87、つかの間というもの
人混みの中歩いているリルルは、「どこか座れる場所がいいな、」と呟いた。短時間とはいえ、ラウラの為に夢の鍵を使っていた。少しだるい気がする~とマックスの腕に額をこすりつけた。
リルルが甘えてくれていると思うと、マックスは気分が良かった。このまま抱きしめて連れて帰りたい、と思っても我慢する。
「リルル、では、そこにある店に入ろう、通りに面しているが、食べられる場所もある。」
屋台や軒先で対面販売をしている店が立ち並ぶ中、オープンテラスにテーブルと椅子が並べられているおしゃれな店には誰も人が入っていなかった。入口の看板には『レナータ』とある。
こういう店は昼間やった方が儲かるんじゃないの、とリルルは思いながらマックスに従った。奥の方にいる店の者に声をかけて、リルルたちは店の中の席に座った。奥の方の5人掛けの丸テーブルにリルルとマックス、通り側の隣のテーブルにケイティと騎士たちが二つのテーブルに3人と2人で分かれて座った。
「お客さん、ここは食事と紅茶の店だ、流行りの海産物を扱ってないけどいいのかい?」と、白いコック服姿の若い男性が出てきて腰に手をあててリルルたちに尋ねた。
「ええ、それでいいわ。いいよね、マックス?」
「ああ、想定済みだ。この店の売りは魚介類のパスタとフルーツティーだ。どっちもリルル、好きだろう?」
「わあ、素敵。マックスは何でも知っているのね?」
「この街の店のことはある程度把握している。」
「では、それをお願いね。人数分、よろしくね。」
「お、おう、」コックの男性はリルルたちの7人分のお茶とお絞りを持ってきたコックと給仕係にオーダーを伝え、奥の厨房へと去って行った。
「あれ、あの人たち、顔が似ているから兄弟なんじゃない?」
年の頃は20代半ばから後半、と言ったところだろうか。
「兄弟でお店をやってるって素敵ですね、」と、隣のテーブルに護衛の騎士たちと座るケイティが頷いている。
「で、リルル様、海鮮団子は? チーズボールは?」
「ごめん、ケイティ、帰りにお土産に買って帰ろうよ、」
リルルが苦笑いをすると、ケイティは微笑んだ。
「お土産、大歓迎ですわ。なんだか貸し切りみたいなお店ですね、」
「こういうお店だもの。朝市で買い食いで食べ歩きとは、また趣旨が違うと思うわ。」
リルルが首を傾げていると、マックスが、「私たちを知らないような印象だったな。リルルの理想的な店なのではないか? お忍びで食べ歩きがしたかったのだろう?」と笑う。
「そうね。この街に来ると、女将さんと海鮮団子がセットになってしまってたもの。悪い人じゃないし、女将さんは好きだけど、この街にはまだまだお店は沢山あるでしょ?」
リルルが肩を竦めると、騎士たちは小さく微笑んだ。
彼らは海鮮やの女将を知っていた。以前は公爵家や貴族と聞くと警戒心をむき出しにした印象だった街の者たちは、いつの頃からか『若様のお帰りは、』『御忍び歩きは、』とすり寄ってくるようになっていた。理由は王女と若様の食べ歩きだろうと彼らは見当をつけていた。
「あの、騎士の皆さんに質問なのですが、よろしいかしら、」とケイティは手をあげて、同じテーブルに座る騎士たちを見た。
「海鮮団子って皆さんもう、食べたことがおありになるの?」
「ええ、街で噂になっているものは、たいてい試してみますからね。」
「それにあれは持ち帰れるので、夜勤の仲間に差し入れすると喜ばれるのです。」
「へえ、チーズボールは?」
「あれも一通り試してみました。公爵様は粉糖掛けがお好みですが、私たちの間でも、ブランデー派や蜂蜜派、バター派やジャム派など色々いるんですよ? 私は、バター派です。」
「ブランデー派です。母が喜ぶのです。」
「ちなみに私は何もかけない派です、」と一人の騎士が手をあげる。
「そうか、私はリルルと食べたシロップが一番うまかったな、」とマックスも意見を言った。うんうんと頷く騎士もいて、リルルは実は私も粉糖派だわ、とこっそり思う。
