森の外
ドアを強く叩く音が聞こえ、ニッケランは目を覚ました。
窓に移るそのと景色は色あせており、太陽はまだ顔を見せていない。
「ニッケラン出発の時間だ」とザザンの声。
立ち上がった音が聞こえたのだろう。ザザンが勢いよく部屋に入って来た。
「出発は半時間後だ。さっさと支度して行くぞ」
「あぁ」
眠い目をこすりながら、外へと向かう。どうにか井戸に向かい水を頭から浴びると、ニッケランは足早に家へと向かった。長時間外に立っていたら、体調を崩してしまうことは明白だ。
部屋に戻ると、帝国兵の鎧を身に着ける。普段は軽装で戦っていることもあり、鎧の堅牢さに驚きつつも、手足を適当に動かしてみる。
擦れたり、邪魔になっていたりする訳でもない。鎧は自分専用に作られたかのように体と調和していた。
背中にロングソードを腰にハーフソードを身に着け部屋を出る。リビングへ向かうと、ジョン、ザザン、オキタルが椅子に腰を掛けていた。
すると、オキタルがニッケランに気が付き「遅いよ」と言った。
「まだ時間はあるだろ?」
「とりあえず、作戦を伝えるから座れよ」
ジョンが椅子に目をやった。それに従い、ニッケランは腰を下ろす。鎧は思いのほか足を圧迫しないが、長時間は無理そうだ。
「作戦はこうだ。潜入後、二日間は帝国兵に溶け込んで情報収集。とにかくばれないように徹しろ」
「二つ目は?」とザザン。
「あぁ、二つ目な。三日目から上位の兵士たちの動きを把握すること、そして隙あらば殺せ」
三人はうなずくが、しかし、作戦が大雑把で不安だ。
「なんでこうも大雑把なんだ?」
「内部事情がさっぱり分からんからだ。ぶっつけ本番さ」
魔操志との泥試合でぶっつけ本番は嫌だというのに、戦は思い通りには動かない。敵の海の中に飛びこむことを想像すると、汗ばんでしまう。
仲間の様子を確認すると、違和感を覚え「なんでオキタルには鎧を着せてないんだ? 潜伏するなら装備が居るだろ」
ジョンはもっともな質問に何度もうなずく。そして答えた。
「村には兵士だけじゃない。村人も居るんだ。その中に紛れ込めせれば何とかなるだろ?」
「そんなに規模のでかい町じゃないんだろ? 住人にバレるんじゃ?」
ニッケランの質問に「まぁ待て」とジョンは言う。
「住人の中には逆らって殺された奴がわんさかいる。村人の中に一人知らない奴が混ざってたとしても、それを報告して、もし殺されてしまったらと考えると?」
「チクる奴は出てこないってことか…」
ジョンは不適な笑みをこぼし、頷いている。頼れる仲間である事には変わりないが、時折、ジョンの事が怖く感じることがある。もし、敵だったらと思うと。
「ラキアには作戦は伝えてないのか?」
ザザンが言った。
「ラキアは別行動だ。町の中には入らずに、外から監視をしてもらうことにした。まぁ、暴動が起こったら参加しろとは伝えてある。」
ザザンは「そうか」と言うと、腰を上げた。それに合わせて全員が立ち上がる。
「時間もわずかだ。とりあえず、出発することを長老に言いに行くぞ」
長老の家に着くと、長老はエイリ、ラキアと共に家の外で待っていてくれた。
「長老。行ってきますわ」
ニッケランが言うと、長老はうなずいた。
「多くを語る必要は無さそうじゃな。皆、気合の入った面構えじゃ。よし、町を奪還してきなされ!」
長老の言葉に大きく返事をし、地下トンネルへと向かう。
「ここから一時間で森の端に着く。そこからトンネルを出て、町に向かうから」
土で湿った足場を進んでゆく。すると「ねぇ、ニッケラン」とオキタル。
「なんだ?」
「武器、預けといてもいい?」
「え? それじゃぁ身を守れないだろ?」
「住人って短剣持ってると思う?」
ニッケランは町に滞在した時の事を思い出す。帝国軍との戦いで、町を基地として利用したことがあったが、住人は何かしらの武器を持っていた記憶だ。子供は分からないが、武装している分に違和感はない。
「まぁ、持っていても違和感はないな…反乱軍の拠点に近い町な訳だし、子供が持っていても違和感はないんじゃないか?」
そう言うと彼は短剣を外そうとしていた手を止め、再び歩き出す。
「でも、むやみに抜くなよ? 実際、抵抗した市民は殺されている訳だし」
「分かってるよ」
オキタルは大きく返事をし、ズカズカと前へ進んで行った。
ニッケランは彼の背中を見ながら無精ひげを撫でる。
「ここが森の端。上がるよ」
「まだ先があるだろ?」とザザン。
「また森の中に戻る道。あなた達が想像してるよりもトンネルは複雑なの」
窮屈な階段を上り、外に出ると、森の中の新鮮な空気が鼻を抜けた。地下トンネルは便利だが、息苦しいところが不満だ。
「あっち。町が見えるでしょ? あれがイクト町」
ラキアに言われ目線を移すと、木々の間から遠くの方にひっそりとたたずむ町が見えた。
「本当に平原が広がってるんだな…帝国兵の巡回はあるのか?」とニッケラン。
「全然。だって平原が広がってて、森の外に出たら一発でばれちゃうもん」
実際その通りなのだろう。目を凝らしてみると、町には物見やぐらのような建物がある。
彼女はもう一度周囲を確認し、立ち上がると三人に口を開いた。
「私はここまでしか行けないから、あとは三人であの町に向かって」
「装備を付けてないもんね」とオキタル。
ニッケランは町へ向かおうと立ち上がると、彼女に止められた。
「待って。あなた達は命からがら逃げ切った訳でしょ? なのに汚れても居ないなんて不自然。地面の土でもつけてから行って」
もっともな意見に納得し、彼らは土を手に取り、鎧や服に塗りたくる。不愉快だが、敵を騙す上で必要なことなら仕方がないと割り切った。
三人がある程度汚れたところで、彼女は町での注意点を語りだす。
「上官の言うことには従うこと。これは絶対ね?」
「住民を殺せって言われてもか?」とニッケラン。
「――うん」
冗談かと思い、彼女の顔を見る。嫌悪感に満ちた表情だが、強い意志を感じさせる目をしている。
しかし、無実の市民を力に屈して殺すような真似はしたくはない。
「最悪の場合はな。極力そんなことは起こらないようにするから」
彼女は小さく笑みをこぼし「じゃぁ、また」と言うと森の中へと消えていった。
「よし行くか」
ニッケランの掛け声に二人はうなずき、ゆっくりと森の外へと歩き出す。
町が近づくほどに敵に襲われるのではないかと緊張する。しかし、下手に走っていくと、反乱軍だとバレてしまいそうだ。それだけは避けなければならない。
ある程度歩いていると、町から騎兵が一騎駆け出すのが見えた。姿が大きくなってきているのを確認し、こちらに近づいてきているのだと悟った。
「バレたか?」とザザン。
「いや、それは無いだろ…」
彼らの額には汗がにじみ出ていた。
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