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ヴェリタスの最終定理6:壊れた世界のやりなおしかた【2位】  作者: LIU
悪魔でも悪にあらがう悪役令嬢

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救済30:模倣犯の襲来!ミラーリングされる正義の悪女!

『愛おしき、王都の民よ』


王都中心の時計塔が、午後三時の鐘を鳴らした瞬間だった。

王都全域の魔導スクリーンが一瞬にして暗転し、数秒の沈黙の後、すべての画面に「それ」は映し出された。

純白のドレスに身を包み、仮面をつけた女。

女の声は、魔導拡声器を通じて王都中に響き渡った。


『私の名は、女神。この世界に、真の救済をもたらす者』


その女は、慈愛に満ちた仕草で語り始めた。


『皆は知っているはずだ。ここ数ヶ月、王都の裏側でどれほどの「天罰」が下されてきたかを。人身売買組織の元締めは、階段から足を滑らせて首の骨を折った。悪徳商人は、乗っていた馬車が崖から転落して炎上した。民の税を搾取していた貴族は、心臓発作で息絶えた』


街のあちこちで、ざわめきが起こった。

確かに、それは事実だった。近年、法では裁けないような悪党たちが、次々と「不運な事故」に見舞われて命を落としていた。


『あれはすべて、私が下した裁きだ』


女神は、誇らしげに断言した。


『私が、法を超えた裁きを下してきた。神の意志を代行し、悪をこの世から排除するために。…………王都の民よ、目を開け。あなたの隣人は、あなたから何かを奪ってはいないか? あなたの隣人は、悪の手先ではないと断言できるか?』


声が、呪いのように人々の耳に滑り込む。


『自らの手で悪を裁け!疑わしきは罰せよ!己の正義を証明して、正義を示すのだ!』


その日から、王都は得体の知れない狂気と疑心暗鬼に包まれた。

女神が与えた「天罰」という甘美な大義名分は、長年燻っていた市民たちの猜疑心と不満、そして劣等感に火をつけたのだ。

数時間のうちに、街の至る所でリンチが横行し始めた。正義の名を借りた略奪が起き、身を守るために武装した自警団同士の衝突が暴動へと発展。女神が落とした一滴の「毒」は、王都の秩序を瞬く間に溶かし、血を洗う泥沼の内戦状態へと陥らせたのである。


同時刻。

ラプラス公爵邸。

その最上階にある豪奢な執務室で、ルミナリアは、窓の外の至る所から立ち上る黒煙をただ呆然と見つめていた。


「……っ……」


喉の奥から、胃液のせり上がるような激しい吐き気が込み上げてきた。ルミナリアは震える手で口元を覆い、豪華なマホガニーのデスクに突っ伏した。

スクリーンの中の女神は、自らの正当性を信じて疑っていない。自分の手は汚れていると自覚しながらも、同じように悪を狩り続けてきたルミナリアにとって、女神の存在は己の醜悪な鏡写しだった。


『現在、王都中央魔導炉は、私の手によって完全に掌握された』


女神の言葉とともに、スクリーンの映像が切り替わる。

王都の魔力を供給する巨大な炉心部。そこに、黒装束を身に纏った十数人の魔導規制局の特殊部隊が雪崩れ込んでいく映像だった。

本来なら、数百人規模の主力部隊が即座に施設を包囲するはずだった。しかし、彼らがここまで来るのは絶望的に遅れていた。女神の放送によって王都全土が内戦状態に陥り、警察組織は市民の鎮圧と市街戦に完全に足止めを食らっていたのだ。魔導炉へと向かえたのは、分断されたわずかな別働隊のみだった。


「投降しろ!ここは完全に包囲されている!」


突入部隊の隊長が、魔導銃を構えながら叫ぶ。

しかし、画面の中央に立つ女神は、焦るどころか、悲しそうに目を伏せた。


『……あなたたちは分からないのか。私は悪を滅ぼし、この王都を救うために立っているというのに』


「抜かすな!撃て!」


隊長の号令とともに、数十発の魔力弾が女神に向かって放たれる。

だが、弾丸が女神の身体に届く直前。床に描かれていた術式が、強烈な光を放って起動した。

突入部隊の足元から、眩い光の鎖が這い出し、彼らの身体を瞬く間に縛り上げた。捕縛陣だった。

精鋭たちはもがくが、鎖は彼らの魔力を根こそぎ吸い取り、一人、また一人と気を失って床に倒れ伏していく。


『正義を妨げる者。それは、見て見ぬ振り。それは、悪に加担する者と同罪だ』


女神は倒れ伏すわずかな隊員たちを一瞥すると、再びカメラに向き直った。


『本題に入ろう。……先日のラプラス邸で射殺された「死神」。奴は、デコイだろう」


女神は、純白の仮面の奥で目を細めた。


『……「死神」よ。お前はまだ、生きている。そして。お前は、この放送を見ているはずだ』


ラプラス邸の執務室で、ルミナリアの肩がビクッと跳ねた。


『お前こそが、悪だ。コソコソと隠れて行っている時点で、お前の大義は完全なる偽物だ。『卑怯者』だ。……真の救済とは、日の当たる場所で、自らの名を懸けて、命をかけて行われるべきものなのだから』


女神の言葉は、ルミナリアの胸を鋭いナイフのように抉った!