「リルル様、それは是非、お土産を制覇して帰らなくてはいけませんね、」
鼻息荒く言うケイティに苦笑いをしていると、奥の方から両手にパスタ皿を持った先程のコックたちがやってきて、「お待ちどおさま、」と笑った。
「あんたたち、見かけない顔だな、異国の人かい?」
それぞれが自分の前に魚介類のパスタとフルーツ紅茶を受け取っていると、コックの一人が尋ねた。観察すればするほど、3人は兄弟なのか、顔つきがよく似ていた。上と下が料理人で、真ん中が給仕係って感じね、とリルルは思った。
身分を言うのも面倒なリルルは「ええ、そのようなものよ、」と微笑んだ。
「そうか、まあ、楽しんでいってくれ。この店は昼までこんな調子だ、せいぜいゆっくりしていってくれていいぜ、」と兄コックは拗ねたようなことを言うと店の奥へと帰っていった。
「なんですの、あれ、リルル様にあんな口の利き方をして、」とケイティが悔しそうに言うと、「まあまあ、おかげで身分がバレていませんよ、ケイティ様、」と騎士が慰めた。
思ったよりも普通に美味しいパスタにリルルは満足して、思ったよりもきちんと味の出ているフルーツティーの香りを楽しんだ。この味は蜂蜜と、オレンジとレモンとグレープフルーツ? 絶妙なバランスに、リルルは舌を巻いた。なかなかやるわね~。
機嫌が良さそうな表情のリルルを見て満足そうな表情をしているマックスに、ケイティや騎士たちはほっと安堵していた。
マックスがここ数日、どれ程忙しくしていたかをこの者たちは見て知っていた。すべてはこの時間の為に若様は奔走されたのだなと、納得もする。
パスタ皿を片付けに来たコックたちは、手にデザート皿を持っていた。
「これは新年の最初の朝市の御祝儀みたいなもんだ、まあ、食べてやってくれ、」
「あら、これは?」
「街で流行りのチーズボールだ。なんでも若様とお姫様が考えなさったそうだよ、眉唾もんだがな。この店はチーズとレーズンを入れてるんだ。」
「あなたたちは祝祭に行ったの?」
ケイティが試しに聞くと、兄コックは、「仕事してたよ、」と笑った。
「広場には限られた人数しか入れないだろう? 行き場のない観光客相手に店を開けてたよ。」
「地方から来た奴らに、新年の祝いに安い値段で居場所を提供してたんだ。」
3兄弟の屈託のない笑顔に、リルルは目を細めた。そういう優しさはありがたい。
「へえ、素敵ね。この紅茶も美味しいし、このお店は丁寧なお仕事をしているお店なのね、」
「あったりまえだ。この街でやっていくにはそれなりに技量がいるってもんよ、」
兄コックは鼻高々といった顔で言った。
「でもな、よくわからないもんもたまに掴んじまうんだ。お客さん、異国の人ならこれが何なのか知ってるかい?」
コック服の脇のポケットから彼が掴み出したのは、唐辛子の束だった。
「王都の貴族の間で流行ってるって聞いて、南の方から来た商人から買ったんだが、なんだかよく分からなくてな。異国じゃ、こういうもんを食べるのかい?」
オルフェス領からもう商人が出ているのね、とリルルは驚いた。使い方を知らせないまま売ったって仕方ないだろうに、と思う。
「リルル、」
「リルル様、」
品薄な状況を知っているマックスとケイティが、リルルを見つめている。3兄弟はリルルたちに興味津々といった様子だった。
「ええ、知っているわ。あなた、これを誰から買ったのか覚えている?」
リルルは真顔になって尋ねると、3兄弟はお互いの顔を見合って首を傾げた。リルルやマックスたちの真顔も気にならないようだった。
「何て名前だったかなあ、南方の、え…えと、ナントカ領から来た流れの商人だって話だったよ、この前、王都の師匠の店に行った時に一緒に会ったんだ。」
「えと、ナントカ領? 南方の?」
そんな領あったかなあとリルルは思った。品薄なオルフェス領からどうやって流出したのか知りたいなとも思う。
「顔は覚えている? 名前は?」
「顔? ああ、顔色悪いな、変な匂いさせてんな、本当に商人なのか?って思ったよ。太っているのにすばしっこい印象だったな。名前? 聞いたかなあ、」
