死地は二度
ニッケランにはザザンの意図が分からなかった。
あの温厚で気さくな男が好きでこんなことをしたとは思えない。
「なんでこんなことをしたんだ?」
ザザンは困惑したように目を泳がせている。
すると、ニッケランの足元に横たわる無残な兵士の姿を発見し、それに釘付けになった。
「お、俺がこれを?」
ザザンは囁いた。表情は恐怖に支配され、現実を受け入れられない様子だ。
「記憶にないのか?」
ニッケランは羽を触れるような優しい口調で問う。
ザザンは悲しみに満ちた目を見せ、落ち着いた口調で答えた。
「すまない、ニッケラン。俺は少しおかしくなっていたみたいだ」
ザザンは立ち上がると、手を切り落とした男の方へ歩みだした。
また、拷問まがいな事をするかと思ったが、先ほどとは違い、表情は暗いがいつものザザンであると感じた。その直感に従う。
ザザンから顔を崩された兵士へと視点を移すと、心臓が動いているのかを確認し始める。
手で腕を押し込んでみると、妙に温かく、しかし脈は無かった。
この矛盾の連続にニッケランの内側はすっかり冷え込み、これ以上死体の顔を視認し続けることはしたくなかった。
死体をうつ伏せにすると、川のように血が流れ始め、乱戦の方へと進んでいく。死してなお戦いに行くように。
ニッケランは後ろから、鈍い音が聞こえ、振り向いた。
ザザンの大きな背中に覆われ、何が起こっているのか分からない。しかし、足元には血の川が出来上がっていた。
するとザザンは振り向き見つめてきた。その目は何かを訴えかけるような、しかし、儚い目をしている。
「ニッケラン。また、同じように暴れたら俺を殴ってくれ」
ニッケランは小さく頷く。それにザザンは微笑んだ。しかし、目は儚いままだ。
ニッケランはザザンが蹴り飛ばした兵士の方を見た。口から泡が吹き出ているが、生きているようだ。
「あの兵士も殺すか?」
ザザンは空を見上げ、唸った。
「いや、縛って放置しよう。逃げられるかもしれないが、案外情報を持っているかもしれん」
ザザンは立ち上がり、腰の革製のカバンから縄を取り出した。するとゆっくりと泡を吹いている兵士へと進み始めた。ニッケランも同じように進む。
同じようなタイミングで到着すると、二人がかりで手足を縛る。ニッケランは少しぎこちなかったが、ザザンは妙に手際が良かった。
(兵士はそんなことも習うのか?)
そんな考えが頭をよぎった。しかし、それは一瞬に過ぎず、縄結びに専念する。
兵士が目覚め暴れだすことも考えたが、杞憂だった。数分で事は済んでしまった。
ニッケランとザザンは立ち上がり伸びをする。そして、ニッケランはザザンの顔を横目で観察した。
ザザンは先ほどよりも顔の影が濃くなったように感じる。どうしたのか聞こうとしたが、踏みとどまった。まだ、時は満ちていないように感じたからだ。
すると、王国軍の本陣から太鼓の音が鳴った。
ニッケランは音のする方へ急いで振り返り、目を細める。
王国軍の旗を持った騎士が陣形の前を横断し、それに続いて騎士たちが整列し始めている。
「あの軍団が来る前に、乱戦に飛び込むぞ!」
ザザンはニッケランの手を引っ張り、駆けようとする。
「待ってくれ」
ザザンは途端に肩をすくめた。すると、勢いよく振り返りニッケランの肩を掴んだ。
「このタイミングしかないだろ!」
「あぁ、そうだ。しかし、今のお前に生き残れるのか?」
心は不安に満ちていた。ザザンがまた暴れたら、今度は救い出せる自信がなかった。
「信じてくれ」
妙に哀愁漂わせた顔に余計に自信がなくなっていく。
「そんな自殺しに行くような顔の奴を行かせるわけにはいかないな」
ザザンは口を開こうとする素振りを見せた。しかし、それを何度も繰り返し、とうとううつむいてしまった。
「そりゃ、納得してくれないよな…。分かった、俺はここに残って見張っておくよ」
ザザンは微笑み、縄で縛った男の方へ再び歩みだした。そしてニッケランの肩に手を置くと、力強く握った。
「絶対に生きて帰って来いよな!」
「おう!」
ザザンは肩に手を置いたまま話す。
「この戦いが終わったら、話さなきゃいけないことがある」
その神妙な面持ちに、ニッケランの表情は固まった。しかし、すぐに持ち直すと、大きく頷く。
「任せろ!」
ザザンは大きな笑顔を見せると肩を叩いて、縄で締めた男の方へ歩み始めた。
それとは反対に、ニッケランは乱戦へと走り始めた。
ふと後ろを振り返ると、ザザンの背中は先ほどよりも小さくなっているように見えた。
その背中がどんどんと小さくなり、見えなくなった。
ニッケランは前を向き、より速く駆け始める。
戦の音がどんどんと大きくなり、鉄がぶつかり合う音が飛び込んでくる。
とうとう、目と鼻の先にたどり着いた。
「さて、どこから攻めようか」
突然、乱戦の奥で土が大きく舞、大地が揺れ、轟音が鳴り響いた。
ニッケランは空へ舞い上がっている土を眺めながら呟いた。
「魔法を打ったのか?」
すると、土と共に何かが降って来た。その何かは目の前を通り過ぎ、粘着質な音と共に地面に落ちた。
目だ。
誰かの目が落ちてきた。すると、どんどんと人の一部だったものが降り注いでくる。大地はどんどんと赤黒い色に染まり、臓物と鉄の匂いを漂わせ、体にまとわりつく。
思わず、上を見上げそうになった。しかし、自分の顔に臓物が当たる想像をし、欲求を抑えた。
ニッケランは代わりに辺りを見渡す。
見える限りの人間、敵味方問わず硬直してたたずんでいる。中には地面に崩れ落ち、吐いている者も居た。
この状況に違和感を覚える。
「なぜ、帝国兵まで驚いた顔をしているんだ?」
自分たちの足で魔法使いの元へ集まったのに、王国兵と同じ表情をしている。まるで、被害者のような顔で。
しかし、これはチャンスでもあった。敵は硬直し、異物の雨に釘付けになっている。
その隙を逃さず、爆発があった方向へと歩みを進める。
魔法使いの元へ進む過程で、敵とは何度か目が合った。しかし、その目はどこか虚ろでニッケランを捉えることは出来ないようだった。
鼻腔に焦げた匂いが広がり始めた。
近い。
確実に魔法使いとの距離が近づいているのが分かる。
ニッケランは立ち止まり辺りを見渡す。奥の方で乱戦が行われている所を発見した。
勘が囁いた。奴はあそこの中にいる。
目がとらえた。所々赤色に青まった、紫色に光るマントを。
体勢を低くし目的地へと歩を進める。
しかし、歩を進めるたびに、本能が無意識の鉛を足へ巻き付け、地面に沈み込ませていく。
ニッケランは空想の鉛を払いのけるように、手で足を叩いた。
(しっかりしてくれ!)
突然、後方で甲高い金属音が鳴り響き、ニッケランは後ろを即座に振り向いた。
王国軍の三陣目が乱戦へと加わったのだ。
すると、硬直していた兵士たちの目に生気が宿り、乱戦が再び始まった。同時に異物の雨が収まる。
(まずい!)
突然目の前にいた敵兵が脈絡なく剣を振り回した。それをニッケランは体勢をさらに低くし、間一髪で避けた。
それを契機にニッケランの周囲でも乱戦が再開してしまった。
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