日の当たる場所で、正義を行う!


それは、ルミナリアが絶対にしてこなかったことだった!


なぜなら彼女は、自らの血塗られた手を、親友であるアリシアや、無垢な人々に決して見せたくなかったからだ!


しかしそれは……実のところ……「自分の保身という欲望」を、アリシアのためにならないからと言い張って、嘘をついていただけだった!


単純に、死神であることがバレたら、良い生活ができなくなるからだ!


ある日は、社会の底辺の悪の「死神」として楽しく生きた!


またある日は、社会の頂点の善の「令嬢」として楽しく生きた!


ルミナリアは、自分が望んだ地位と名誉と、他人から与えられた地位と名誉を、使い分けてきたのだ!


卑怯者!


ルミナリアは……爪が食い込むほど手を握りしめた!


『死神よ。お前が真に正義を志す者であるならば、今すぐこの場に現れろ。私とお前、どちらの掲げる正義が真の救済か、証明しようではないか』


女神は、背後にそびえる巨大な魔導炉を指し示した。


『この魔導炉には、自爆術式を組み込んである。……あと、十五分。あと十五分でこの王都は、跡形もなく吹き飛ぶだろう。止める方法はただ一つ。私の用意した試練をクリアすることだ。だが安心しろ。私は悪魔ではない。術式を止めるための「鍵」は、すでに用意してある』


女神が指を鳴らすと、カメラの視点が移動し、魔導炉のさらに奥、術式の中心部へと向けられた。

そこには、巨大な檻が設置されていた。

そして、その檻の中に囚われている二つの影が映し出された瞬間、ルミナリアは凍りついた。


「……嘘……」


ルミナリアの口から、掠れた声が漏れた。

檻の中にいたのは、二人の少女だった。


一人は、不安げな表情を浮かべるエルフの少女。


もう一人は、メイド服を纏い、不機嫌そうに舌打ちをしている少女。


アリシア。そして、シャルロッテ。


彼女たちは今日、魔導炉施設に見学に行くと言っていた。それが、最悪のタイミングで、最悪の狂信者と遭遇してしまったのだ。


『ここに、二人の少女がいる。一人は膨大な魔力を秘めた魔女。もう一人は魔力を持たないが、純粋な善性を持ったエルフだ』


女神は、檻の前に立ち……宣告した。


『死神よ。この術式を停止させる方法は二つ。一つは、この魔女の持つ全魔力を、術式の相殺に注ぎ込むこと。だが、それを行えば魔女は魔力枯渇で息絶える。もう一つは、そこのエルフの命を、術式の核に捧げて強制的にショートさせることだ』


女神は、カメラの向こうにいるであろう死神(ルミナリア)に向かって、ゆっくりと両手を広げた。


『多数の命を救うために、少数を切り捨てる。全体を平等に幸せにするために、たった一人を虐めぬく。これこそが、民主主義だ。これこそが、社会主義だ。これこそが、共産主義だ。これこそが、悪を滅ぼすための合理にして、真の救済だ。死神よ、お前もそうやって悪党を始末してきたのだろう? ならば、この程度の決断は容易いはずだ』


悪意のない、純粋な愛がそこにはあった。


『残り十五分。お前の正義が本物ならば、迷わずこのエルフを殺せるはずだ!さあ。お前の罪に、選択を!』


通信がプツリと切れ、スクリーンが元の暗闇に戻る。

執務室には、恐ろしいほどの静寂が降り降りた。

ルミナリアは、机に手をついたまま、ガクガクと震え続けていた。

息ができない。肺が酸素を拒絶している。

頭の奥で、無数の計算式が狂ったように駆け巡る。

王都の市民数万の命。シャルロッテの魔力温存。アリシアの命。女神の戦力。勝利の確率。

導き出される解は、「一つ」だった。


「ああ……あああっ……!!」


ルミナリアは、美しい金髪を振り乱し、ドレスの胸ぐらをきつく握りしめた。

自分と同じ論理を振りかざす『女神』への憎悪。

そして何より、その最悪の「選択」を「最適解」として瞬時に弾き出してしまった、怪物のような己の知能への絶望。

だが、立ち止まる時間はなかった。十五分。警察主力部隊は暴動に阻まれ、絶対に間に合わない。

ルミナリアは、震える足で立ち上がった。

いつも差している純白の日傘を手に取り、隠し持っていた短剣の感触を確かめる。


「……私は、行かなければなりませんわ」


誰にも聞こえない声で、彼女は呟いた。

王都を救うために。親友を取り戻すために。

そして、自分と同じ顔をした『真の悪』を、この手で葬り去るために。

病弱な公爵令嬢は、死神としての冷たい仮面を被り、暴徒がひしめく炎の地獄へと歩みを進めた。

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