第六話:クエストを最適化しまして
「冒険者」という職業のワークフローは、控えめに言って破綻している。
ギルドで依頼を受注し、目的地へ赴き、達成してギルドへ戻り、報酬を受け取る。そしてまた次の依頼を探す。
この単一タスクの繰り返し(シングルスレッド処理)は、移動時間という莫大なロスを生み出している。仮に片道二時間の森へ行く依頼を一日三回こなせば、それだけで往復十二時間。活動時間のほとんどが「歩いているだけ」の無駄な時間となるのだ。
「あり得ませんね」
城塞都市バベルの冒険者ギルド。その壁に無造作に張られた依頼書の山を見つめながら、私は深くため息をついた。
隣では、魔法使いのリリアが不思議そうに首を傾げている。
「どうしたの、ねづっち。ため息なんて珍しい。良い依頼、なかった?」
「いえ、依頼の質ではなく、この掲示板のシステムそのものに不満があるのです。紙のサイズは不揃い、難易度順や地域別といったソート(並び替え)もされていない。必要な情報を抽出するのに無駄な工数がかかりすぎます」
私は掲示板の前に立つと、固有スキル【整える力】を軽く発動した。
対象:掲示板の依頼書。実行コマンド:地域別、難易度別、報酬額順のトリプルソート。
バサバサバサッ!と紙の束が勝手に宙を舞い、掲示板の上に完璧なマトリックス構造となって再配置された。
「……整いました。これでようやく、まともに業務の選定ができます」
「あははっ、相変わらずねづっちの魔法(?)は便利だねー! ギルドの受付のお姉さん、目が点になってるよ!」
盗賊のミラがケラケラと笑いながら私の背中を叩く。確かに、カウンターの奥で受付嬢が口を半開きにして硬直していた。
「さて、皆さん。本日は試験的に、我々の稼働効率を最大化する『並行クエスト術(バッチ処理)』を実行します」
「へいこう……なんだって?」
大剣を背負ったガルドが、眉間にシワを寄せた。
「簡単に言えば、複数の依頼を一度に受注し、一筆書きのルートで全てこなして帰ってくるということです。現在、東の『迷いの森』方面にて、以下の五つの依頼が発生しています」
私は掲示板から五枚の紙をピンポイントで抜き出した。
一、薬草の採取。
二、森を荒らすゴブリンの討伐。
三、隣町の商人への手紙の配達。
四、森の奥に生息するロックバードの卵の採取。
五、はぐれオークの討伐。
「これらを一つずつこなせば五日かかります。しかし、私の計算した最適化ルート(巡回セールスマン問題の解)によれば、今日の午前中だけで全てのタスクをコンプリート可能です」
「ご、午前中だけで五つの依頼を!? ねづっち様、いくらなんでもそれは無茶では……!」
聖女のセレナが目を丸くして止めるが、私の計算に狂いはない。
「問題ありません。受付の方、この五件、一括で受注します。我々はチーム『ねづっち』です」
「えっ、あ、はいぃ!? し、しかし規定では一度に受けられる依頼は三つまでで……」
「その規定は冒険者の死亡率を下げるための安全マージンでしょう。我々の生存確率は九九・九パーセントを下回りません。承認印を」
有無を言わさぬ私の論理的圧迫に、受付嬢は震える手で五枚の依頼書にスタンプを押した。
「では、出撃します。タイムキーピングは厳密に行いますので、各自遅れないように」
私たちは即座に都市を出て、東の森へと向かった。
道中、私は自作の『ガントチャート(工程表)』を仲間に配布した。
「現在の時刻は午前八時。ポイントAにてマンドラゴラの採取を行いますが、ミラ、あなたは採取に参加せず、ポイントBに向けて先行し、ゴブリンの群れをポイントCへと誘導してください」
「にゃはっ、了解! 鬼ごっこだね!」
ミラが身軽に木々を飛び移り、視界から消える。
「ガルドとセレナ。あなたたちはポイントCにて待機。ゴブリンが誘導されてきたら、即座に殲滅を。その際、セレナは回復魔法を待機させず、ガルドの筋力増強のみにリソースを全振りしてください。私が事前にガルドの姿勢を最適化しているため、回避行動は完璧なはずです。被弾率はゼロ。よって回復は不要です」
「おおっ! 回復を気にせず暴れていいんだな! 燃えてきたぜ!」
「承知いたしました、ねづっち様! 最高効率のバフを維持します!」
「そしてリリア。あなたは私と共にポイントAで薬草を採取しつつ、ポイントCでの戦闘音を『魔力観測』で確認。戦闘終了と同時に、手紙の配達先である隣町へ続く街道に向かって、最大出力の火球を放ちます」
「えっ!? 街道に向かって!? そんなことしたら、森の木が燃えちゃうわよ!?」
