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赤き日  作者: 溶接作業
一章

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13/107

突撃

 程なくして、大きく砂塵が舞い上がる。


「始まったな」


 タワーシールドを構えた敵兵が吹き飛ぶ様子にジョンが呟いた。


「もう、あとには引けないな」とニッケラン。

「うーん……」

 ザザンが隣で唸っている。腕を組み、眉をひそめる姿に「何を考えているんだ?」

「ん? あぁ、オキタルが心配でな…あいつだけ森のなかだろ?」

「たしかに…ジョンはどう思う?」


 オキタルは敵兵が奇襲してくることを警戒し、森の中で身を潜めているのであった。


「まぁ、大丈夫だろ。オキタルは逃げるの上手いからな」


(心配だが…始まったもんはしょうがない。アイツを信用しよう)




「あの帝国の陣形は後方に騎馬兵を回り込ませる陣形か?」


 見かけたことのない陣形だったのでジョンに質問をする。

 彼は昔に覚えたという戦術本の内容をひねり出すように、頬をさすりながら少しの間黙っていた。


「たぶん、そうだろう…」


 彼も見かけたことのない陣形だったので困ったようだ。


 帝国軍が展開している陣形は三日月形で、内側へと誘い込むような形になっている。そして、その外側で騎馬兵が待機している。


 ジョンは続ける。


「多分だが、内側に敵兵を閉じ込める作戦だろう」

「なぜそう思う?」とニッケラン。

「王国側が今は数と士気の差で若干おしているだろ? だが、これは一時的なものに過ぎない。」


 ニッケランはその言葉に過去の戦を思い出す。

 序盤は勢いが良かったのに中盤以降は敵と拮抗してしまい、長期戦になった戦は数多く経験してきた。


「つまり長期戦になると?」とザザン。

「んー…少し考えさせてくれ」


 彼が熟考している間にも戦況は進んでいく。



「うおおおおおお!」王国側で歓声が上がった。


「大物の首でも取ったか?」とザザン。


 すると、前方の方から騎馬が一機こちらに走ってくるのが見えた。


「敵か⁉」


 周りの兵士が口々に発し、少し混乱が広がる。しかし、距離が縮まると王国の国旗を掲げていることに気が付き、皆は安心したように各々周囲の者と話し始めた。


 すると、十分な距離まで近づいた騎兵は「王国軍将軍ルートファイ様自らが、敵中将ミッドレイを討ち取ったぞぉ!」と裏声で叫んだ。


 兵士たちが歓声を上げる。しかし、ニッケランは反応を示さなかった。

 いや、示さなかったというより、唖然とし声が出なかった。


 彼は首の古傷を抑えながら呟く。


「ミッドレイがこんな序盤から出陣って…」



 四年前の戦だ。

 ジョンとはぐれ、敵味方が交錯する混沌の中――奴は現れた。


 名はミッドレイ。泥喰の異名を持つ、戦場に棲む老兵。


 ニッケランはそこで奴と相まみえ、半刻にわたり刃を交えた。


 力任せに攻防を崩そうとした一瞬、ミッドレイは隙を見逃さず、首元を突いてきた。


 咄嗟に身をひねって避けたが、刃は皮膚を裂き、命の境界をかすめた。


 その感触が、今も首筋に残っている。




 感傷に浸っているとジョンが「ミッドレイってお前の首を吹き飛ばしかけたとかいう?」


 ニッケランは少し眉をひそめた。嫌な思い出に首筋がヒリヒリと痛む。


「泥喰だったか?」

「そうだ」


 それにジョンは何度も頷く。なにか納得がいったようだ。


「やはり長期戦にはならないだろうな。ミッドレイを討ち取ってもさほど効果は無さそうだしな」

「それは序盤に猛者を配置しているからか?」とニッケラン。


 ジョンは小さく頷いて見せた。


「それは、最悪だな…」

「あぁ…」


 会話が終わり、戦場の方へ目を向けるといつの間にか、戦況を報告してきた騎士は持ち場へ戻っていったようだ。


「お…?」


 先ほどまで敵の陣形は乱れていたのに、それが嘘のように整っている。王国はまるで挟撃を受けるような形だ。


「まずいな」とジョン。

 帝国軍の背後で待機していた騎兵たちが動き出したのだ。奴らは砂煙を上げながら背後へと向かっている。


「来たか…」とザザン。


 すると背後から、太鼓の低い音が空気を震わせた。


