仲間の様子
「やはり、大変そうだな」
ニッケランたちの目の前では様々な者が行きかい、医療品を忙しなく移動させている。
担架に乗せられ、力なく手をぶら下げながら運ばれる兵士の姿も間々見られた。
「おい! ニッケラン!」と背後から大声が。
「お、ザザン」
ニッケランの予想は的中したようで、ジョンは近くにいるらしい。
「ジョンはどこに?」
「無事だよ。今は静かに寝ている」
「良かったねニッケラン」とオキタル。
「あぁ、本当にな。しかし、本当に大丈夫だったのか? 深刻な怪我とかなかったか?」
無事だと言っても、あの酷い姿を見た後では何か問題があったように感じてしまう。
しかし、心配とは裏腹に、ザザンは首を横に振っていた。
「確かに、戦場でつくような怪我ではなかったからな。あの女…ロヴァニアも少し苦戦してたよ」
「ロヴァニアは何か言っていたのか?」
「拷問官も腕が良いってよ」
ニッケランは少し笑ってしまった。
「拷問官って完全に皮肉ってるな」
そう言うとザザンも笑い始めてしまった。
ザザンの笑いが収まると、ニッケランは質問をする。
「ジョンの様子を覗いても?」
ザザンは少し考えた様子だったが、うなずくとジョンの元へと案内してくれた。
ジョンが居る場所は小さなテントだった。人が二人入るかどうかという大きさだ。
ニッケランは入り口を少しめくり、中を覗いた。
ジョンは全身の至る所に包帯を巻かれ、痛々しい姿で寝ている。
耳を澄ませると、寝息が小さく響き、未だに濃く甘い香りが鼻をくすぐった。
彼はテントを静かに閉めると「まぁ、生きてはいるみたいだな。ロヴァニアは他に何か言ってたか??」
「えーと…怪我は二週間で完治するって言ってたな。それと、それまでは安静にとも」
ニッケランは少し安心し、息を吐いた。ジョンは時間と共に元に戻るようだ。
(怪我は大丈夫だとして……)
「あのジョンの匂いはなんだ?」
「あぁ、あれな。本人に聞こうと思ったんだが、聞けるような状態じゃなかったからな」
オキタルが顔をテントに突っ込み「本当だぁ…」と言った。
それを横目にニッケランは考え込む。
(戦場でアイツの身に何があったってんだ…まぁ、考えても仕方のないことか…目覚めたら聞こう)
「なぁ、ルート将軍が『用意したいものがあれば、我々に言うがよい』って言ってたが何か頼むか?」
ザザンは腕を組み考え込み始めると「俺は武器の強化と盾の作成だな」と手を一つ大きく叩いた。
「せっかく治したのにか?」
ニッケランはザザンの腰に掛かった剣に目をやる。剣は新品同様で、ザザンの思惑が読めなかった。
「強化ってなんだよ」
ザザンは得意げな顔になった。
(まずい、これは長いぞ…)
予想は当たり、ザザンは自慢の武器を取り出し、饒舌になる。
「まずは、持ち手を滑りにくくしたいよな。敵を切りつけたとき、返り血を浴びると滑るんだよな…」
ニッケランは適当に合いの手を打って話を聞いているふりをした。
オキタルに目を移すと、何が欲しいのかを考えているようだ。
「オキタル、お前は何が欲しいんだよ?」
「え、まてまて俺の話がまだ…」
オキタルは察したようにザザンの声を塞ぎ「うーん。この前の目つぶしみたいに、戦いを有利に進められる物かな…」
「あぁ、あの魔操志の時の…ってお前! なんであの時森の中で居続けなかったんだ!」
「え? だから第三軍と一緒に攻めてきたんだってば」
「そうじゃない! なんで森の中に留まらなかったのかを聞いているんだ!」
「まぁまぁ。ニッケラン、もういいじゃないか」とザザン。
ザザンの割り込みにニッケランは口をへの字に曲げる。
「オキタルも傭兵なんだぜ? もう止められる歳でもないだろ? だいたい、お前はオキタルに助けられたんだ。ならもういいじゃねぇか」
「しかしなぁ…」
ニッケランは心配で仕方がなかった。自分の幼少期と重ねてしまうオキタルに、地獄のような日々を歩んでほしくなかった。しかし、対照的にオキタルは自信ありげに何度も頷いている。
