女子高生は隕壽ぁ繧呈アコ繧√∪縺励◆❶
眠っても、眠っていなくても、変わらないような時間が過ぎていく。あれから、何度かチャイムが鳴った。その数を数えることさえ怖くて、自宅の布団の中から出ることはできない。楓たち、だとは思う。でも、そうじゃなかったら?
もし万が一、バケモノたちが触れていたら?
「うぅううっ……」
自分の想像に吐き気を催し、私は布団の中にもぐりこんだ。数日人が饐えた臭いがする。
その時だった。
── ぎょぉおおお
声が、響く。外からだ、そう思って、反射的にカーテンを開ける。道では車が転がり、遠くでは火事、人々の叫び声とバケモノのうめき声。この近さなら、家のすぐそばまで来ているだろう。
「やっぱり、そうなんだ……」
震えながら、私は窓から離れる。ベッドの上にうずくまり、じっと目を閉じた。どうせ死ぬなら、この家の中で死んでおきたい。せめて、安心できるここで、死んでしまいたかった。
階下から、足音が聞こえる。
ああ……もうじき、私は死ねるんだ。
「悠ちゃん!!」
勢いよく、部屋のドアが開いた。ボロボロの制服姿を隠すように、パーカーを羽織った楓が、私のそばに駆け寄る。片手にはどこかで拾ったらしい、曲がった傘があった。
「か、楓?」
布団をばっと取り上げられ、私はベッドの上でポカンと彼女の顔を見上げた。
「逃げよう、悠ちゃん! 街から、ここから出よう!!」
ドアの向こうでは、金属バットを握った留美が、じっとあたりを警戒している。ペットボトルが入っているらしい袋を握るのは、雪ちゃんだ。二人とも、同じように制服がボロボロだ。留美はジーンズのジャケット、雪ちゃんはジャージの上着を羽織っている。
今日は少なくとも、学校だったはずだ。
だから……本当なら、そのまま逃げれば、助かったかもしれないのに。
「み、みんな……」
「悠ちゃんが何かに苦しんでいるの、私には分からない。でも! でも、あきらめちゃダメ! 生きなくちゃ、いきてっ……お父さんとお母さんに、会わなくちゃ!」
「楓……どうして、楓だって」
みんなに家族が居るのに、どうして私を優先したんだろう。
そう思っていると、楓が泣きそうな顔をして、だけど笑った。
「お母さんたちも、きっと、逃げてるから。生きようとしているから。だから。私も、生きる。でも、悠ちゃんを見捨ててなんて、いけないよ」
「楓……」
「行くぞ、二人とも! そろそろ、玄関のバリケードがやぶれる!」
油断なく外を見ていた留美の声に、私ははっとして頷いた。急いで、部屋にある運動靴を履いて、コートを羽織った。せめてもの武器として、カッターナイフを2本とりだした。
「いこう! みんな!!」
「うん! 悠ちゃん、こっち!!」
楓に手を引かれ、雪ちゃんに背を押され、私は走り出す。
「裏口からなら、街の外に出る道に近いよ!」
そう叫ぶと、留美が頷いた。
「分かった!」
家の裏口から外に出ると、赤々と空まで立ち上るような火の粉が見えた。どこかが、燃え上がっているんだろう。唇を噛みしめながら、私たちは走った。
「ひぃ!?」
先頭を走る楓が、悲鳴を上げる。バケモノが、ずるりと、と顔を出した。
「こ、こないでっ!」
思わず後ずさる楓の横をすり抜けて、留美がその頭へ金属バットを叩きつけた。ぐしゃっ、とバケモノの頭がつぶれるけれど、それでもはいずりながら近寄ってくる。
頭をつぶしても死なないんだ……!