「あなた、よくそんな怪しい人から食べ物を買うわね?」
「師匠の店だったし、師匠は知っているみたいだったからなあ。で、お客さん、これは何なのか知ってるのか?」
「唐辛子。紙と書くものを貸してほしいわ。食べ方も書くから。」
「これは食べ物なんだな? それだけはあってたのか、」と、兄コックは弟たちを見て頷いた。
弟コックから手渡された紙と鉛筆で、リルルがテーブルの隅で黙々とレシピを絵付きで書いていると、マックスが兄コックに尋ねた。
「これは高い買い物だったのか?」
「ああ、軽く一日分の売り上げを超えるような値段だったな。」
両手を使った指数字で、ざっくりとした金額をマックスに伝える。マックスは案外この店は繁盛しているのだなと感心もする。
「…そんな高価なものを、お前たちの師匠は買ったのか?」
「いいや、師匠はまた今度にすると言って笑ってたよ。若い者は冒険したがるなあ、と笑われた。」
だろうな、とマックスは思った。オルフェス領の商会の正規のルートで買うとそんなに高額にはならないだろうに、とも思う。でなければ、唐辛子がその値段なら、トリュフは何日分の売り上げになるというのだろうかと苦笑いをする。
「できた、これ。ペペロンチーノ。」
「本当に、ベーコンとにんにくと唐辛子と黒胡椒だけなのか?」
「ええ、唐辛子の保存は綺麗な麻袋に入れて吊るしておいたらいいらしいわ。」
「お城では、ベーコンの代わりにトリュフを使うんですよ?」とケイティが得意そうに言った。
「そうか、トリュフはアレナージュ領の特産だろう? 高額でなかなか手に入らないんだよな。」
「まだまだ庶民には、手が出ない値段なんだよな~、」
「お客さん、もしかして食べたことがあるのかい?」
ケイティは得意そうに胸を張った。
「トリュフのペペロンチーノとから揚げとビールは、最高なのよ、」
「おう、旨そうだな、兄さん。これ、早速やってみようか、」
「お客さんたち、まだ時間あるだろう。ちょっと待ってな。」
3兄弟は嬉しそうにリルルのレシピを持って、厨房に行ってしまった。ケイティは首を竦めて謝った。
「すみません、リルル様…、」
「大丈夫よ、ケイティ。マックス、まだ時間は大丈夫?」
「ああ、私は問題いない。王都から来る方々のおもてなしは、父がするだろうしな。」
「私たちはリルル様の気が済むまでお付き合いするようにと、言付かっております。大丈夫です。」
騎士たちはにっこりと微笑んだ。
ケイティの顔色を窺うと、ケイティは黙って頷いていた。
「そう、なら良かったわ。マックス、私はまだ大丈夫よ? 」
「私はリルルが楽しければそれでいいと思っている。何も問題はない。」
騎士たちは厨房から漂ってくるいい香りに心を動かされたのか、嬉しそうに頬を緩めた。
「昨日の今日の任務なので、ハラハラしていましたが、こんないい思いをさせていただけるとは…!」
「道理で前回の若様たちの街歩きに同行した者たちが、立候補までしてやりたがったわけだよな、」
「いえてる。くじ運強くてよかったな、俺たち。」
ケイティはにやにやしながら若い騎士たちの話を聞いていた。
「この街でペペロンチーノが食べられるようになったら、酒場はもっと楽しくなるわよ?」
騎士たちは顔を見合わせると、小さく頷いてケイティに尋ねた。
「ケイティ様はあのサミラ様の姉上なのでしょう?」
「ええ、私の大事な妹よ?」
「あの方は凄いですね。女性なのに王都まで馬を走らせて…、」
「乗馬の腕は確かだし美人だし、あの領官は惚れてるみたいで、最後まで自分が代わりに行くと言って馬に乗らせないように説得していたよなあ、」
「それでも行くって言いきって、これが私の仕事ですからと言ったあの時の顔、美人だったもんなあ、」
「王都の屋敷から護衛で出た者と領官が帰ってきましたが、王都の周辺はあの日、雨が降っていたそうですよ。その中を駆け抜けたのだとか。話を聞けば聞くほど、女性にしておくにはもったいない度胸をお持ちだ。」
