3・「白亜のお兄様」
「いやああああ!!!お兄様!!!」
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「誰がお兄様だああああああああああ!!!!!!」
なんでだよ。
なんでまた乙女ゲーの夢みてるんだよ?!
お兄様って誰だよ!
先ほどまで見ていた夢の内容はまたしても昔はまった乙女ゲー(女性向け恋愛ゲーム)でした。
攻略対象が義兄弟のヤンデレの兄か、血の繋がったシスコンの兄で、
ヤンデレ愛か禁断の愛かしかないハードなやつ。
絵柄と声優に惹かれて買ってみたけどヤンデレが怖すぎてトラウマになり、
対照的な実の兄との禁断の愛ルートにどっぷりはまりました。
あ、私に兄はいません。
兄弟ものって、実の兄とかがいたら微妙に連想されちゃって楽しめないらしいね。
それはさておき
「えええと・・・暗いな。」
相変わらず悪寒と体調の不自然さが残ってるせいか、黙って考えようとすると頭が冷静に回らない。
いや、まぁ、こんだけおかしなことが続いたら、誰だってパニックになるよね。
もともと独り言が多い方だったけど、今はわざと声に出していこう。
なんか怖くておしゃべりになってるとも言えるけど。
「周囲に人は・・・なし。部屋もベットも同じ。外も、暗い。」
気絶しまくってる間に日が暮れてしまったらしい。
窓からの強い日差しがなくなった部屋は、薄暗かった。
「あかりは・・・・ランプがついてるね。火、あれ、あっちは違う・・・?」
枕元横のテーブルには小さな火の灯ったランプが置いてある。
ドアの横にも壁にランプが付いていたが、そっちは遠目で見ても火ではないように見えた。
近づいてみれば、何か小さな明かりの玉がランプの中で浮いて光っている。
おおおお、魔法?ファンタジー!?おおおおお!
好奇心でじろじろ見ていたらドアノブに服が引っかかってドアが少し開いてしまった。
「ひい!!」
慌ててドアを閉めると全力で布団の中に逃げこんだ。
ドアを開けたらまた例の人達がいるんじゃないか・・・・って、どんだけ怯えてるんだ私。
そういえば、彼らは、と言ってもまだ三人しか見てないが、
彼らは一様に瞳の色が赤かった。
あとなんか、ちょっと発光してたような?うん、光ってたよね?光って・・・・ああああああすいませんごめんなさい許して一思いにお願いしますうううううううううううううう!!!!!
「・・・はっ?!」
彼らの眼を思い出そうとしたらなんか一気に鳥肌がたった。
落ち着け。落ち着け私・・・っ?!
「どうどうどうどうどうどう」
自分をなだめるべく、どうどう言いながら両肩を撫でまくる。
イメージ的には毛を逆立ててる何かをなだめようとしている感じ。
うん、これ実際毛を逆立ててる動物にやったら間違いなく噛まれるか引っかかれるよね。
でも人間だからいけるはず・・・?!
「どうどうどうどうどうどう」
どうどうどうどう。落ち着け自分?
あ、思い出した。
さっき夢で見た乙女ゲーのタイトル「白亜のお兄様」だ。
白亜・・・白壁?は?
あーものすごくどうでもいいー。
「・・・・・うん。」
よし、落ち着いた。
お腹がすいたなーと辺りを見回せば、
テーブルにバターパンっぽいものと水が置かれていて、
ありがたく頂きながら、ゆっくり記憶を遡っていく。
さっきまで残っていた不自然な体の不調も恐怖心も、その頃には治っていた。
どれくらい考え込んでいたのか。
窓から見える空は、うっすら暗いから真っ暗に変わっていた。
最初こそ軽い気持ちで記憶をさかのぼっていたのだけど、
思い出せば思い出すほど、
まるでミステリー小説を読むかのように、先へ先へ、早く答えを読み解こうと、自分の全ての記憶のページをめくっていく。
私は、「私」に関することと、「特定の記憶」だけが記憶から抜け落ちていた。
森にいた経緯も全く覚えていない。
目が覚めたら森で、目の前の茂みがガサガサして野犬みたいなモンスターが出てきた。
襲われそうになったところで助けられて逃げ出して気絶して、えーとあと何回か気絶して、
うん、パンは美味しかった。
私に関係するものでも、趣味とか、遊んだゲームとかの知識と、日々を過ごした思い出はある。
学校に行って、バイトして、仕事して。
でも、私に関する家族や友人の記憶がすっぽりと部分的に抜けていた。
家族と過ごした家の、例えば「いくつ部屋があったか」とか、「布団が二枚並べてあったのを見てる記憶」はあるのに、そこに誰と寝ていたかがわからない。
知識としては、家族構成はわかる。うちは母子家庭で一人っ子だ。
名前や生年月日や住所を除けば、自分の履歴書を書くこともできるだろう。
父のこと、親戚のこと、同級生、同僚、祖父母、たまに連絡し合う友人・・・は覚えている。
抜けているのは、母と、親しかった誰か。複数、かな?
そこらだけが不自然に抜けていた。
まるで赤い下敷きを通して見たかのように、【覚えておかなければいけない】場所だけが消えているような。
思い出せることを思い出した「私」という存在は、
まるで誰とも、親にすら興味のない、孤独を好む人間のように思える。
でも、記憶をつないでいくと、その前後から「記憶から抜け落ちてしまった人達」がとても大切だったことが予想できた。
記憶喪失にしては不自然、人為的にすら思える記憶の欠如。
そして、知る限り私の世界には、耳が尖った種族はいなかったと思うし、
赤い眼も、真っ赤な瞳というのは物理的にありえなかった気がする。
なんかネットで調べた時にそう書いてあったような、とにかくも真っ赤な目というのは存在しなかったと思う。
居たらオタク達の間でその種族や人物は有名なはずだ。
白髪や銀髪に赤目の二次元キャラは定番中の定番だったから。
ちなみに私も大好物でした。
あっと、話が逸れた。
えーとつまり、え、なに、これってドッキリ?
いやいやいやドッキリでこんな何回も気絶させる?ありえない。
こんな気絶する病なんて持ってないはずだし。
遠目に、先ほど見たドア横のランプが見える。
もう一度中身を見に行くと、やはり、光の玉が浮いているようにしか見えなかった。
ドア前からは窓が近く、ベッドからは見えなかった方角の空もよく見える。
月が、3つ。
「異世界?」
え、まじで?
なんで?
異世界小説ものはわりと好きだったし読んでたけど、
自分も異世界に行きたいなんてこれっぽっちも思ったことはなかったのに。
あ、老衰で死んだ後だったら転生してみたいとは思ってたっけ。
大事なものは抜け落ちて、
ワクワクするより怖い気持ちばかりで、
ただただ途方に暮れるしかなく、
しばらくぼんやりとテーブルの明かりを見ていた。
トイレに行きたいという問題が勃発するまで。
ちょっと連続投稿。次はややあくかも。
新たに出会った人達の印象の部分をちょっと削除しました。