表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/118

(118)エルフと奇跡

フィリアが光となり、あの夏の空気ごと消え去った夜。心の中に残されたのは、言葉にできない感情の渦だった。切ないような、寂しいような、でもどこか温かい。胸の奥に住み着いたその感覚は、今でも消えることなく、静かに心を支配している。


夏菜には、結局ろくな説明はできなかった。「やっぱりお別れの言葉を向き合って伝えるのが辛くなったみたいで、急いでタクシーで空港に向かった」とか「涙をお世話になった夏菜に見せたくなかったんじゃないかな」とか、言葉の端々を拾い集めたような適当な言い訳しかできなかった。でも夏菜は、それ以上何も言わなかった。


ただ、ほんの少し頬を赤らめながら、目をそらして「ま、いいけどさ」とつぶやいた。その横顔を見たとき、俺は少しだけほっとしたのを覚えている。けれど同時に、胸の中にうずく何かを感じた。あの時、俺は夏菜にどう向き合うべきだったんだろう?今でも答えはわからない。


銭湯は元の静けさを取り戻した。あの夏休みの喧騒がまるで嘘だったかのように、いつもの日常が戻ってきた。でも、俺にとってそれは「戻る」という言葉では片付けられないものだった。何かが変わってしまったのだ。それはフィリアが去ったことだけではなく、俺自身の中で確かに起きた変化だった。


湯舟を掃除しながら、ふと思うことがある。もし、また湯舟が光り、フィリアが戻ってきたらどうしよう、と。そんなありえない妄想をしている自分が、どこか滑稽で、同時に愛おしい。俺は変わりたいと思っているのか、それとも変わりたくないのか。答えはきっとずっと出ないままだ。


でも、あの夏の日々が俺に教えてくれたのは、こうした日常の中にも奇跡が紛れ込むことがある、ということだった。奇跡なんて、期待していいのかもわからないけれど、それでも心のどこかで「またいつか」と願っている自分がいる。それを否定する気にはなれない。


フィリアが最後に見せた笑顔。それが焼き付いて離れない。彼女の声、触れた温度、そのすべてがまだ鮮明に思い出せる。俺にとって、それはもう「思い出」なんて軽い言葉では片付けられないものだ。むしろ、生きていくための何かに近い気がする。


「フィリア、ありがとう。本当に、ありがとう。」


月明かりが差し込む湯舟を見つめながら、俺は心の中でそっとつぶやく。誰にも聞こえないその声が、自分自身にだけ届くように。そして湯けむりが揺れる静かな空間の中で、俺はゆっくりと立ち上がる。


この銭湯には、また新しい日常が流れ込んでくる。それがどんなものかはわからないけれど、あの夏を過ごした俺なら、きっと向き合える気がする。そう、フィリアがくれたものが、俺にそう思わせてくれるんだ。


湯舟から立ち上る蒸気の向こうに、満月が優しく輝いている。それを見上げながら、俺はそっと目を閉じた。そして、静かにこう思った。


──もう一度、あの奇跡が訪れるのなら、その時はもっとちゃんと、俺の言葉で、感謝を伝えたい。そしてあの時、伝えきれなかった気持ちも。

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


https://ncode.syosetu.com/n8980jo/


「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