「え、ハンスと騎士はもう帰ってきたの?」
リルルが驚いて尋ねると、「今朝がた、王都からの知らせを持った早馬で帰ってきました、」と言った。
マックスが聞いたという早馬の気配とはハンスたちだったんだわ、とリルルはマックスと顔を見合わせた。
「役目を終えて、宿舎で眠ってるんじゃないでしょうかね、」と騎士たちは微笑んだ。「王都からの早馬で夜道を飛ばしたんでしょうから、」
「お土産に海鮮団子やチーズボール、買っていこうかしら、」とリルルが呟くと、「泣いて喜ぶと思います、」と騎士たちは大きく頷いた。
「お客さんたち、待たせたね、」と店の厨房から、大皿に盛ったパスタと大皿に盛り上げたから揚げを手にした弟たちを従えた兄コックがやってきた。
取り皿をリルルたちに配ると、トングでそれぞれに取り分けてくれた。自分たちの分も取り分け、炭酸水を手に「今年の一年の良い始まりに、乾杯、」と笑った。
「お客さんの書いてくれた通りに作ってみたんだが、いいね、これ。ペペロンチーノ、この店からこの街で流行らせよう、」
「お城では、パスタの代わりにブロッコリーでペペロンチーノも作るのよ?」
ケイティはにやりと微笑む。
「へえ、お客さんはお城に詳しいんだな。あんた美人だし、お城に行ったことがあるんだね、」
ケイティは働いてるから、とリルルは突っ込みを入れそうになったけれど黙っておいた。
「まあね。ではいただきましょうか、」
ケイティが小さく頷いて、リルルに目配せした。そういう話はしないというつもりなのだろう。
ペペロンチーノはやっぱり辛くて、リルルはターニャが作った牛乳飴が欲しいなと思った。
「ウマ辛いね、これ、」
「ほんとだ、合う!」
コック3兄弟たちは嬉しそうに感想を言いながら食べている。
騎士たちも口合うのか、パクパクとから揚げとペペロンチーノを食べていた。
この国では料理に刺激物を使うのは珍しい。この人たち、ワサビを知ったらどんな顔するのだろう。どこかで探してみたいな…。リルルは悪戯っ子のようににやりと笑った。
「ビール、飲みたい気分よね、」とケイティがしみじみ言うと、「仕事上がりにまた来たいですな、ケイティ様、」と騎士たちは笑った。
マックスはこういう味が好きなのかさっさと食べてしまい、コック兄にお代わりを盛ってもらっていた。
「あなたよく食べるわね。」
「リルルと一緒だからな、」
「奥さん、いい旦那さんを持ったよな。男前だし、何より羽振りがよさそうだ。」
マックスの身に着けているものを見た感想なのか、兄コックがマックスを褒めた。オープンテラスなのでコートを脱いでいないのによくわかるわね、とリルルは思った。そういう客層な店なのかもしれない。
「デザートも、これに合わせて考えた方がいいかもしれないね、兄さん、」
「ああ、甘いものが欲しくなる味だな、」
から揚げもペペロンチーノもあらかたなくなってしまった大皿を前に、3兄弟たちは相談を始めた。
「この街の港町は、面白いことが好きな連中ばっかりだもんな。食べ歩きや食べ比べが始まったときは良いなって思ったけど、俺らみたいな椅子に座って落ち着いて食べられるものを売る店には、縁のない話だからな。」
「そうなんだよね。若様もお姫様もお忍びでお出ましになるって言ったって、お会いしたこともなけりゃ、お見かけしたこともないもんな。コーヒーを扱い始めた店も出てきたけど、この店でやるにはちょっと冒険だよなあ。」
その若様とお姫様はここにいるわよ、とケイティは言いそうになって、リルルたちが苦笑いをして聞き流している様子を見て黙った。
「リルル、何か思いついたか?」
何度か瞬きをしてリルルは、コーヒーに弟がホイップした生クリームをスプーンでコーヒーに浮かべてご機嫌な姉リルルの姿を思い浮かべた。記憶の中は暑い夏でセミの鳴き声が聞こえ、二人は団扇を仰いでキッチンに立っていた。夏休みの実験のような娯楽だった。
