魔法
「カレス・エン・ヴァラル」
聞きなじみのない言葉と共に魔操志の声が何重にもなり脳に響いた。一瞬めまいのようなものが襲い掛かってきたが、すぐに元の感覚を取り戻す。
突然、敵の剣がまぶしく輝き、目を細めた。
剣が炎をまとっている。
その神秘的な光景にニッケランは息をのんだ。しかし、その矛先が自分に向いていることを思い出すと、現実に引き戻される。
しかし、その現実離れした光景に顔をしかめるしかない。
「なんでもありかよ…」
吟遊詩人が語っていた神話を思い出した。
勇者は剣に炎を纏った。それは竜の炎であり、闇に染まった者を浄化し、闇に陥れる者を灰にしてしまう。
そんな鼻で笑ってしまうような話がこの状況には適していると思った。まさに、神話そのものじゃないか。
(俺は悪魔かなにかか?)
ニッケランは反吐が出そうになった。今すぐ、この状況から逃げ出して何もかもを捨て去ってしまいたくなる。
しかし、相手はそれを許してくれないようで、炎をまとった剣を横一線に振り回した。
突然、炎の線が現れ、ニッケランめがけ飛んでくる。
咄嗟に剣でそれを受け止めようと動いたが、寸でのところで思いとどまり、しゃがみ込む。
頭上をかすめたのか、頭髪がチリチリと焼ける音を発している。
炎の線はそのまま頭上を通り過ぎると、一瞬にして消え去ってしまった。
(剣で受け止めていたら何が起こっていたか…)
火の玉のようなものは爆発。これは事前に予測できたので避けられた。しかし、今の攻撃は、運よく正解だっただけで、もし剣で受け止めていたら炎に巻かれていたかもしれない。
ニッケランは汗がにじみ出てくる額を抑え、魔操志の剣の様子をうかがった。
剣はすっかり元通りの姿になり、太陽の光を反射している。
すると、魔操志が剣を肩に置いて話を始めた。
「お前すごい奴だなぁ…三回も耐えた奴なんて見たことないよ。だが、残念だが、次で終わらそうと思う。次はあの大穴を開けた魔法だ」
魔操志はそう言い放つと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
(もう、一か八かだな…)
ニッケランは脳内でどう攻めれば奴の首を討ち取れるのかを模索した。しかし、それはある一定の所で阻まれ、自分の首が吹き飛ぶ様子が浮かび上がってくる。
魔法がニッケランと敵との差を大きなものにしているのだ。
ニッケランは最初の一太刀を浴びせたときに、敵と自分にはそこまで剣の技術の差は無いように感じた。むしろ、若干自分の方が上回っているとも考えていた。
しかし、敵の不規則な魔法を絡めた攻撃のせいで、いつ、どのタイミングで魔法が飛んでくるのかが分からず、安定して戦える剣術に無意識のうちになってしまっているのだ。
(このままではいつか魔法で息の根を止められてしまう…)
ニッケランは覚悟を決めると、剣を胸元へと引き寄せた。
魔操志はニッケランに憐れみのような目を見せ、再度聞いたことのない言葉を喋り始めた。
「エン・ナーマ・マハー・マードラル、ヴリッティ・エン・ガルダル ナマル・ロ=ヴェルタル…」
脳に響く言葉を聞きながら、ニッケランは深く集中する。
(チャンスは一度きり!)
体勢を出来るだけ低くし、目線を敵の首へと集中させる。どんどんと集中していき、周囲の音が聞こえなくなり、心臓の音だけが響く。
歯を食いしばり、足に全力で力を込めた。まだ鮮明に記憶に残る刃走りを思い浮かべながら。
次の瞬間、魔操志の首めがけて飛んでいく。瞬きほどの一瞬で、ニッケランの剣は魔操志の首の近くまで差し迫った。
先ほどまで涼しい顔で何かを唱えていた魔操志の顔が大きく歪み、目を見開いている。
「な!」
魔操志は驚き、声を上げると咄嗟に剣でガードしようともがいた。
(遅い!)
ニッケランは確信した。己の剣が魔操志の首を突き刺し、吹き飛ばすと。しかし、剣先が敵を捉えたかに思えた瞬間、魔操志はゆっくりと横へ倒れていった。
剣先が首を皮一枚ほどかすめて通り過ぎてしまう。そのままニッケランは体勢を大きく崩し魔操志の後ろに倒れ込んでしまった。
魔操志の首に突き刺さる予定だった速度は、そのまま地面へと向かい、彼は剣に引きずられる形で転がっていく。
(やられる!)




