第1話:『舞い降りた型無き拳!誕生、破天のヒーロー』
「普通の女子高生になりたいのーッ!」
朝日が眩しい通学路。天宮 輪は、食パンを咥えたまま全力でダッシュしていた。
可憐な見た目とは裏腹に、彼女の身のこなしは常軌を逸している。路地から突然飛び出してきた猫を、反射的なキャットバック(猫騙し)で軽やかに回避。立ち塞がる高いフェンスを、パルクール顔負けの跳躍で飛び越えて見せる。
(あ、またやっちゃった……! 幼少期の修行の癖、恐ろしすぎる……!)
自分の驚異的な運動神経に冷や汗を拭う輪。
彼女には秘密があった。幼い頃からあらゆる武道・格闘技を叩き込まれた結果、『破天流』という境地に開眼してしまったのだ。
我型を持たず、一度見た技の理をその場で解明し、120%の精度で再現・凌駕する神の型。あまりの強さに地元の道場破りを返り討ちにしすぎ、相手に深いトラウマを植え付けた過去から、彼女はその力を深く封印し、「目立たず可愛いJK生活」を送ると心に決めていたのだった。
だが、運命の歯車は容赦なく狂い出す。
その日の夜。塾の帰り道、薄暗い臨海地区の倉庫街を通りかかった輪の耳に、金属の重突起音とけたたましい炸裂音が届いた。
「くっ……! まだこんなに数が……!」
物陰から覗き込んだ輪の視線の先で、膝をついていたのは都市を守る孤独な女性ヒーロー『ポリマーレディ』。特装スーツはボロボロに砕け、青い光を放つエネルギーラインから火花が散っている。彼女を取り囲むのは、黒い金属の肌を持つ無数の機械獣軍団だった。
「あの人……一人でずっと戦ってる……」
ポリマーレディが地を蹴る。右拳に青い閃光を纏わせ、迫る機械獣の胸腔を打ち抜く。完璧な体重移動、無駄のない踏み込み。
(足の運び、膝のタメ、肘の絞り……ふん、なるほど。そうやって威力を跳ね上げてるんだ)
輪の脳内で、ヒーローの技がフレーム単位で解体され、再構築されていく。
続いて放たれた旋風脚。
(軸足をわずかに内側へ……円運動の遠心力を腰の回転で逃がさない……うん、綺麗な技)
一瞬見ただけで、技のすべてを完璧に理解してしまう。封印していた『破天流』の記憶が疼く。
だが、限界は唐突に訪れた。数で優る機械獣が一斉に飛びかかり、背後からの鋭い爪がポリマーレディの肩を裂いた。地面へ叩きつけられ、絶体絶命の危機に瀕するヒーロー。死角から太い鉄腕が振り下ろされる。
「やめなさいよ!!」
夜の闇を裂いて飛び出したのは、制服姿の輪だった。
空中で体を捻り、ポリマーレディが先ほど見せた旋風脚を繰り出す。その速度と回転数は本物を遥かに凌駕していた。空気を引き裂く重低音が響き、機械獣の首が三体同時に吹き飛ぶ。
「な……ッ!?」
倒れ込んだポリマーレディが目を見張る。
着地した輪の右手首には、倒れたヒーローの予備パーツから弾き飛んできた変身アイテム——**『ポリマーブレス』**が吸い寄せられるように装着され、重厚な音を立ててロックされていた。
ブレスから溢れ出る高密度エネルギーが輪の制服を侵食し、漆黒の特装スーツへと変貌させていく。
「あなた……誰なの……? その技は……」
「お前は……誰だッ!?」
困惑するヒーローと、恐怖に声を震わせる機械獣のリーダー格。
輪は右手首のブレスをキュッと締め直すと、大袈裟なアクションでビシッとポーズを決めた。
「よくぞ聞いたわね! この世に悪がはびこる限り、あたしの拳が打ち砕く! 破天荒……あ違った、破天流が逃がさない! 悪党ども、お前の罪を数えなさい! 破天吹雪! 参上!」
「前半の言い間違えもひどいし、後半は完全に別のヒーローのセリフ混ざってるし、最後急に和風になったぞ!?」
ポリマーレディが決死のツッコミを入れる。
(あれっ? このセリフ……何かどこかで聞いたような……? あ、昨日深夜の再放送で見た特撮だ! ……まあいっか! カッコいいからいいよね!)
心の中でテヘッと笑い、細かいことは全て棚に上げた。型を持たない『破天流』は、セリフのインスパイアすら自由自在なのだ。
「さっきのお姉さんの技、最後はこう締めるのが正解でしょ! 破天流奥義——幻影千裂拳!!」
地を蹴る輪。拳の風圧が嵐のような衝撃波を巻き起こし、夜空に氷雪が舞うかのような錯覚を生み出す。ポリマーレディの必殺ラッシュを120%に昇華させた残像の拳が、視界を埋め尽くし、機械獣の巨体を包み込んだ。
ドゴォォォォンッ!!
爆発炎上する敵群。
「……ふぅ。決まった……!」と背を向けてポーズを決める輪だったが、ポリマーレディの視線に気づき、「あ、やば、正体バレる前に逃げなきゃ!」と驚異的なジャンプ力で夜のビル街へと消えていった。
翌朝。私立鳳凰学園の2年B組。
「ねえねえ輪、見た!? 昨日の臨海地区の事件!」
登校するなり、幼馴染の舞がスマートフォンを突きつけてきた。画面には、昨夜の事件と『破天吹雪』の音声データ。
『〜悪党ども、お前の罪を数えなさい!』
「……ねえ輪。このセリフ、どっかで聞いたことない?」
「き、気のせいじゃないかな!? ヒーローの決め台詞なんて似たようなものだし!」
必死にごまかす輪だったが、舞は目を輝かせた。
「でもね、すごく決めポーズとマッチしててカッコいいの! SNSでも『平成レトロでエモい!』って大バズり中だよ!」
(そっか……やっぱりカッコいいよね! パクリとか関係ない! カッコいいは正義! 破天流に取り入れて大正解だったじゃん!)
心の中でドヤ顔を決める輪。
だがその時、教室の扉がガラッと開き、一人の転校生が入ってきた。右肩に痛々しい包帯を巻いた、どこか鋭い眼光を持つ美しい少女。
「本日の転校生、神代さんだ」
(あ……あの肩の傷……! 昨日の、ポリマーレディ……!?)
輪の「バレずに普通のJK生活を送る」という野望は、早くも崩れ去ろうとしていた。




