第166話 好きにしていい
サフィアと恋人になってから初めての休日。
「お帰りなさいませ、ご主人様。……というか、あなたって恋人になってからもわざわざこのお店にくるのね」
「むしろ、恋人になったからこそ来るんだぞ。恋人の可愛い姿は何度だって見たいからな」
「……ふーん、そう。そういうことなら、好きにすればいいけど……」
サフィアは頬を赤くして、照れくさそうに髪をいじりながらそう言った。そんな姿も可愛いし、メイド姿も相変わらず可愛い。いや、むしろ恋人になってから見ると、その可愛さがいっそう増したように見えるのは間違いない。
「今はけっこう混んでて、奥のほうの席しか空いてないんだけどいいかしら?」
「ああ、どこでもいいぞ。サフィアさえいてくれれば、おれはどこだって満足だ」
「……もう、あなたったらまたバカなことを」
憎まれ口をたたいているが本心ではまんざらでもなさそうで、サフィアの口元が緩んでいる。そんな会話を交わしながら案内された席に着くが、残念ながら一つ問題があった。
「注文はどうするの?」
「……悪いんだが、一番安いジュースだけでもいいか?」
「別にいいけど、どうかしたの? あんまりお腹が空いてないとか?」
「いや、ないのはお金のほうなんだ」
リミアに続きサフィアにも誕生日プレゼントを贈ったからな。二つともそこまで高い品ではないが、かといって決して安いわけでもない。さらに、恋人が二人もできて出費がかさんでいるので、もはや完全に金欠であった。
「……そういうことなら仕方ないわね。じゃあ、ちょっと待ってて」
サフィアがスタッフに注文をしに行くと、その帰りにジュースを持ってきてくれた。しかし、このジュース一杯で長居するのはさすがに迷惑かな、と思っているとなぜかおれの席にオムパンまで運ばれてくる。
「……え、なにこれ?」
「……仕方ないから今日はあたしがおごってあげるわよ。一応、か……彼女なんだし……」
「サフィア……」
その言葉と優しさに、おれの心は目の前にある出来立てのオムパンのように温かくなってきた。サフィアはそのオムパンをスプーンでよそい、それをおれの口元に差し出してくる。
「……だから、これもサービスよ」
「……! ……ああ、本当にありがとな」
オムパンをおごってくれるだけでなく、このお店ではオプションで別料金がかかるはずの『あーん』までタダでしてもらえるとは。こんなできた彼女がいて、おれは本当に幸せ者だ。
「世界一うまい……」
「作ったのはあたしじゃないけどね」
「いや、こうやってサフィアが食べさせてくれるから、宇宙一うまいんだぞ」
「世界はどこいったのよ……。まったく、あなたはまたおかしなことを……」
以前はツンなときもあったのに完全にデレ期に移行したサフィアに、おれはオムパンを全部食べさせてもらえた。そして、食べ終えた食器を片づけていたときに、サフィアが床にスプーンを落とす。
「あ、ごめんなさい」
「いや、食べ終わった後だし大丈夫だ。おれが拾うからそのままでいいぞ」
そう言って、おれはテーブルの下に入る。スプーンは目の前に落ちていたのですぐに拾い、そのまま顔を上げると思わぬ物が目に飛び込んできた。その思わぬ物とは黒いパンツであり、それがサフィアのスカートの中から見えてしまっている。
……今日このお店に来ることはサフィアに伝えていたが、まさかこれは勝負下着とかだったりするのだろうか? それが事実かどうかは分からないが、こんな素晴らしい光景を見てしまったおれがそこから目を逸らせるはずもない。
そうやって、スカートの中を見るのに夢中になってしまっているおれに、当然の疑問が襲ってきた。
「……ねえ、レイン、どうしたの? まだ、スプーンが見つか……っ!」
テーブルの下を覗き込んできたサフィアは慌ててスカートを手で押さえ、おれのことをギロリと睨んでくる。
「あなたって人は本当に……」
「ま、待て、サフィア! 話せば分かる!」
「…………そうね、分かったわ。じゃあ、こっちに来なさい」
サフィアはおれの腕を掴み、有無を言わさずお店の奥にあった部屋におれを引っ張っていった。
「ちょ! ここって、女子更衣室じゃ……」
「この時間なら誰も来ないから平気よ」
おれに壁ドン、またの名を壁ダァンと言うそれをしながらサフィアがそう言った。イカン、完全に怒ってらっしゃる。
「……本当にすいません。お詫びに、煮るなり焼くなり好きにしてください」
「……へえ、潔いわね。…………じゃあ、目をつむりなさい」
……これは、ビンタか下手したら殴られたりするのだろうか? ……まあ、それはそれでご褒美……ではなく仕方がないので、おれは言われた通りに目をつむる。数秒後、予想通りおれの頬に強い衝撃が、とはならず唇に強い衝撃が走った。
その衝撃でおれが目を開けると目の前にはつむったサフィアの目、つまり今おれはサフィアにキスをされていた。十数秒のキスをして離れたサフィアに、おれは疑問の声を漏らす。
「……な、なんで?」
「……あなたが好きにしろって言ったんでしょ」
「そ、そうだけ……むぐっ」
おれの言葉を待たず、サフィアは再び自分の唇でおれの唇を塞いできた。……ヤバい、すごい気持ちが良いし、このままサフィアを抱きしめたい。本能的に、おれの両手はサフィアのほうへと伸びていく。
「きゃ!」
「どうした?」
「どうしたって、あなたねえ……」
なぜか、サフィアが再びおれを睨みつけてくる。なぜかと言えば、今日のサフィアの背中もなぜか妙に柔らかい。……あれでも、この感触には覚えがあるぞ。……そうだ、この感触は魔法大会前の飛行特訓で得た物であり、その柔らかさの正体は背中ではなくズバリお尻だ。
「…………その、どうお詫びすればいいか……」
「はあ……。もういいわよ」
「え、いいの?」
「………………だって、さっきのも今のも、……恋人だったら普通のことでしょ?」
サフィアは潤んだ瞳と赤く染まった顔でおれに密着してきた。可愛い、柔らかい、気持ちいい!
「……だから、あたしも好きにするから、レインも好きにしていいわよ」
そう言って、サフィアは三度おれにキスをしてきた。こんなことをされて、さらにあんなことを言われておれが我慢できるはずもない。おれの両手が再びサフィアのお尻に触れると、彼女はビクリと身体を震わせる。
だが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、サフィアはおれの唇から離れようとしない。だ、駄目だ……。お尻を揉んだままキスをされるとか、気持ちが良すぎて頭がどうにかなりそうだ。
本当に頭がどうにかなりそうで、押し寄せてくるさらなる欲求を抑えきれる気がしない。おれが衝動に駆られて一線を越えようとしたそのとき――
「サフィアちゃん、いるー?」
その声とともに、女子更衣室のドアをノックする音がした。
「お、お、叔母さん!? ど、どうかしたの!?」
「サフィアちゃんの姿がしばらく見えないから探してたのー。慌ててるみたいだけど、サフィアちゃんこそなにかあった?」
「な、なにもないわ! ええ、本当になにもないわ! すぐに戻るから、叔母さんも仕事に戻って!」
「それならいいんだけど。なにかあったら言ってよねー」
気配から察するに、叔母さんはサフィアの言葉を信じでドアから離れてくれたようだ。叔母さんが来たのは残念だが、さすがにここで一線を越えるのもどうかと思うので良かったかもしれない。
その後、自分の席に戻ったおれ達は、おとなしめな恋人の時間を楽しむことにした。




