手練れ
ニッケランは反射的に背後に飛び退き、血と砂で視界が滲んだ目で兵士をよく観察する。
黒い液体に染まった兵士の首に鋭利な物が刺さり、全身が激しく痙攣している。
何が起こったのか理解が追い付かない。しかし、勘が剣を構えろと叫んでくる。
兵士の方へ剣先を向けつつ、守りの構えに入る。まだ、視界は治らない。
すると、首から鋭利な物がずるりと抜け、途端に兵士は崩れ落ちた。
目線を兵士の後ろにやると、剣を力なくぶら下げている者が一人。
得体のしれない気味の悪さと、地面に横たわっている兵士の悲惨さがニッケランに恐怖を煽った。
「久しぶりだな…この感覚」
初めて窮地に追い込まれた時も同じだった。
背中にヒヤリとしたものが伝う感覚。
相手は明らかに手練れで、魔法使いかもしれない。
ニッケランは逃げ出したくてたまらなかった。
しかし、相手は逃がしてはくれない。
ゆっくりと、しかし、確実に剣をこちらに向けてきている。
ニッケランは相手をただ茫然と見ている。いや、見ている事しかできない。
勘がそうさせるのだ。
逃げたら死。
先に動いても死。
勘がそうニッケランに叫んでいた。
ついに、相手の剣先がニッケランの方を向いた。
もしかすると、味方かもしれないと思っていたが敵は簡単に裏切ってきた。
すると、敵は剣を両手で構え、胸元に寄せ、前のめりになった。
(何をしようとしている?)
この十五年間の記憶を総動員する。
十五年間で幾度となく剣を振るってきた記憶の中に同じような構えを取った敵はいたか。
それにニッケランは全神経を注いだ。
二年前に交戦した名前も知らない妙に強い帝国兵。剣を胸元に寄せ、前のめりに構え、地を蹴り、一気に間合いを詰めてきた。そんな記憶が蘇って来た。
ニッケランは途端に現実に引き戻される。やはり、うかつに動いていい相手ではない。
相手の一撃を見切り、カウンターで沈める。
(よし…来い!)
剣を力強く握り、敵を睨んだ。
それに誘われるように敵はどんどん前のめりになっていく。
(なんだ…? 前に戦った敵よりも角度をつけているぞ?)
次の瞬間、目の前に鋭いものが現れた。
「え?」
反射的にそれに剣をぶつける。
甲高い音が耳を刺してきた。しかし、鋭い何かはどんどんと迫ってくる。
(やばい! 跳ね返すには遅すぎた!)
ニッケランは体をねじるように避ける。
すると、額に熱を感じ、次に鋭い痛みが走った。
思わず、後ろに飛び退く。
「なに?」
ニッケランは目を疑った。
睨んでいた敵兵が、先ほどまで自分が立っていた場所にいるのだ。
敵は、余裕を見せつけるように、力なく剣を地面へと向けている。
その姿に本能が距離を取れと叫んでくる。しかし、それに逆らった。
守りに入る意味はすでに無かった。
敵は異常なスピードで距離を詰め、剣を突き刺せるのだ。そんな敵に亀のように固まる作戦は思う壺だ。
ニッケランは剣を思い切り振り上げ、敵の一撃を待ち構える。
(勝負は一度きり。この一度にすべてをかける)
妙に冷静だった。
もしかすると、今までにない過酷な状況に対し、防衛本能で冷静になっているのかもしれない。
(とにかく今は目の前の敵に集中しろ!)
すると、敵は先ほどと同じような体勢に戻った。
ニッケランは剣を握る力をより強くした。
(今度は吹き飛ばしてやる…)
次の瞬間、敵は同じように間合いを詰めてくる。何故か、先ほどよりも敵が見えている。
一度見たからだろうか。それとも血と砂に濡れた目が元に戻ったからかもしれない。
しかし、そんなことは今となってはどうでもよかった。
敵が間合いに入ってきたことを確認した瞬間、剣を力一杯振り下ろす。
ニッケランの筋力にロングソードの重みが合わさり、敵よりも速いスピードで落ちてゆく。
敵は逆に目の前に鋭利な物が落ちてきたと感じたのだろう。
先ほどのニッケランのように剣をぶつけ、軌道をずらそうとしてくる。
しかし、そんな付け焼刃の防御ではニッケランの渾身の一撃は止まらない。
敵の剣が逆に跳ね返り、ロングソードが何事もなかったかのように進んでいく。
手に固い感触が伝わった。肩に身に着ける革鎧に当たったのだろう。
次の瞬間肉を断つ感触が伝わる…かに思えたが、突然、剣に固い感触が伝わらなくなった。
何事かと思い、ニッケランはさらに体重も掛けて、より強力な一撃へと変化させた。
それでも先ほどの固い感触は消えたままだ。
ニッケランは瞬時に敵の様子を観察する。
敵は肩に剣が触れたまま、地面へと落ちている。にもかかわらず感触がない。
いや、違う。
足の力を抜き、肩に刺さった剣の動きに合わせて下へと移動しているのだ。
ニッケランは瞬間的に剣を止め、突き刺すモーションへと切り替える。
敵は地面に横ばいになっている状態で静止した。
手練れ登場! ニッケランは生き残ることが出来るのか!