「はぁ、分かったよ。戦うことを許そう。どうせ、帝国の中は敵だらけだろうしな…」
オキタルは高らかに腕を上げ叫んだ。
「やったぁ! これで心置きなく戦える!」
「だが!」
ニッケランは牽制するように叫んだ。
「無理して戦うことは許さん。絶対に危険を感じたら逃げろ」
「う…ん……分かったよ」と不服そうな表情で認めた。
「で、その有利に進められる物ってのは、例えばなんだよ?」
話が一段落すると、ザザンが口を開いた。
「やっぱり目つぶしは必要だよね。結構便利だったし」
「それでニッケランは助けられたんだもんなぁ?」とザザン。
「あぁ、そうだな」
何も言い返せず、ニッケランはただ認めるしかなかった。すこし悔しく、しかし、オキタルの成長を感じて嬉しかった。
「あの目つぶしの中身って何だったんだ?」
「ニッケランの所にも届いたの?」
ニッケランは小さくうなずく。
「そうだったんだ。あの中身ね、香辛料がメインかな…例えば唐辛子とか!」
「どこでそんなもの手に入れたんだ?」とザザン。
「えーと…兵舎から盗んだりとか…?」
「なんで盗むって発想が生まれるんだ!?」とニッケラン。
オキタルは委縮し頭を守るようにして、覗き込んでいる。ニッケランは一発殴ってやろうかと思ったが、その目つぶしに助けられていることを考えると、行動に移すことは出来なかった。
諦めたようにため息をつくと、ニッケランは目線を外した。
「まぁ、オキタルの欲しい物は理解したな」
ザザンが場を持たせようと話題を振ってくれた。
それに便乗し、オキタルが必死にうなずいている。
「ニッケランは何が欲しいんだ?」
「ん?」
ニッケランは正直、何も考えていなかった。ロングソードは手になじんでいるし、防具も支給品で十分だった。
オキタルが「あ!」と声を出し、太陽の光を反射させた輝く目を見せてきた。
「ニッケランさ! ハーフソード一瞬だけ使ってたじゃんか? 今の武器よりもさ、正直強かったよね」
ニッケランは背中の剣に触れながら、ハーフソードを握った瞬間を思い出した。
確かに、幼少期の稽古で使用していたのはハーフソードだし、学んでいた剣術もハーフソードのものだった。
しかし、ハーフソードを使用すると嫌悪感に支配され、気分が悪くなってしまう。
そのことを考えると、安易に使用することは出来なかった。
「いや、確かにハーフソードの方が使いやすくはあるんだが……どうしてもロングソードを使いたいんだ! なんというか、憧れるんだ」
嘘である。ニッケランは自分の精神力の無さに呆れてしまう。決して短くない時間を戦場で過ごしているというのに、精神力だけは成長しない自分に嫌気がさしてたまらなかった。
オキタルはまだ、何かを言いたげだったが、これ以上はなにも言わなかった。
「へぇ、お前、ハーフソードの方が得意だったのか…」
ザザンは何やら感動している様子だ。
「なんだよ? 意外だったか?」
「だって、ずっとロングソード使ってたし、それでも強いからさお前」
「ロマンってやつだよ」
ザザンは感嘆の声を上げた。
(これ以上、この会話は続けたくないな……子供の頃を思い出すと不安だ)
一度も仲間に話したことのない幼少期の記憶。ニッケラを縛り付け、時折邪魔をする存在。そんな忌まわしきものを人に話す気にはなれなかった。
ニッケランがこれ以上話を続けなかったこともあり、会話は途切れてしまった。
三人は天幕に戻り、体を休めることになる。特にニッケランは酷使した体をいたわりたいと思っていたからか、帰る足取りが一番早かった。
一足早く天幕の元へ着くと、入り口に二人の兵士が立っている。
兵士たちの目を見つめながらニッケランは問い詰める。
「なんで入り口に立っているんだ?」
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