③
一階にあるバルコニーにさっと風が通り抜ける。
それが収まる位に塚本は再び口を開いた。
「ヨシ様は退屈な往診の時間にご自分が経験なされた事をよくお話になられてました。お嬢様はそれが毎回楽しみで…」
塚本の切れ長の目が更に細くなる。
「どんな話しだったんですか?」
「そうですね。南方の方で食べた珍しい果物とか、日本とは星の見え方が違うとかですね。あとは面白い兵隊さんとか」
「南方…」
嬉々と話す塚本をよそにサクラは思わず息をのむ。
「やはり、気付かれましたか…」
「ヨシは従軍看護婦だったのね」
「そうです。彼女は従軍看護婦で前線でいろんなものを見てきたそうです」
「そう…」
サクラの脳裏にヨシの屈託のない笑顔が浮かぶ。ヤツの事だ。従軍看護婦ともなれば辛い経験しかないだろうに、そこで僅かばかりにあった楽しい出来事をおとぎ話のように話し聞かせたのだろう。
確かに病弱で海外はおろか、外出までが制限されているおケイにとって南方の話はおとぎ話のように聞こえただろう。その間だけ自分が病弱である事を忘れる事ができた位サクラでも容易に想像がつく。
「確かに辛い時代でした。しかしヨシ様がお話しされてる時のお嬢様の笑顔は我々従者にとってとても励ましになりました」
塚本が懐かしむようにバルコニーの外に視線を向けた瞬間だった。
「あーーッ!!塚本ぉ!こんなところに居たぁ~!」
明らかに呂律の回らない声が二人の耳に入る。
「おほー何してんのォ~」
そしてそれは二つに増えたと思ったらおぼつかない足付きでバルコニーを歩き、サクラと塚本の座るガーデンテーブルへと近づいて来た。
「ヨシ!」
「お嬢様!」
二人がそう叫んだ瞬間にヨシはサクラに、おケイは塚本のもとへと倒れこんだ。
「またお嬢様。こんなになるまでお召しになって」
塚本はそんな彼女を受け止める。
「だってヨシが来てくれたのよ」
昼間のおケイとは別人のような態度にサクラは塚本の昔話を重ねる。
「二人してなにしてたんだー」
虚ろな目付きでサクラに問いかけるヨシ。
「昔話よ」
「ふうん」
短い返事をすると虚ろだったヨシの目付きに生気が宿る。彼女はサクラに預けたその身を起こすと彼女の隣の空いていた椅子に座った。それに合わせるようにおケイも空いている席に腰を落ち着ける。
「忌々しい記憶ね」
「時代よ。しゃーない」
おケイがそう口を開くとヨシがその後を追った。一瞬屋敷の周りの木々がざわめく。
「塚本さんから聞いたけどあなた従軍看護婦だったの?」
「そだよ」
「それって…」
「まぁ、私がビルマとかに派遣されてた時はまだ戦勝ムードだったから言うほど酷くなかったよ」
誰とも目を合わせる事なくとつとつと語るヨシにサクラは彼女が過ごしてきた時代の重みを感じた。
「そうなの…でも」
「酷くなったのは終戦間際ね」
サクラが言葉を続けようとしたがヨシの一言がそれを遮る。
「本当にあっけなかったわ」
珍しくおケイが言葉を吐き捨てた。
「私は出征でお屋敷を開けてましたからその様子は存じませんが」
「そうね。あなたは戦死してしまったから…」チラと塚本を見やるおケイ。
「申し訳ありません」
「十字砲火に地形が変わる位の艦砲射撃。街を焼き尽くす爆弾の雨。おまけに戦地は細菌の巣窟。そんな中にいれば誰だって死ぬわよ」
ヨシは愚痴っぽく言い放つとテーブルに頬杖をドンとついた。
「それで塚本さんは若いままなの?」
「そ。それ以上生きていないんじゃそこまでの姿しか出来ないの」
サクラの質問にヨシが答えた後に彼女は思わず息をのんだ。
「あら、察しのよろしいこと」
おケイはいつもの凜とした口調でサクラの心情を感じ取った。




