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第1話 王命

 イザーク・ブラウベーレ公爵は今年で齢二十五。アインヴァルト王国建国時より歴史ある世襲貴族の三大公爵家が一柱ブラウベーレ家の当主である。


 この年齢にして王国近衛騎士団長の栄誉に与る彼は、智勇兼備、品行方正とあって国王からの信頼も篤く、階級は王国大将である。


 出世しまくり、出世頭すぎて近衛騎士団の頂点なのである。そんな男が、他でもない国王から秘密裏に召喚されている。これは一大事という表現がまさにふさわしいのだった。


 アインヴァルト王城の応接室はいくつかあって、だがここは公式の間取り図には存在しない、いわば王城の中の空白地帯だった。それこそ王族の中でも限られた者しか場所を知らず、他は、護衛にあたる近衛騎士団のわずかな幹部たち、そして文官の長たる宰相や、侍従長あたりか。


 改めて、そんな場所に呼び出されているイザークだ。よほど喫緊の任務が言い渡されること、想像に難くなかった。


 国王アルトゥール三世は彼に告げる。


「ブラウベーレ大将。我が子の護衛を頼みたい。専属だ」


 ……そら来た。


「と、おっしゃいますと、第一王女マリアロゼ殿下の護衛、ということでございましょうか」


 はて、と内心でイザークは小首を傾げた。第一王女マリアロゼの護衛は近衛騎士二番隊の管轄のはず。二番隊に一任してあるのだから、わざわざ近衛騎士団長であるイザークが上官の威を振りかざして自ら護衛に赴くのはおかしい。イザークは微塵の歪みない姿勢で王に拝跪したまま、一体どういう次第なのかを尋ねた。


()()の方だ。……ジルヴェスターの」


「陛下のご庶子を、ですか」


「その通りだ」


 ジルヴェスター王子。このアルトゥール三世が王太子時代の火遊びで侍女に産ませた男児だった。当時、そのことは腫れ物を扱うがごとく内密に処理された。


 王子が五歳のとき、悲劇が起こった。母の侍女は王妃派に毒殺されてしまったのだ。そして、養父母に預けられた王子だったが、またしても惨事は引き起こされた。今度は養父母が王妃派の魔の手にかかって毒殺されたのである。


 その後はまたしても別の信頼置ける人物に預けられ……と、たらい回しにされたような王子の身柄ではあるが、そうやって今に至るまで、市井で表向き平民として育てられていたのだ。


「おそれながら……なぜ今さら、ジルヴェスター殿下を護衛せよと仰せに?」


「そなたは本当に発言を恐れないな、ブラウベーレ」


 王のやや咎める声に、イザークは身が引き締まる思いになった。


「は、失礼いたしました」


 いや……、と王は軽くかぶりを振った。


「そんなそなただからこそ、任せられるのだよ。失う親族がいない。失う領地も民もない。武芸に秀でている……」


 指折りで条件を挙げていく王に、イザークはつい苦笑した。形のいい唇がほんのり三日月に歪む。


「陛下、最後は無理やり取り繕われたことが明白でございますが」


「そうだな、すまない」


 王もつられて苦笑を浮かべた。


「いえ、事実ですから……」


 これはその通りで、イザークには養う家族もなく、両親すらすでに他界している。公爵といえど名ばかりのもので、往時の栄華や権力も今は乏しく、領地も先代の時分に手放してしまったものだから、当然、領民などいるわけもない。失うものは、本当になかった。


「立ち上がりなさい」


 イザークは糸で釣られたかのように少しの乱れもなく立ち上がってみせた。その様子を見て、なぜか王は気怠い溜め息をついた。


「はあ……、堅いな」


「……は」


「なにはともあれ、ジルヴェスターの護衛をそなたにこそ頼みたいと思うてのことだ」


「はい、拝命いたします。我が命に代えましても」


 王は、彫像めいて不動のイザークを見、ますますの深刻な溜め息をこぼす。


「そなたを見込んでいるからこそ言うのだが……、チャラくなりなさい」


「ちゃ、チャラ……?」


 イザークが朗々たる美声で、ちゃら、ちゃら、と聞き慣れぬ語感を口の中で居心地悪そうに転がしていると。


「改めて、前提を話そうか」


 王が緩やかに声音を落とす。イザークは王の視線を真正面から見返した。


「ジルヴェスターは、自らが私の子であるとは知らなんだ」


「はい、存じております」


「そこでだ。そなたに協力を頼むわけだが、隠密護衛、と言えば分かるな?」


「はっ。つい先ほどと同じ言い様で申し訳ございませんが、謹んで拝命いたします。ジルヴェスター殿下の御許に潜入し、密かにお守りして奉らん、という理解をば」


「逆だ」


 王が短く言い、イザークは一度まばたきした。


「は」


「ジルヴェスターをそなたの屋敷において保護するのだ」


「なるほど、そうでしたか。……御意」


「だから、そなた、堅い!」


 なぜ、ここまで怒られているのだろう。イザークは、唇と同じように形のいい両眉を跳ね上げた。


「そなた、チャラくなるのだ。そなたなら、できる!」


「はっ、承知いたしました」


 ダメだこりゃ、とでも言いたげな王の溜め息が、また一つ。


 ♢


 イザークは邸宅に戻った。イザークは窮していた。どれくらいかというと、幼少期、公爵夫人であった母に、クッキー缶の中にしこたま集めていたセミの抜け殻コレクションが見つかって絶叫させたときくらいには、窮していた。


 屋敷の掃除をしてもらっていた家令に紅茶を淹れてもらった頃、ドアノッカー音が来客を告げた。


「応対いたします」


 と、向かおうとした家令に、イザークは返す。


「いいや、俺が出るよ」


 軽く練習していたチャラモードというやつに、即時切り替えた。


「やあ☆ よく来たね☆」


 周囲の気温が氷点下に思えるほどに滑ったのは、それはもう言うまでもなき仕儀だった。

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