 王国軍の軍旗を掲げた騎兵がニッケランたちの目の前を駆け抜けていく。


 太鼓の音は次第に大きく、速くなる。


 騎馬兵たちが前に並び、武器を掲げた。


「王国万歳! 王国軍万歳!」


 叫びとともに、彼らは前線へと突撃する。

 砂煙が舞い、馬の蹄が地を叩く。


「行くぞぉぉ!」


 号令が響き、兵士たちは次々に飛び出す。


 ニッケランもそれに続いた。


 足音、金属音、砂の匂い——戦場が迫ってくる。


「矢だ! 矢が飛んでくるぞ!」


 どこからか叫んだ兵士の声に太陽を見上げた。黒い矢の雨が降ってきている。


 ニッケランは剣を抜き、盾のように構えた。


 矢が落ち始めた場所から兵士の鈍い声が聞こえ始め、鉄と地面に矢が当たる音が近づいてくる。

 武器に衝撃が走り、周囲の兵士が悶えるような声を発し始めた。


 すると、目の前の兵士が肩を射抜かれ、血が飛び散り、倒れ込んだ。


 ニッケランはそれを飛び越え、走る。


 ――その瞬間、肩に何かが叩きつけられた。


 痛みはない。


 ロングソードの陰から出ないように目線だけを動かし、恐る恐る確認する。


 肩に矢が刺さっていた。しかし、鞘を背中に掛けるための革のベルトに刺さり、体にまで到達しなかったようだ。


「ニッケラン。運がいいな」とザザン。

 彼の盾を見るとかなりの数の矢が突き刺さっていた。


「お前もどこにもくらってないみたいだな!」


 お互いに何事もなかったことを確認し、再び前方を見た。


 ジョンの安否が気になるが、横で彼の息遣いのようなものが聞こえるので生きていると信じ、前方のみに集中する。


 すると、前方で大きく砂ぼこりが舞った。


 先に突撃した騎兵たちが、回り込もうとしていた敵の騎兵とぶつかったらしい。

 進んでいくと、横で味方の騎士が敵の騎士たちを阻み、激闘を繰り広げているのが見えた。


「あれが崩れる前に敵の陣形を崩さなければ」


 周囲の音に負けないよう隣のジョンが大きく声を発した。

(ジョンも生きていたか! しかし、話す余裕はもうないな)

 

 もうすぐ奮闘している味方の兵士たちと合流する。

 

どんどんと敵は大きくなり、顔が視認できるほどになった。するとニッケランたちの流れに逆らうように流れ込んでくる兵士たちが現れ始めた。

 

(敵か! ――いや…)


 王国の腕章をつけているのが見えた。どうやら、先に戦っていた兵士たちを味方陣地へと撤退させているようだ。


「そろそろ敵とぶつかるぞ!」とジョン。


 途端に体は熱を持ち、武器を握る手に力がこもる。

 すると、前方で大きな衝撃音が聞こえ、足が止まった。


「交戦し始めたぞ!」


 前方にいる兵士が叫んだ。


(少しでも息を整えよう…)


 仲間の安否を確認するため左右を確認すると二人とも息を整えているようだ。


「乱れ始めたな」ジョンが荒れ気味の声を発する。


 合わせたように平行に並んでいた陣形が乱れ始めた。さすがの帝国兵も連戦に耐えられなくなってきたらしい。


 するとザザンが「そろそろ乱戦に入るってことだな?」

「ああ。そうだ」とジョン。


 二人とも息は整ったようだ。


 しかし、ニッケランは不安を覚えていた。


「まだ魔法使いが現れていないぞ…」


 予想では、帝国軍が劣勢気味になったところに魔法使いが現れ押し返してくると考えていた。


 そうなれば、ニッケランたちは魔法使いの戦い方を高みの見物できると思っていたからだ。


「あぁ、まずい」


 ジョンが目を細め言葉を吐いた。


 途端、一気に前進し始めた。

 帝国軍の陣形が崩れたのだ。


 想定よりも早く崩れた。これは素直に喜んでいいのだろうか。


 兵士の波は帝国軍の腹を食い破るように入り込んでいく。しかし、ニッケランは不安で満ち溢れていた。


 あの精鋭揃いの帝国軍がただの物量に負けるとは思えなかった。


 ラットトラップ。


 父親から教わった言葉が頭をよぎった。都合がよすぎるものは疑わなければならない。

 しかし、流れは収まらない。


 吸い込まれるように、ニッケランたちは帝国軍の腹の中へ進んでいった。


最後までお付き合いいただき感謝いたします。

評価やコメントをいただけると、物語をより良くしていく大きなヒントになります。

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