暗雲
(嘘だ…)
ニッケランはまだ、自分は夢の中にいるのではないかと思った。これは悪夢であり、そろそろオキタルが現実に引き戻してくれるのではないかと期待した。
しかし、男が口を開いた瞬間、夢は現実の出来事へと変わり果ててしまった。
「……ニッケラン…? ニッケランなのか?」
声はかすれ、力を一切感じさせない。しかし、記憶にあるジョンのものと似通っている。
「こんな姿になっちまって…情けねぇよな…」
彼は薄ら笑いを浮かべた。しかし、その目には絶望が浮かび、闇におぼれているようだった。
ニッケランは現実に居場所がなくなり、気が遠くなってゆく。
しかし、ルートの一言で一瞬にして現実に引き戻されてしまった。
「ニッケランよ。すでに分かっていると思うが、この者はそなたの仲間のジョンだ」
傷口に塩を塗られたように感じ、ルートを睨みつけた。
それにルートの従者達が腰に掛けている武器に手を掛ける。一気に場の空気が悪くなり、息が余計に苦しくなった。
しかし、ルートは関心を示さずに、そのまま話を続けた。
「気持ちは十分に理解している。私だって好きで王国の者を尋問させている訳ではない。それだけ、王国は追い詰められているのだよ」
ニッケランは睨むことを辞めなかった。理屈は理解していても、心は現状を拒み、脳みそは感情に身をゆだねている。
そんな様子に鼻を鳴らした尋問官がルートに対し口を開いた。
「その生意気な態度。ルート様。あのニッケランと言う男も尋問いたしましょうか? もしかすると、帝国の手先やもしれませんぞ?」
ルートはその言葉を適当にあしらう素振りを見せると、別の話題へ切り替えた。
「良い。これは我々が招いたことだ。私もニッケランの立場なら同じことをするだろう。しかしだ、尋問官よ。私が話をしたいのはそこではない。」
尋問官は少し考える素振りを見せた。
それがニッケランには嘲笑されているような気がしてならなかった。心は負の感情にまみれ、何もかもが悪い方向へと考えついてしまう。
ニッケランは戦場に立っているかのように、神経を研ぎ澄まし、いつでもこの状況を切り抜けられるよう、全身に力を入れていた。
しかし、ルートが突如頭を下げたことで、闘争心は一気に萎んでいく。
「本当にすまない、ニッケランよ。我々とて必死なのだ。ジョンは捕虜として帝国に捕まり、その間に情報を流していたかもしれないのだ。」
ニッケランはとてつもない脱力感に襲われ、何も言い返せなかった。そのまま小さく頷くと、疑問点を述べていく。
「本当にそこにいるのはジョンなのですか?」
そう言うと鎖に繋がれた男は力なく頷いた。男が動くたびに鎖が波打ち、金属音が天幕の中を静かに響いていく。
鎖の男が反応したことにより、余計にやる気が起きなくなってゆく。ただ、呆然とジョンをニッケランは見つめることしかできなかった。
ルートが口を開いた。
「尋問官よ。ジョンの容疑は晴れたのか?」
尋問官は考える素振りをし続けていたが、その質問に唸りながら反応した。
「正直に申し上げますと、確証はございません。しかし、かなり苦痛を伴う尋問を行ったにもかかわらず、容疑を認めないということは、帝国に情報は流していないと考えることが妥当でしょう」
今度は尋問官を睨みつけた。尋問。いや、拷問をジョンに対して行った尋問官を同じ目に合わせたくなった。
尋問官はニッケランが何を考えているのか分かるのか、嘲笑を含んだ目を向け、歯を見せつけるように笑った。
ニッケランはもう、尋問官に何をしても無駄だと悟り、視点をルートへと移動させた。
ルートは考え込んでいる様子だったがとうとう話始めた。
「うむ。つまりジョンが帝国の手先の可能性があるということだな?」
「ええ、そうなります。しかし、傭兵風情が私の尋問を耐えてまで情報を守り切るとは思えません」
尋問官は自慢げに話すと背筋を伸ばし、自分の仕事ぶりを褒めてもらいたそうにした。
しかし、ルートはそれだけ聞くと再度黙り込んでしまった。
ニッケランはジョンの方に目をやると、悲惨な様子に思わず目を反らしてしまう。
思わず、ため息が出ようとする。そこで気が付いた。この甘ったるいお香の匂いはジョンから発生しているのだ。
脳裏に尋問官がジョンに劇薬を投与する姿が浮かび、沈んでいた闘争心が燃え上がった。
ニッケランは勢いよく立ち上がると尋問官に叫んだ。
「お前! まさか、ジョンに劇薬を投与したのではないだろうなぁ!」
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