③
「なんで私達が追われなくちゃいけないのよ!」
サクラはそう叫ぶとバイク・ニンジャのギヤを二段落とした。
舞い上がるタコメーター。闇夜に響き渡る野獣の咆哮。何かに蹴飛ばされたかのようにバイクは前輪を浮かせながら加速した。
「訳はあと!」
「ったく」
サクラはそうボヤキを吐いた。しかし彼女は腕に覚えがある。
「面白いじゃない」
そう呟きながら目の前のコーナーをクリアした。
チラとバックミラーを見るとメッサーシュミットもそれを追従する。
「そう簡単に射線を合わせられるとは思わないでね」
サクラはこの危機的な状況にも関らず冷静なのに正直、自分でも驚いた。
「あなたDB601エンジン。川崎重工でも生産してたのよ。どちらが勝つかしらね。この勝負」
心の中でほくそ笑んだ。
バトル
公道などでバイク同士や自動車と行う非合法のレース。車好きやバイク好きの間でそう呼ばれている。勿論、スタートやゴールはもとより、ルールもチェッカーフラッグもない。出会いがしらの異種格闘技。
サクラの相手は第二次世界大戦の戦闘機だ。旧型とはいえ最高速度は優に500キロ/時を超える。
サクラの駆るバイク。カワサキのGPZ900R・通称ニンジャ。
当時でこそ最速を誇ったが今ではそうではない。ヘビーチューンが施されてるとはいえ最高速では戦闘機には遠く及ばない。
「くっ」
サクラは歯ぎしりをする。短い直線でその差はあっという間縮まる。
が、日本特有の曲がりくねった海岸線に沿って作られた道路。それのおかげでメッサーシュミットに与えられる射撃のチャンスは極わずかだ。
サクラのバイクはヒラヒラと木の葉のようにコーナーを抜けていく。
「ッチ…。あの身のこなし、ジークを思い出す」
舌打ち一発。メッサーのパイロットは思わず言葉をこぼす。
リフレクターサイトのレクティルの中に捉えたと思ったら、そこからスッと抜け出してしまう。まるで忍者のような身のこなし。
「ペットネームのニンジャは伊達じゃないわよ」
サクラは自分を鼓舞するようにメットの中で言葉を吐く。
時折りタイアが悲鳴と白煙をあげる。パワーに耐えかねたタイアが路面をとらえ損ねるがそこは強引に前輪のグリップだけでバイクを操っていく。
「わわわわ!!」
リアシートのヨシが悲鳴をあげるがお構いなしだ。
サクラは横滑りしながらもコーナーの出口に向かってアクセルを開け続ける。決して緩めない。
緩める事。それは即ち負けを意味する。
バイク乗りにとって相手が誰であろうと負けるわけにはいかない。
しょうもないプライドだと笑うヤツもいるだろう。しかしそれはバイク乗りには耐え難い屈辱なのだ。
スピードの為に生まれ、スピードを追い求めてきた、速さの申し子たるバイクが負ける事は許されないのだ。
「くっ!ちょこまかと」
業を煮やしたメッサーのパイロットは腰だめで銃弾を放った。しかしそれはサクラたちの乗るバイクの上を虚しく通り過ぎて見当違いのところに着弾しただけだった。
「大分焦っているようね」
サクラはその射弾のあとをチラっと目で追った。
「このまま振り切るわよ!」
「おっし!いっけぇェェェ!!」
サクラは右手をさらに捻った。鋼鉄の怪物ニンジャは闇夜にカーボンサイレンサーの咆哮を轟かせる。
大きくバンクを振りながら左右に機体をくねらせるように追いかけて来るメッサーは出遅れた。
一瞬だがバイク・ニンジャはメッサーの追撃を振り切った!
わずかなスキだが距離はグングン開いていく。大型バイクのフルスロットルは瞬間的だがジェット戦闘機の加速を上回る。
「馬鹿な!」
メッサーのパイロットは慌ててスロットルを叩き込む。
DB601エンジンのスーパーチャージャーが高周波の過給音をあげる。空気がシリンダーへと強引に押し込まれる。
「グオーン」という地の底から聞こえてくるような排気音。プロペラが空気を切り刻む音。
「くおっ!」
更なる推力を得た機体はパイロットをシートに叩き付ける。猛烈なプラスG。一瞬だが目を瞑ってしまった。
「ヤツは!?」
一瞬目標を見失うが、プロペラスピナーの先に闇夜を切り裂くキセノンヘッドの青白い光が見えた。
「くそっ!大分空いたな」
メッサーのパイロットはそう言い捨てたが、操縦桿に付いているスイッチを切り替えるとニヤリと怪しい笑みを浮かべた。




