第四話:本格的にパーティーを組みまして
冒険というプロジェクトにおいて、最も重要な要素とは何か。
勇気か、希望か、あるいは強大な魔力か。
否。答えは「適切なリソースの配分」である。
どれほど優秀なハードウェア(肉体)やソフトウェア(魔法)を備えていようとも、それらを適切に運用・管理するシステムが欠如していれば、プロジェクトはたちまち頓挫する。
「というわけで、リリア。現状の我々のパーティーは、前衛の物理装甲と、後衛の回復リソース、および索敵機能が完全に欠落しています。これではダンジョン探索における生存率が、私の計算上十五パーセントを下回ります」
「……つまり、仲間を探すってことね、リーダーさん」
ルミナス村を出立し、隣の大きな宿場町・テルマエの冒険者ギルドに到着した私は、併設された酒場でリリアに向かってそう告げた。
酒場の中は、昼間からジョッキを傾ける荒くれ者たちで溢れ返り、非常に喧騒に満ちていた。情報が入り乱れ、床には酒がこぼれ、ひどく散らかっている。私の右手が無意識に「整理」のスキルを発動しそうになるのを、理知の力でなんとか抑え込んだ。
「まずは、物理的な壁兼アタッカーとなる人材の確保です。あそこにいる大剣を背負った男に面接を申し込みましょう」
私が目をつけたのは、部屋の隅で一際大きなテーブルを占領している、筋骨隆々の戦士だった。身長は二メートル近くあり、身の丈ほどもある巨大な剣を立てかけている。
「おいおい、ひ弱な坊主。俺様に何の用だ? 俺は『剛腕のガルド』、安い報酬じゃ動かねえぞ」
ガルドと名乗った男は、私を見下ろして鼻で笑った。
「現在、私の立ち上げたプロジェクトのメンバーを募集しています。あなたの筋肉量は申し分ありませんが……非常に非効率ですね」
「あぁん? なんだと?」
「立ち上がって、その剣を一度振ってみてください」
ガルドは苛立ったように立ち上がり、片手で大剣を横になぎ払った。風を裂く凄まじい音が響くが、私には彼の「無駄」が手に取るように見えた。
「やはり。筋繊維の連動性が三〇パーセントほどロスしています。さらに、踏み込みの際の重心が右足の小指側に偏っており、大剣の遠心力を殺している。これでは、あなたの出力は本来の半分も出ていません」
「な、なにを適当なことを……!」
私はガルドの巨大な背中にスッと手を添えた。
「背骨の歪みを二度修正。肩甲骨の可動域を最適化。筋肉の出力ベクトルを『整理』します」
固有スキル、【整える力】を発動。
ガルドの体内を青い光が駆け巡る。骨格が正しい位置へとカチリとはまり、無駄な力みが抜け、彼の巨体が自然体という名の完璧な姿勢へと移行した。
「……整いました」
「な、なんだこりゃあ!? 体が……羽みたいに軽いぞ!?」
ガルドは驚愕の表情で自身の手を見つめ、再び大剣を振るった。
今度は風切音すら鳴らなかった。極限まで無駄を削ぎ落とされた剣閃は、音もなく空気を両断し、酒場の壁のロウソクの火だけを正確に消し去った。
「す、すげえ! 俺の剣が、まるで体の一部みたいだ! あんた、とんでもねえ魔法使いだな! 一生ついていくぜ! 名前はなんて言うんだ!?」
「根津千尋です」
「ネヅ、チヒ……ええい、長い! 『ねづっち』だ! よろしくな、ねづっちの旦那!」
訂正しようかと思ったが、「ねづっち」という四モーラ(拍)の音声は、「ねづちひろ」という五モーラに比べて発声コストが二〇パーセント削減できる。戦闘中の指示系統において、この短縮は極めて合理的だ。
「許可します。ではガルド、あなたは採用です。次に行きましょう」
呆然とするリリアを引き連れ、私はギルドの掲示板付近へ移動した。
「次は、罠の解除や索敵を担うローグ(盗賊)クラスです。……そこの柱の陰に隠れているあなた、出てきなさい」
「にゃはっ、バレてたかー!」
柱の裏から飛び出してきたのは、猫のように身軽な小柄な少女だった。腰には無数のポーチをぶら下げ、両手にはダガーを握っている。
「あたしは盗賊のミラ! あんた、隙だらけに見えて全然隙がないね。お財布、スれなかったよ」
「あなたの隠密行動は、五十点です。足音は消せていますが、装備品のパッキングが絶望的だ。歩くたびにポーチの中の硬貨やピッキングツールが干渉し、微小な金属音を発生させている。さらに、左右の重量バランスが非対称なため、重心がブレています」
「うっ……痛いところを突くねえ。でも、あたし片付けとか苦手でさ」
「私がやりましょう」
私はミラの腰のポーチに手を伸ばした。