「問題ありません。そこにポイントEの標的、はぐれオークが通りかかります」
全員のタスクを振り分け終えると同時に、我々は完璧な連動を開始した。
ポイントA。私とリリアは、私の『整える力(対象の座標把握)』によって一瞬でマンドラゴラの群生地を発見し、三分で必要数を確保した。
直後、ポイントCの方向からガルドの雄叫びとゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。ミラが誘導してきた三十匹のゴブリンを、セレナのバフを受けたガルドが、文字通り「草刈り」のような効率で一掃しているのだ。無駄な動作が一切ないため、スタミナの消費も最小限に抑えられている。
「戦闘終了。リリア、今です。北北東へ仰角十五度。撃ちなさい」
「や、やってみるわ! 【ファイアボール】!」
リリアの放った巨大な火球が森の木々の隙間を正確にすり抜け、遠くの街道付近で大爆発を起こした。
「ギャアアアッ!?」
というオークの断末魔が響き渡る。
偶然ではない。オークの巡回ルートと歩行速度から、この時間にあの座標を通過することを事前に計算していたのだ。
「ゴブリン討伐、完了!」
「はぐれオークの討伐も完了です。これよりポイントDのロックバードの巣へ移動。同時に、隣町へ向かう商人の馬車をヒッチハイクし、移動中に手紙を渡します」
私の指示に、仲間たちはもはや疑問を挟まなかった。
「ねづっちの言う通りに動けば、全部上手くいく」という強烈な成功体験が、彼らを完璧な歯車へと変えていた。
ロックバードの巣では、鳥が狩りに出ている五分間の空白を狙って卵を回収。下山中に通りかかった馬車に飛び乗り、手紙をパス。
時刻は、午前十一時三十分。
予定より三十分も早く、私たちは全タスクを消化し、都市のギルドへと帰還した。
「……うそ、でしょ?」
ギルドの受付嬢は、カウンターに積まれたマンドラゴラ、ロックバードの卵、オークの魔石、ゴブリンの討伐部位、そして配達完了の受領書を見て、完全にフリーズしていた。
「所要時間、三時間半。これが『並行クエスト術』の成果です。報酬の精算をお願いします。また、これに伴う経験値の反映処理も」
その瞬間だった。
私たちパーティーメンバーの頭上に、システムのアラートのような光の柱が次々と立ち上った。
【レベルアップしました!】
【レベルアップしました!】
【レベルアップしました!】
大量の経験値を短時間で一気に取得したことによる、連続レベルアップ現象。
「うおぉぉっ!? 力が……力が湧いてくるぜ! 一気にレベルが五つも上がった!」
ガルドが自身の腕を見つめて驚愕の声を上げる。
「あ、あたしも! 新しいスキルを三つも覚えちゃった!」
「私もです……神聖魔法のランクが二段階も上がりました……!」
リリアに至っては、レベルが跳ね上がった影響で魔力が溢れ出し、銀髪がふわりと空中に浮き上がっていた。
「信じられない……。普通、これだけの経験値を稼ぐには、半年は過酷な旅を続けなきゃいけないはずなのに……」
彼女は震える声で私を見た。
「ねづっち。あなたって、本当に……『規格外』ね」
「私の力ではありませんよ、リリア」
私はギルドの報酬金が入った革袋の重さを手で確認し(きっちり計算通りの重さだった)、眼鏡を押し上げた。
「リソース(戦力)を適切に配置し、無駄なプロセス(移動・待機時間)を省き、タスクを同時進行させただけです。あなた方の持つ本来のポテンシャルが、私のマネジメントによって100パーセント引き出された。それだけの話です」
「……それを規格外って言ってるのよ、もう」
リリアは呆れたように笑い、ミラやセレナもそれに同調して笑い声を上げた。
「さて。これで当面の活動資金と、次なるエリアへ進むためのレベリング(戦力拡充)は完了しました。午後からは、この都市の防衛機構の『整理』に取り掛かります。城壁の魔力コーティングにムラがありすぎて、見ていて非常に不快ですので」
「午後も働くの!? ねづっち、ブラックギルドのギルドマスターみたい!」
ミラが冗談めかして言うが、私の辞書に「非効率な休息」という言葉はない。
「スケジュールは常に前倒しで進めるのが基本です。さあ、行きますよ」
私の号令で、全員が弾かれたように背筋を伸ばし、完璧な隊列を組んでギルドを出発する。
武力や魔法の圧倒的なパワーではなく、徹底した「整理・最適化」によって世界を攻略する。
ねづっち一行の異常なまでの快進撃は、こうして世界中に「最も効率的な勇者パーティー」としての名を轟かせていくのであった。




