③
そんなサクラの心を癒してくれる存在があった。
そう。冒頭でもチラリと出てきた第二次世界大戦中の戦闘機だ。
七十年も前に世界の空を支配していた王者達に思いをはせてる時はバイクに乗れない憂鬱も気分も少しは紛れる。
彼女はなぜそのようなクラシカルな航空機に興味をもったのだろうか?
その答えはカワサキのバイクにあった。
バイクメーカー・カワサキ
言わずもなが世界的にも有名な二輪車メーカー。その母体となるのは川崎重工業。
今もだが日本で数少ない軍需工業の一翼を担っている。
時は戻り太平洋戦争の頃。カワサキは戦闘機を作っていた。その名は
三式戦闘機「飛燕」
当時の日本軍機にしては珍しく液冷エンジンを搭載した高性能機だ。
その翼は空高く舞い上がり高度一万メートルまで達したという。
それに使用されているエンジン。ハ40またの名をDB601。ドイツの航空機メーカー、ダイムラーベンツ社のライセンス生産品。
そう、メッサーシュミットと対峙した時にサクラがつぶやいた一言の意味はこうだ。
車、バイクに詳しくなればなるほど航空機の存在は見え隠れする。航空機の技術は必ずといっていいほど地上の乗り物にフィードバックされる。
代表的なのが過給機。スーパーチャージャーやターボチャージャーなどだ。
今日では乗用車でもお馴染みの技術だが、当時は航空機が高い高度を飛ぶときに陥る空気不足を解決する為の一方法だった。
高空で薄くなる空気をいかにして取り込むか?もとはそのような技術だったのが、地上を走る車においてはパワーを得るための技術へと発展していった。
つまりは両者ともいかにしてシリンダーに空気を押し込むか?という事である。
「そのような技術が第二次世界大戦のころからあったとは!?」
その事実に触れたサクラは一発で航空機に魅せられた。
貪るように彼女は当時の事を調べた。
特に開発競争は激しかった。第二次世界大戦の戦闘機達はその身を削るが如く飛び続けた。様々技術が浮かんでは消えていく。その輝きはまるでマグネシウムのように激しく眩い。
やがて調べていくうちにバイクに戦闘機の影をかさねる様になる。
地上を疾風の如く駆け抜けるバイクの存在は彼女にとってまさに戦闘機そのものだった。
空気を切り裂き、己の限界を試すように飛び続けた第二次大戦時の戦闘機達。
その激しくも儚い存在は乾いたサクラの心に染み渡っていく。
そしてそれは航空機だけでは収まらなかった。軍艦へとその触手は延びていく。この流れは必然と言っても過言ではない。
なぜなら、レシプロ戦闘機が活躍した時は戦艦の時代から航空機の時代へと移り変わる変換期。
常識外れの火力を備えつつも航空機に対しては無力に等しかった戦艦達。それでも時代という荒波に抗い続けた。
マレー沖で撃沈されたプリンス・オブ・ウェールズ。
大艦巨砲主義の象徴であり終焉の大和。
最後は水爆実験の標的艦となった長門。
その大半は悲しい運命しか約束されていなかった。
そんな戦艦達の儚い生涯。避けようもない時代の荒波は彼女達に容赦なく牙を向いた。
六万トンの巨体がわずか数トンの航空機に翻弄される。人間の生み出した技術が人間の生み出した技術を駆逐していく。
サクラの心に割り切れない思いはあるもののその航空機と相反する並外れた巨体は彼女の心をつかんで離さなかった。
その正体はなんなのか?と言われても彼女の中にハッキリとした答えはない。
ただその巨体に似合わず儚い生涯を終えた戦艦達の姿に惹かれてるかもしれない。




