「hell and heaven」⑧
「やー、温泉な上に露天風呂なんてここは極楽か?」
湯上がりのヨシが上気した表情で中庭で涼んでいた。
「本当。不思議と色々忘れちゃうわね。温泉に浸かると」
サクラもホゥと息を吐く。
「油屋さんの言う通りデシター」
竹で編まれた長椅子に座るシンディは持て余し気味の手足を前の方に伸ばす。
「ちょっとあなたあんまり激しく動かすと浴衣がはだけるわよ」
そんな彼女におケイが注意を促す。湯上がりの四人は浴衣姿だ。
「あの、お食事ですが本当によろしいのですか?」
長椅子に座る四人に女将が申し訳なさそうに話しかける。
「ハイ。大丈夫デス!」
シンディはそう力強く答えるとスッくと立ち上がった。
「さぁ、おケイちゃん。約束のお食事デス!」
彼女はおケイの手を引いた。
「わ、ちょっと」
慌てた感じで彼女は引っ張られるような状態で中庭の中腹辺りへと向かって行った。
「どうでしょうこんな塩梅で?」
そこには板前がいてなにやら石でカマドを組み上げていた。そしてそのカマドには網が敷かれておりその下には炭が焚かれておりパチパチとはぜる音を放っていた。
「WOW!ジャパニーズトラディショナルオーブン‼」
シンディは声をあげると食材の載ったトレイを手に取った。
「じぁいきますヨ~」
炭火の遠赤外線で熱せられた網はジリジリと音を立て煙がうっすらと上がっていた。
そこに彼女は野球グローブ位はある、赤い塊を置いた。
「ジュー」っと凄まじい音をたてながらその赤い塊は網の上で焼かれていく。
「Oh! Niceファイアパワー‼」
シンディは歓喜の声をあげると赤い塊をひっくり返した。
焼かれる事により変色したそれは網目の焦げがついており、そこから滴り落ちる汁が火元の炭に当たり、人間の本能をくすぐる香りを発した。
「おほー、これはたまらん」
ヨシがゴクリと喉を鳴らしながらそれを緩んだ口元と虚ろな目で見る。
「さぁ!」
シンディはそう言うと焼き上がったそれは取り皿に取りおケイの目の前に差し出した。
彼女はそれを見ると目をパチクリさせた。
「ちょっと、塊のまま出されても…」
焼かれた事により先ほどより幾分か小さく縮んだとはいえその大きさはおケイの顔位はあった。
「Oh.ソーリー」
シンディは申し訳なさそうにいうとナイフを取りだしそれを切り分け始めた。
切り口から見事な赤身が覗く。
「ミディアムレア」
サクラがそう言った時だった。
「さぁ!おケイちゃん。ステーキは豪快にかぶりついて食べるものデス!」
大ぶりに切られたステーキを眼前に差し出されたおケイは意を決したようにそれを受け取る。
「下品ですけどこれはこの方の流儀に従うべきですわね」
彼女は尤もらしい理由を並べるがその口元からは押さえられない衝動が滲み出ていた。しかし今一歩踏み出せない自分がいた。
「うンめ~‼」
背後から聞こえるヨシの歓喜の雄叫び。
おケイは思わず、そちらに視線を飛ばした。
乱暴にフォークを突き刺し肉の塊を喰らうヨシ。彼女のその口元は滴り落ちる肉汁でテラテラと艶かしいツヤを出していた。そしてそれを拭う舌先。
その様子はおケイの脊髄に訴えかける物があった。
唾液で満たされていく口中、香ばしくさと血の香りが混ざり合い漂う。ステーキ肉は彼女の持つ本能を呼び覚ました。
おケイは牙を突き立てるかの如くフォークを肉片に突き刺すと、小さい口を有らん限りに開いた。そしてそれを口へと運んだ。
野趣溢れる香りが彼女の頭部を包み込むと、おケイはその香りの素に思い切り歯を食い込ませた。
ブチブチと歯茎に感じる繊維を切り裂く感触の後に、生柔らかい生きたものを彷彿とさせる歯ごたえが彼女の身体を駆け巡った。
おケイは首を振りその肉片を食いちぎった。
バリッと表面の焦げを食い破るとジュワっと溢れ出る肉汁が口の中を満たしていく。
彼女はその快感にも似た感情を咀嚼と共に噛み締めていく。
「旨い‼」
おケイは自分でも解らないがそのような言葉を発した。
肉の旨味なのか?それとも屋外で食してる雰囲気からなのだろうか?
アメリカ仕込みの豪快で大味なバーベキューは彼女の何かを歪めた。
「おほー、食の細いおケイがモリモリ食べてるよ」
ヨシは一心不乱に肉を貪り食べるおケイに思わず目細めた。