「ええ、あのね、お兄さん。コーヒーってそのままだと苦いの。だから、ウインナコーヒーって言って、生クリームをコーヒーに浮かべて食べたりするのよ?」
「お客さん、何言ってるんだ?」
「コーヒーって飲み物だろう?」
呆れたような弟たちとは違い、兄コックは黙ってリルルを見つめている。
「こういう普通のカップに、コーヒーを淹れて、その上に泡立てた生クリームを蓋をするように浮かべるの。生クリームにお砂糖を混ぜて甘くしてね。」
ふむふむと、兄コックは小さく頷いている。イメージ出来た様子だった。
「だいたい、ウインナって何だ?」
「異国の言葉で『勝利者』っていうのよ?」
「へ~、いいな、勝利者か、」
3兄弟は嬉しそうに目を細めた。
「コーヒーも、手に入るのならやってみたら?」
「それは大丈夫なんだ。この前、粉砕済みを一袋買ったからな。」
得意そうな兄コックが腰に手を当ててふんぞり返る。「一袋で売り上げ1日分もしたけど、それなりの価値があるだろう。」
それは妥当なのかなとマックスを見ると、マックスは小さく頷いている。一袋って何杯分のコーヒーが作れるんだろうとリルルは思った。
「あなたたち、何でも買ってみるのね?」
「ああ、それが楽しみで食いもん屋をやってんだ、」
兄コックがふんぞり返り、「あんたたち、いいお客だからまた来なよ。今度はウインナコーヒーってやつを特別に作ってやるぜ、」と笑った。
「そうね、またいつか来ようかな、」
リルルがマックスを見ると、マックスは優しく微笑んで「ああ、いいよ、リルル。一緒に来よう。楽しみにしている、」と笑った。
※ ※ ※
騎士の一人が「経費ですから、」と会計を済ませ、リルルたちは店を出た。会計の時にケイティが「レナータって恋人?」と尋ねると、「うちのお袋、」と兄コックが笑っていた。ケイティはついでに師匠の店についても聞いている。「星空亭。王都にある。王都で一番うまい店、」と兄コックは得意そうに笑った。
「ほんとに?」とケイティがにやにやと笑うと、「今度お客さん、王都で一緒にデートするか?」と軽いノリでデートに誘われていた。「王都に来てくれたらね?」とケイティは笑って聞き流している。
さすがケイティ、人心把握が尋常じゃないわ、とリルルは感心して聞いていた。
「美味しかったね、マックス、」
リルルは手をつないだマックスの顔を見上げた。
「ああ、リルルは歩けるか?」
「大丈夫。お昼は食べられないかもしれないけど、ね、」
リルルは後ろを歩くケイティを振り返った。
「ケイティ、海鮮やは港の市場の奥の方だから、まだ先なの。歩けそう?」
「大丈夫です、私もお昼は無理かもしれませんが、」とケイティはおなかを擦りながら苦笑いをする。
護衛の騎士たちはリルルたちの歩く前後を警護していて、「旨かったな、」と話しながら歩いていた。
このまま、何も起こらないといいわね、とリルルが思いながら歩いていると、市場の混雑する人混みの中から、「リルル様ー!」とリルルを呼ぶ声がした。
人混みの向こうの方で手を振っているのは女将で、海鮮やの若い者たちもいた。
「え、もう見つかっちゃったのかしら、」とリルルがマックスを見上げた。「海鮮やって、まだ先よね?」
「ああ、待ちきれなかったのかもしれないな、」とマックスは笑った。
「リルル様のお姿はみんな知っているのに、お名前を聞いても気が付かないのですね、」とケイティは不思議そうに言った。
「ケイティ様、王女殿下のお名前を存じ上げていても、まさかご本人が歩いているなんて誰も思いませんよ、」と騎士の一人が言う。
「あの馬車に乗られて微笑まれておられたお姿の印象が強いですからね、」と、他の騎士も頷く。
そういうもんなのかな、とリルルは思ったけれど、黙っておいた。この国では本名の他にあだ名がある者が多いので、リルルと呼ばせている者ならいくらでもいそう、とは思う。
マックスはリルルを見つめて、今日は私の新妻のリルルなのだから、誰も近寄りはしないさ、と思いながら微笑んだ。
ありがとうございました




