置き土産
オキタルが部屋を出て数分。ニッケランは逃亡生活を始めて今に至るまで、まともな食事を取れていないことを思い出し、部屋を出て適当な食料を調達することにした。
彼は腹をさすりながら呟く。
「くぅ~腹が減った…」
胃どころか体中の細胞が食料を欲しているのが分かるほどに腹が減って仕方がない。
しかし、食料を探すと言っても適当な部屋に侵入し、棚や保管している場所をあさるわけではない。
ここは、ヘールズ駐屯地。非公式とは言え、従軍した傭兵に対し飯を提供しない軍はいないだろう。
適当に兵士か女中かを捕まえて、飯を提供してくれる場所を聞き出すことにした。
部屋を出ると、真っ先に目に飛び込んできたのは大きな営火であった
「おおっ! ここまで熱が伝わってくるな」
思わず目を細めてしまう。
まさに、戦争特有の光景。そんな営火を横目に、近くを歩いていた兵士に声をかけた。
「そこのあんた、ちょっといいかい?」
「ん?」
兵士はいきなり声を掛けられ体が飛び跳ねていた。
しかし、ゆっくりと振り向き、顔を見たとたんくいついたように話しかけてきた。
「おお! あんたか!」
(え?)
明らかに自分を知っている口調。
そんな口調で話しかけてきたためにニッケランは焦っていた。
(ヤバイ、マジで誰だ)
必死に頭を回し、特定を試みるができない。
そのため、意を決して聞くことにした。
「いや、申し訳ないのだが――すまない、気を悪くしないで聞いてほしい」
兵士は首を傾げ不思議そうな顔をした。
明らかに、自分を知っている口調で話しかけてきたのだ。そんな兵士からすれば、相手が自分を知っていないというのは簡単に思い浮かぶものではないだろう。
そんな様子にニッケランは慌て付け加える。
「俺は病み上がりでな。 その―まだ本調子ではないからなかなか人の顔と名前を思い出せないんだ。そう、病み上がりだから」
さすがに言い訳がましくて、思わず顔を隠したくなる。
兵士の顔を恐る恐る伺うと、腑に落ちたような顔に変化していた。
すると兵士が笑いながら話し始めた。
「ああ、すまない。今の話し方だと俺とアンタが面識あるような話し方だったな」
その言葉を聞いて余計に脳みそが空回りする。
(じゃぁ、マジで誰だよ)
兵士から見ればニッケランは明らかに困惑している顔をしていただろう。
そんな顔を見てか兵士がニッケランの肩を叩きながら話し始めた。
「アンタがこの基地に着いたときに対応したのが俺だったんだよ」
「あぁ~」
必死に考えていたのに、一言で解決してしまって、どっと疲れが出た。
ややこしいことしやがってと内心では思っていたが、錯乱した状態の自分を助けてくれた恩人に、失礼な態度を取るわけにはいかない。
腹が減っているから上手く理解できなかったと自分に言い聞かせることにした。
「その感じ、あんた腹減ってんだろ?」
突然、内心を見透かされ、驚いてしまった。
「え? ああ、そうなんだよ」
なぜ腹を空かしていることが分かったのか分からない。
他人から見たら、よほど自分はやつれた姿になっているのだろうか。
やつれた姿を他人に見られたという恥ずかしさから、目が泳いでしまう。
そんな姿を見て察してくれたのか、兵士は自ら飯の話をしてくれた。
「飯なら、あの営火の奥におる簡易テントの中で配ってるぞ」
「お? ああ、そうなのか。悪いな」
余計に恥ずかしくなってしまった。
自分よりも若い男に気を使わせてしまったことで今すぐ逃げだしたいという気持ちが溢れ出てくる。
しかし、ここで雑に会話を終わらしてしまったら、余計に恥をかいてしまう。
ニッケランは無理やり別の話題を振ってみることにした。
「ところで、今回の戦。どんな感じになってんだ?」
ニッケランは今回の戦では最前線より少し下がった場所で戦闘を繰り返していた。
