第十七話:大規模同盟をまとめまして
無秩序な暴力(暴動)は、システムに対する単なるDDoS攻撃に過ぎない。
一時的にサーバーをダウンさせることはできても、新たな秩序を構築することはできない。明確な意図を持たない群衆は、やがて同士討ちや物資の枯渇という「メモリリーク」を起こし、自壊する運命にある。
「……ひどい処理落ち(フリーズ)ですね」
燃え盛る帝都ガルガンチュア。
私とリリアが魔神教団の総本山たる『黒の尖塔』の入り口である巨大な広場に到達した時、そこはまさに地獄絵図だった。
皇帝への怒りに駆られて突撃してきた反乱軍(市民と離反兵の混成部隊)は、教団が展開した無機質な防衛ゴーレムや、呪縛によって強化された狂信者たちの前に、次々と倒れ伏していた。
指揮系統は完全に崩壊し、前衛と後衛の役割分担すら存在しない。ただ感情のままに突っ込んでは弾き返されるという、無駄なループ処理が繰り返されている。
「ねづっち! あそこ!」
リリアが悲鳴のような声を上げた。
彼女の指差す先、防衛線の最も強固な要所に、見覚えのある三つの影があった。
大剣を無造作に振り回し、反乱軍の兵士を容赦なく吹き飛ばすガルド。
広場の死角を高速で駆け抜け、反乱軍の背後から致命的なトラップをバラ撒くミラ。
そしてその後方で、空虚な瞳のまま、一切の感情を排した高効率の回復魔法を教団側に供給し続けるセレナ。
彼らは魔神教団によって「迎撃用のエリートプログラム」として再配置されていたのだ。
「……ガルド。ミラ。セレナ」
私はその惨状を見据え、深く息を吸い込んだ。
「リリア。我々のパーティメンバーのデバッグを最優先タスクとします。私が彼らに接触するまでのルート上の障害を、あなたの魔法で全て排除してください」
「言われなくても、そのつもりよ! いくわよ、全開で!」
リリアが杖を高く掲げると、猛烈な【暴風の壁】が反乱軍と教団軍の間に割り込み、戦場を強制的に二分した。
その一瞬の空白を利用し、私は地を蹴った。
「対象の行動パターン(アルゴリズム)は、全て私の設計によるものです。よって、予測不能なバグは存在しない」
私が真っ直ぐに突っ込んでいくと、防衛システムとして機能しているガルドが反応し、凄まじい咆哮と共に大剣を振り下ろしてきた。
反乱軍の兵士十人をまとめて吹き飛ばすほどの、規格外の筋力。
だが、その剣の軌道は、私が最も効率的だと教え込んだ「最短距離の斬撃」だ。
「入力が完璧であれば、出力も完全に計算可能です」
私は歩みを一切緩めず、ガルドの大剣が私の鼻先数ミリを通過するタイミングで、わずかに首を傾げただけで回避した。風圧でネクタイが大きく揺れるが、私の視線はすでにガルドの胸の奥——空っぽになった心の座標を捉えていた。
「にゃははっ! 死んじゃえ!」
死角から、ミラの放った毒針の雨とワイヤーが私を絡め取ろうとする。
「ミラ。あなたのワイヤーの結び目は、私が最適化したものです。張力の限界点はここにあります」
私は指先でワイヤーの結節点を弾き、トラップ全体を瞬時に崩壊させた。
そのままガルドとミラの死角を抜け、最後方に立つセレナの懐へと潜り込む。
「……対象の排除を実行します」
無表情のセレナが光の杭を放とうとするが、私はその手を優しく、しかし力強く握り込んだ。
「もう、無意味な祈りは必要ありませんよ」
私は手帳のポーチから、道中で回収し、すでに一つの大きな光へと統合しておいた「彼らの心の欠片(黄金の結晶)」を取り出した。
「固有スキル、【整える力】Ver2.0。実行コマンド:システム・リストア(完全復元)」
私が黄金の結晶を彼らの中心に掲げると、光は三筋の流れとなって、ガルド、ミラ、セレナの胸の奥へと吸い込まれていった。
黒い呪縛の霧がパチンと弾け飛び、彼らの瞳に急速に「色」が戻っていく。
「……あ、れ? 俺は、何を……」
ガルドが大剣を取り落とし、自分の両手を見つめた。
「……ねづっち? あたし、なんでこんなところで……」
ミラが膝から崩れ落ちる。
「……っ! ねづっち様! 私、私はなんて恐ろしいことを……!」
セレナが両手で顔を覆い、大粒の涙を流した。
私は三人の様子を素早くスキャンし、内部データの不整合がないことを確認した。
「……インストール完了。ステータス正常」
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、三人に静かに向き直った。
感情という名の巨大なノイズが、私の胸を熱く満たしている。
「おかえりなさい、皆さん。あなた方が不在の間、プロジェクトの進行に多大な遅れが生じました。これ以上のスケジュール遅延は許容されません」
いつもの平坦な言葉。しかし、その声に確かな「温もり」が宿っていることに、三人はすぐに気づいた。
駆け寄ってきたリリアが、泣き笑いの顔でミラとセレナに抱きつく。
「もう! 本当に遅いわよ、あんたたち! ねづっちがどれだけ心配したか……っ!」
「ちょ、リリア、泣きすぎだってば……にゃはは、でも、ごめんね」
