第167話 研究都市フォルン
おれがサフィアとも恋人になってから一月が経過し、十二月になった日の生徒会室。
「――というわけで、私達は明日から一週間ほど研究都市フォルンに行くことになった。明日は移動日で実務はその翌日からの予定だ」
「研究都市フォルンですか。どこかで聞いたような……」
アイシス先輩から聞き覚えのある名前が出たので、おれは自分の記憶を探る。……そうだ、思い出した。以前ミハエルが言っていた都市の名前で、確かおれの<飛行>で二時間くらいはかかる場所にあるって話だったな。
「……話は分かりました。それにしても、魔道兵器の視察とか貴族のみんなは大変ですね」
「これも貴族の責務だよ。……とは言っても、本来なら生徒会の人間で視察に行くのは私一人のはずなんだが」
「え、そうなんですか? じゃあ、シェーナ先輩達はなんで?」
「私と一週間も離れ離れになるのが辛いから付いて来るとのことだ」
……そういえば、夏休みの海でも似たような話を聞いた覚えがあるな。相変わらず、アイシス先輩が大好きな生徒会メンバーである。ちなみに、おれも生徒会メンバーなので、アイシス先輩が大好きということになる。
「では、すまないが私達がいない間は留守を頼む」
「分かりました。こっちは任せてください」
一週間も離れるとなるとアイシス先輩のことが心配になるが、もしものことがあれば盟約の指輪で分かるからな。それに、いざとなればあの魔法を使うから問題はないだろう。
*****
魔道兵器の視察のため、アイシス達は研究都市フォルンにある魔道研究所を訪れた。
「皆様、お待ちしておりました。こちらにいるのが、当研究所の所長の――」
「ティフィル・メガロフィアなのじゃ」
「私はアイシス・エディルブラウです。そして、こちらが――」
アイシスに続きシェーナ・ブリッド・エルフィも挨拶を済ませると、ティフィルは満足そうに頷いてから口を開く。
「うむ、よろしくなのじゃ」
「はい、よろしくお願いします。しかし、話には聞いていましたが、その若さで所長とは噂に違わぬ天才ぶりですね」
「当然なのじゃ。なんたって、ワシは魔道具の始祖であるウィフィル・メガロフィアの子孫じゃからな」
えっへん、と偉そうに答えたティフィルは弱冠十二歳の天才美少女だ。研究者らしく白衣を着ているが、身体の小ささゆえにぶかぶかである。さらに、年齢と比べても低い身長も手伝い、長く伸びた銀髪は地面についてしまっていた。
「それで、本日は新型の魔道兵器について見せていただけるとのことでしたが?」
「うむ。新型と言ってもその魔道兵器はそもそもご先祖様のウィフィルが発明した物じゃ。時代の流れで動かなくなりその後は誰も再起動できなかったのじゃが、この度わしが再起動に成功したのじゃ。なんたって、わしは大天才じゃからな」
「そういう経緯でしたか。では、その魔道兵器はどのような性能を?」
「詳しい説明は副所長から……、む、姿が見えんのじゃ?」
「副所長でしたら、急用ができたとのことで先ほどお出かけになられました」
キョロキョロと辺りを見回して副所長を探していたティフィルに、彼女の秘書である女性がそう説明する。
「まったく、このわしに一言もなく出かけるとかあやつは……。まあいいのじゃ。見せたほうが早いから付いて来るのじゃ」
そう言って、ティフィルは研究所の実験室へと歩いていく。その後に続こうとしたアイシスに、心配そうな顔をしたシェーナが声をかけた。
「会長、お気を付けください。わたくし、なんだか嫌な予感がします」
「君もか……。実は、私も先ほどから妙な胸騒ぎがするんだ」
「まあ、会長もですか?」
「ああ。だから、君の言うように気を付けるよ」
*****
実験室は二部屋に分かれている。文字通り、魔道兵器の実験を行う大部屋と、それを安全に観察するための小部屋だ。アイシス達が小部屋のほうに入ると、ティフィルは大部屋のほうにある機械人形に手を向けて話し始める。
「あれが魔道兵器、その名もプリスアルマじゃ」
「ふむ……。形としては人間に似ているな」
「わたくしも同感です。ただ、全身が黒くて少々不気味な姿ですね」
「オレとしては、良いデザインだと思うがな!」
「わわわたしはちょっと怖いです」
「仮にも兵器じゃからな。そういう風に見えるのも当然なのじゃ。では、早速プリスアルマを起動するのじゃ」
ティフィルが起動ボタンを押すと、プリスアルマの目が怪しく光り機械音声が流れてくる。
「殲滅モード、起動」
「……む、どういうことなのじゃ? そんな命令は入力してないのじゃ?」
「……! 危険だ、伏せろっ!!」
アイシスがそう叫ぶと同時に、観察室に向けてプリスアルマが<剛塊岩石砲>を放ってきた。その魔法の威力で、あらかじめ実験室に展開されていた結界魔法である<防魔結界>の一部にヒビが入る。
「ティフィル殿、これはいったい……?」
「わ、わしにも分らんのじゃ!」
「では、プリスアルマを止める方法はないのですか?」
「……! そ、そうなのじゃ! 停止ボタンを押せばいいのじゃ!」
ティフィルは急いで停止ボタンを押すがプリスアルマの動きは止まらず、再び観察室をめがけて魔法を放ってくる。
「ど、ど、どうなってるのじゃ!? なぜ、止まらないのじゃ!?」
「……原因は不明だが、プリスアルマが暴走を起こしたようだな。……ティフィル殿、研究所の職員、それとこの周辺の住民に避難命令を出してください」
「だ、だが、プリスアルマはどうするのじゃ? あの調子では、実験室に展開された<防魔結界>が壊されて、プリスアルマが暴れ回るのは時間の問題なのじゃ!」
「あれは私がなんとかします。なにか、弱点などはありますか?」
「……残念ながら、そんな物はないのじゃ。…………全責任はワシが取るから、プリスアルマを壊してでも止めて欲しいのじゃ!」
「分かりました、任せてください。こんなときのために、私は鍛錬を積んできましたから」
アイシスが覚悟を秘めた瞳と言葉でそう答えると、ブリッドとエルフィもそれに続こうとする。
「ならば、オレ達も戦いますぞ!」
「がが頑張ります」
「……いえ、お二人とも駄目です。わたくし達は職員や住民の避難に徹しましょう」
「なぜですか、副会長殿!?」
「……歯がゆいですが、わたくし達では足手まといだからです」
悔しさを顔ににじませながらシェーナはそう答えた。シェーナも決して弱くはない。しかし、だからこそ、自分達ではプリスアルマとの戦闘でアイシスの役に立てないことを痛感してしまった。
「シェーナ君、それに二人も。人々を避難させるのも立派な仕事だし、避難が進めば私も安心して戦える。だから、そちらはよろしく頼むよ」
「……! はい、こちらはお任せください! 会長も、どうかご武運を……」
そう言い残し、アイシス以外の人間は観察室を出て行った。その数秒後にプリスアルマの放った魔法で、実験室に展開された<防魔結界>は完全に砕け散る。
アイシスは観察室の端にあるドアから実験室に入り、プリスアルマと対峙した。
「エディルブラウ公爵家の第三令嬢アイシス、推して参る!」