最前線が一応見える位置に居たが、敵との戦闘を繰り返しながら、しっかり観察する余裕はなかったので完全に戦況を理解することは出来ていなかった。
「あんた、長いこと傭兵やってんだろ?」
兵士の顔が強張り、口が震えていた。
「え? ま、まぁな。でもなんで分かったんだ?」
「アンタみたいな雰囲気の奴は大概手練れだ。」
兵士にまずいことを聞いたかもしれないと思った。
妙に緊張し、心臓が冷える感覚に襲われる。
「じゃぁ、アンタも見たことあるんだろ? 魔法」
嫌な予感が的中した。
「あ、ああ。」
「俺は前線に居たんだ」
ニッケランはこの先、何を兵士が話そうとしているのかなんとなく理解していた。
「始まりは流れが良かった。こちら側が優勢で、一番槍の騎士が敵を蹴散らして、士気も最高潮で――」
兵士の話を聞くほどに体から力が抜けていく。
「…ああ、そうだな」
兵士が思い出すように話しているときに、ニッケランも前の戦を思い出していた。
魔法が初めて導入された戦では最前線で戦っていた。
戦も後半。大地が敵の血で染まり勝利まで目前だった時に魔法使いが参戦してきた。
魔法使いがニッケランの隣で戦っていた騎士に手を向けて何かを打ち出してきた瞬間。騎士がまるで巨大なロウソクのように火柱をたてながら燃えた。肉が焦げ、油の匂いか漂い、熱が頬をなでた。
「目の前で! 目の前で人が燃えたんだ!」
そんな兵士にニッケランは叫んだ。
「おい、落ち着け」
「あんなのどうしろってんだ!」
兵士の気持ちが痛いほど分かり、体が震える。
急に兵士が錯乱し始めたことで、周囲を歩いていたり、作業していたりする者たちの視線が集まる。しかし、兵士にそんなことを気にする余裕はないようだ。
「剣とか矢とかで死ぬのはいい! 覚悟はできてる。だがあんな死に方はないだろ!」
恐怖におののいている姿。それを見てもニッケランは何も言えずにいた。
魔法は恐怖そのものだった。
火の玉が飛んできたかと思えば、いきなり人が燃えてしまう。そんな人知を超えたものに、勝つどころか生き残れる自信もなかった。
兵士は頭を抱え、地面に崩れ落ちた。
「あんな死に方じゃセイレムに行けない!」
何をすればいいのか分からない。硬直し、呆然と眺めているニッケランに言葉が飛んできた。
「そこのお前! 何をした!」
周りで見ていた別の兵士が突然話しかけてきた。話しかけてきたというよりは、問い詰めてきたと言った方が正しいだろう。
「何がって何がだ?」
思わずけんか腰になってしまった。
相手の顔色が気になったが、兵士は変わらぬ調子で問い詰めてくる。
「目の前の男に何をしたのかと聞いている!」
ニッケランは慌てて兵士に説明する。
「戦況について聞いたら錯乱し始めたんだ」
理由を聞いたとたん兵士は打って変わって、落ち着いた様子になった。
しかし、威圧感はそのままで言葉を放った。
「…話題には気をつけろ。今回の戦はただの負け戦ではないのだから。」
問い詰めてきた兵士はそれだけ言うと、乱心した兵士を引っ張って、そそくさと兵舎の方へと移動していった。
それを遠い目で見ていたニッケランは飯がもらえる場所へと歩き始めた。
自分もあの兵士のように壊れてしまうのだろうか。
目の前で燃え上がっている営火が、なぜだか体を冷やしてしまう。
ニッケランは自分の未来を思いながら、目的地へと歩を進めていった。
2日に一回投稿と言ってましたが、ある程度のところまでは毎日投稿しようかなと考えました。変に短い話だと一日に二回投稿するかもしれないです。
最後までお付き合いいただき感謝いたします。
評価やコメントをいただけると、物語をより良くしていく大きなヒントになります。
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