キツネ狩りの始まりよ」
サクラは注意深くその排気音がする方をバックミラーで伺った。
ヘッドライトの車列に見え隠れする、明らかに単車の一つ目が徐々に近づいてくる。そしてその光点は二つになった。
まるで、モーターの作動する様な排気音が増えた。
「ホンダのバイクが追送してる!」
サクラの胸は高鳴った。二台のバイクの排気音が重なる。交わるその音。
サクラはニュートラルから一速にギアを入れた。ガシャンと軽く車体が揺れる。多盤式のクラッチの宿命。僅かながらに伝わるエンジンの出力が抵抗になりタコメーターの回転数が少し落ち込む。
「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか?」
サクラはメットの中で呟く。その時だった。ミラーを一瞬だが鋭い光が弾く。彼女は思わず目を細めてしまった。
耳をつんざく排気音がしたかと思うと自分の眼前にライムグリーンのバイクが目一杯に映った。そのシートには金髪姿のライダー。
サクラはそのライダーの姿を見ると本能的にクラッチをリリースした。フルスロットルの嘶きを放ちつつDトラッカーは持てるパワーをアスファルトに叩き付けると軽々とフロントを持ち上げながら、ミサイルの様に路肩から車道に飛び出した。
が、再び彼女の眼をミラー越しに一筋の光線が貫いた!
追走していたホンダのバイクが彼女の駆るDトラッカーの真後ろにいた。
「しまった!」
サクラは思わず叫ぶ。
ホンダのバイクは慌ててフルブレーキングを掛ける。辺りに響き渡るタイアの悲鳴。
「間に合わない!」
サクラはとっさに路肩ギリギリにバイクを寄せてホンダのバイクをやり過ごす。
リアビューが特徴的な初代CBR1000RRが自分のバイクの横を通り過ぎていく、スキール音と一緒に激しく左右に降られながらも何とか路肩に止まった。一瞬レースでも見ているかの様だった。
ホンダのCBR1000RRの辺りにはゴムの焼け焦げる匂いと若干の白煙が漂っていた。