ガルドは立ち上がり、私の前に進み出た。
「……旦那。俺は、あんたの壁になれなかった。心が弱くて、操られちまった」
「バグの発生はシステムの欠陥ではなく、魔神というウイルスの悪質さによるものです。それに、私はもうあなたを単なる『壁』だとは思っていません」
私はガルドの肩を強く叩いた。
「あなたは私の大切な仲間です。さあ、欠けた歯車はすべて揃いました。ここからは、最高効率の逆襲を開始します」
「……おうっ!!」
五人の心が、再び完全に一つに繋がった(ネットワークの再構築)。
だが、感動に浸っている時間はない。
広場では、統率を失った反乱軍が、再び教団の軍勢に押し込まれ、壊滅の危機に瀕していた。
「ねづっち。あいつら、このままじゃ全滅しちゃうわ」
リリアの言葉に、私は深く頷いた。
「ええ。個の力がいかに強くとも、システムとして破綻していれば烏合の衆です。……ならば、私が彼ら全てを『整え』ましょう」
私は広場の中央にそびえる石像の上に跳躍し、眼下に広がる数万の群衆を見下ろした。
私という存在は、もはや五人のパーティーを管理するためだけのマネージャーではない。自らの心という最大の変数を取り込み、システムを掌握する真の管理者だ。
「セレナ。私の声をこの広場全域に届けるための【拡声の祈り(エリア・ブロードキャスト)】を。リリアはそれを風に乗せて指向性を与えてください」
「はいっ! 心を込めて、皆様に届けます!」
「任せて!」
私の声が、魔法のネットワークを通じて、戦場にいるすべての反乱軍の兵士、市民の脳内へと直接、クリアに響き渡った。
『反乱軍の皆さん。無駄な処理(死)はそこまでです。これより、私があなた方の戦列を完全に最適化します』
混乱していた数万の群衆が、天から降ってくる冷徹で、しかし絶対的な安心感を伴った声に動きを止めた。
『前衛の歩兵部隊。あなた方の攻撃は不要です。盾を構え、横一列に展開。敵の攻撃を受け止める巨大な「防壁」として機能してください。ガルド、前線の指揮を頼みます!』
「おう! 俺に続け、野郎ども! 一歩も退くんじゃねえぞ!」
ガルドが巨大な剣を掲げて最前線に立つと、恐怖に駆られていた兵士たちが、磁石に引き寄せられるように彼の下へ集まり、強固な盾の壁を形成した。
『後衛の魔法使い及び弓兵。各自の判断での射撃を禁止します。目標を座標X軸45、Y軸12の敵重装兵団に固定。私のカウントダウンに同期して、一斉掃射(バッチ処理)を実行してください。ミラ、遊撃部隊を率いて敵の詠唱を妨害!』
「にゃはっ! あたしの合図で敵の足をすくうよ! ついてきな!」
ミラが身軽な市民たちを率い、教団兵の死角へと素早く回り込む。
私は眼下の戦場を、一つの巨大な「基盤」として見下ろしていた。
固有スキル【整える力】の極大出力。
物理的なモノだけでなく、数万人の人間の「動線」と「役割」を瞬時にソートし、全員の頭の中に光のガイドライン(ガントチャート)を描き出す。
「右翼、前進。左翼、待機。……今です、撃て!!」
私の号令と完全に同期した一斉射撃が、教団の防衛線を粉々に打ち砕いた。
同士討ちはゼロ。無駄な動きもゼロ。
数万人の群衆が、まるで「ねづっち」という巨大な一個の生命体となったかのように、一糸乱れぬ完璧な連携を見せ始めたのだ。
「す、すごい……っ。ただの暴徒の集まりが、帝国最強の正規軍を赤子のように押し返している……!」
リリアが私の隣で、震える声で呟いた。
「これが『大規模同盟』の真の姿です。個人の能力など関係ない。配置とタイミングさえ完璧に整えれば、民衆の怒りは世界をひっくり返す最大のエネルギー(リソース)となります」
戦局は完全に逆転した。
私の統率と、ガルドたちの現場指揮によって、圧倒的な物量を誇っていた教団の防衛軍は、論理的な崩壊を起こして次々と瓦解していく。
「……整いました」
私は広場に散乱していた教団の旗が踏み躙られるのを見下ろし、眼鏡のブリッジを押し上げた。
反乱軍の歓声が、地鳴りのように帝都を揺らしている。
「みんな、やったよ!」
前線から戻ってきたミラが跳ね回り、ガルドが豪快に笑い、セレナが安堵の祈りを捧げる。そして、私の隣にはリリアが誇らしげに立っている。
「最高にクールな指揮だったわよ、リーダーさん」
「ええ。あなた方がそれぞれのタスクを完璧にこなしてくれたおかげです」
私たちは、黒の尖塔——魔神ハートレスが待ち受ける最終ダンジョンの巨大な門を見上げた。
外周の防衛機能は完全に沈黙し、あとは我々がメインサーバーに物理アクセスして、最悪のウイルスを削除するだけだ。
「さあ、皆さん。いよいよ最終フェーズ(大詰め)です。世界を汚すバグの親玉を、跡形もなく整理しに行きましょう」
「「「「おおおおおっ!!」」」」
最も効率的な勇者パーティーと、彼らが統率する数万の大規模同盟。
完璧な秩序を手に入れた最強の軍勢は、魔神の待ち受ける尖塔へと、一切の無駄のない足取りで進軍を開始した。