「立ち止まっちゃダメ! 走ろうっ!」
留美が懸命に叫ぶ。私も楓も、それではっとなった。立ち止まっていたら、後ろからもバケモノに襲われるかもしれない。逃げ道がなくなるまえに、私たちはどうにか進み続けなくてはならない。
狭い路地へ、水があふれかえるようにバケモノがなだれ込んでくる。挟み撃ちされたら、死ぬしかない。
少しでも手薄な前の方へ、何とか走る。でも、途中の横道から、バケモノが突撃してきた。腰に絡みつく腕を、必死に振り払って、カッターナイフでその首筋を切りつける。
「ひぃいいっ!」
情けない悲鳴を挙げて、でもとにかく、噛まれるのだけは避けなくてはいけない。
「みんなっ、絶対に噛まれちゃダメっ! 同じバケモノになるっ!」
「分かった!」
留美が前に出て、バットをブンブンと振り回した。
「あぁああぁああっ!」
でたらめに当たるバットに、バケモノが少しずつ後ずさるけれど、それも少しだけだ。後ろからくるバケモノたちの足は、止まることがない。雪ちゃんの振り回した袋の中身は、水が入っていたみたいで、ぼぐっ、と音を立ててバケモノの足を遅くしている。
だけど、足りない。
「そうだ、これで!」
道端にあった工事現場のお知らせの看板を、取り外す。一抱えもあるそれを何とか持ち上げて、
「でぇやっ!!」
と、投げつけた。
がしゃぁん、と大きな音を立てたそれが、バケモノにぶつかり地面に落ちる。足を引きずるように歩いてくる彼らは、それに引っかかって躓いた。次々とバケモノ同士が重なり合い、山となっていく。
「っ、今のうちだ!!」
私が叫ぶと、留美がことさら大きくバットを振った。楓は傘を突き出して、バケモノを遠ざけるように突き刺す。
そして少しだけ、道が開いた。
路地を抜けると、広い道に出る。だけどそこも……、事故で横転した車や逃げ惑う人々、それを襲うバケモノの群れで満ちていた。火事が起きて、青空が赤く焼け焦げているかのようだ。
少しでもバケモノが少ないところを進むために、私たちは歩道からそれた道を行くことに決めた。
「どうしよう……!」
雪ちゃんが悲鳴のような声をあげて、なんとかよじ登った階段の上で泣きそうになっている。
「行くしかないよ!」
固いジーンズのジャケットを羽織った留美は、ぎゅっと金属バットを握り締めた。彼女のフルスイングが、バケモノの頭に直撃する。でもそれは、とても力のない一撃で、バケモノは少しふらついた程度だ。
「行くしか、ない!」
留美はまるで、自分に言い聞かせるように言った。
楓が落ちていた傘を、見よう見まねで槍のように突き出す。バケモノの心臓にそれが当たって、バケモノは階段から転がり落ちた。人じゃないのに、まるで人そのものの形をしている。だから、心が、どんどん、痛くなる。
「前の方、手薄になってるっ! 急ごうっ!」
いつの間にか、楓が先に走り、雪ちゃんを真ん中に私と留美が後ろを守るという形になっていた。雪ちゃんは袋を捨てて、途中で拾ったプラスチックの看板を使って、バケモノを押しのける。
少しずつ、でも確実に、私たちは前へ進んでいた。
街の出入り口である、山越えの道路へ進んでいる。
けれど街の中には……あまりにも多くの、バケモノが居た。積み重なる死体、でもそのすべては死んでいるけど、生きている。生きているけど、死んでいる。
「楓ちゃん、危ない!」
ふいに、雪ちゃんが楓を突き飛ばした。
「雪ちゃん!?」
何が起きたかと思って振り返ると、雪ちゃんがうずくまっていた。楓も留美も、私も何が起きたか分からないし、何が危なかったか理解できなかった。
「……みんな、行って。私、ここで、足止めするから」
雪ちゃんの言葉に、私たちは立ち尽くす。
「そんな、なんで!?」
30体近いバケモノが、ゆっくりとこちらへ向かってくる。足を引きずり、体をきしませ、呻き声をあげている。雪ちゃんはそちらを向くと、手に持つプラスチックの板を、震えながら持ち上げた。
「ごめんね、ごめんね」
泣きじゃくる彼女は、真っすぐに、バケモノの方を見つめている。
そして私は、気が付いた。雪ちゃんの、足だ。右のふくらはぎがざっくりと避け……血を、流している。肉の間から、白い骨のようなものも見えた。
傍らにある横転した車の扉のとがった部分に、真っ赤な血がついていた。
「まさか、あの車のとがったところから楓を庇ったってこと……?」
雪ちゃんはこちらを、振り返らない。
「いいから、行って!!」
悲鳴を上げて、彼女が板を振りかぶった。それはバケモノを打つと同時、彼女への注目を集める。ゆっくり、少しずつ、彼女は片足で跳び跳ねるようにバケモノへ近づいた。
反対に私は、叫んだ。
「雪ちゃんっ!!」
嫌だ。雪ちゃんも、進めるはずだ。
「悠ッ! 戻っちゃだめだっ!」
私を怒鳴りつけながら腕を取る留美に、思わずもがく。
「大丈夫、雪ちゃんも進めるっ! 一緒に行けるっ!! だって怪我してるだけじゃないっ!!」
「そうだけどっ、そうじゃないんだっ!」
「一緒にいなきゃっ! ゆきちゃん、ゆきっ!?」
私の顔の横を、唸りをあげて板が飛んでいった。
「いいからいけよ、いっでよ゛ぉ!!」
荒々しい声を精一杯に張り上げて、雪ちゃんがこっちを見た。
泣いていた。
「いいから、いって、おねがい、いきて……!!」
彼女の首を、バケモノが噛む。彼女の腕を、バケモノが引きちぎる。
「おいしいでしょ……! わたしを、たべて、まんぞくしてよ!!」
雪ちゃんは自分から、バケモノにしがみついた。彼女の体に、次々とバケモノが群がる。
「行くぞ!!」
留美の手が、私を力強く引っ張った。つんのめるように、私は前を向いた。雪ちゃんから怒鳴られたこと、バットを投げつけられたこと、そして自分から食べられに行ったこと。
その全部が、私の頭の中で渦を巻く。
(わたしが、にげていれば、ゆきちゃんも……)
留美のバットが、出てきたバケモノを殴りつける。私のカッターナイフはどこかへ行ってしまい、今は手に何もなかった。