「内容物のカテゴリ分け。使用頻度に応じた再配置。金属同士の干渉を防ぐための緩衝材の整理。および、左右の重量バランスを50対50に均等化」
【整える力】が発動し、ミラの装備品が瞬時に最適化される。ガチャガチャと鳴っていたポーチは完全に沈黙し、彼女の立ち姿は一本の糸で吊るされたように美しく整った。
「整いました」
「うっわ、すっご! 何これ、装備が体にくっついてるみたい! 動いても全然音がしないよ!」
ミラは酒場の中を縦横無尽に跳ね回ったが、まるで幽霊のように一切の物音がしなくなった。これなら即座に実戦投入が可能だ。
「すっごいよ、お兄さん! あたし、あんたのパーティーに入る! ガルドのおっさんが呼んでたみたいに、あたしも『ねづっち』って呼んでいい?」
「ええ、効率的ですので構いません。採用です」
残るはヒーラーだ。
我々はギルドを出て、町の外れにある小さな教会へと向かった。
そこには、純白の修道服に身を包んだ、金髪の清楚な少女が祭壇に向かって祈りを捧げていた。
「おお、慈悲深き光の女神よ。天の座より我ら迷える子羊に恵みの雫を与え、その大いなる御手によって傷つきし肉体を癒やし、闇を払う聖なる息吹をここに……」
彼女の祈りは、私たちが教会に入ってからすでに三分が経過しても、一向に終わる気配がなかった。
「……リリア。彼女は何をしているのですか?」
「回復魔法の詠唱よ。彼女、この町でも有名な聖女のセレナさん。魔力はすごいんだけど、呪縛の影響か、極度の心配性になっちゃってて……神様への敬称や修飾語を盛りに盛らないと魔法が発動できなくなってるの」
いわゆる、スパゲッティコード(無駄な記述が多すぎて解読困難なプログラム)である。
魔法の詠唱とは、世界に対するコマンド入力だ。これほど冗長な構文では、実戦でのコンパイル(詠唱完了)前に敵の攻撃を受けて全滅してしまう。
私はずかずかと祭壇に歩み寄り、セレナの肩を叩いた。
「ひゃうっ!? な、なんでしょうか!?」
「あなたの魔法の構文は、極めて非効率で冗長です。装飾語彙を九五パーセントカットし、コアとなる実行コマンドのみを抽出します」
私は彼女の額に指先を当てた。
「詠唱プロトコルの整理。不要な修飾語の削除。魔力伝達経路のショートカット構築。……『整えました』」
「えっ……? あ、あれ? 頭の中が、すごくスッキリして……」
セレナは瞬きを繰り返し、そして手のひらを上に向けた。
「【ヒール】」
たった一言。コンマ五秒の入力。
それだけで、彼女の手から太陽のように眩い回復の光が溢れ出した。以前の冗長な詠唱時と同等、いや、魔力のロスがなくなった分、それ以上の出力だ。
「し、信じられません……! あんなに長かったお祈りが、たった一言で……! あなたは、光の女神様のお使いですか!?」
「いいえ、根津千尋です。プロジェクトのシステムエンジニア兼リーダーを務めています。セレナ、あなたをヒーラーとして採用します」
「はいっ! 光栄の至りです、ねづっち様!」
セレナは瞳を輝かせ、私の手を両手で包み込んで何度も上下に振った。聖女らしからぬテンションだが、魔法の効率が上がったのなら問題はない。
こうして、町の広場に四人のメンバーが集結した。
「よしっ、これでパーティー結成だな、ねづっち!」
と、大剣を肩に担いだガルドが笑う。
「ねづっちの指示通りに動けば、絶対負けない気がするよ!」
と、ミラが身軽に宙返りをする。
「ねづっち様のお側で、この身を捧げてお仕えいたします!」
と、セレナが祈りのポーズをとる。
「……ねえ、リーダーさん」
リリアが、どこか遠い目をして私の袖を引いた。
「いつの間にか、パーティー名が『ねづっち一行』みたいになってるし、みんなあなたを教祖様みたいに見てるんだけど……これで本当にいいの?」
「問題ありません」
私は眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
「全員の弱点は最適化され、戦力としての期待値は十二倍に跳ね上がりました。呼称の統一も完了し、チームビルディングとしては百点満点です。これより、我々は本格的なフィールドワーク(冒険)に移行します」
感情に流されることなく、ただ淡々とタスクをこなす。
「ねづっち」という愛称がこの世界に轟く日が来ることを、この時の私は(計算には入れていたものの)まだ実感してはいなかった。
世界を整えるための完璧な布陣が、ここに整ったのである。




