82、選んでいるように見せかけているもの
パーティがあって興奮していても、眠いものは眠い。
リルルがソファアでうとうとしていると、灰色のナイトウェアを着たマックスと似たようないでたちのヴァルターもリルルの客室に現れ、リルルを挟むようにソファアに座った。リルルはとっくに入浴を済ませてピンク色のもこもこしたナイトウェアに着替え、茶色いナイトガウンを羽織っていた。
3人で時計を見上げ午前0時に始まったリルルの公務は、リルルを挟んでヴァルターとマックスと3人で乾杯する事から始まった。リルルにすれば奇跡的に起きている時間と言えた。
いつもならとっくに眠っているもの、めちゃくちゃ夜ふかしだわ。
あまり深く考えずに請け負った公務だけれど、これって未成年がしなくてはいけないことなのかしら、と、炭酸水を飲み終えリルルは首を傾げた。一緒に過ごすだけと言っても、相手はヴァルターだよね…。
同じ部屋で寝ると考えるからイヤラシイ意味に思えるのであって、同じ時間に同じ建物にいると考えれば、遠く東方の国の宮殿で過ごしたこともあるし、マックスと過ごした夜もあるし、同じ公務と言える…? 違う気がするなあ…。
リルルはどうか紳士でありますようにと思いながら、目の前の二人の男性を見比べた。
乾杯を済ませた後、ヨネアに「今年もありがとう。良い眠りを、」と感謝を伝え暇を取らせ、簡単にグラスを片付けてリルルはヴァルターの前に立った。
「あのね、ヴァルター。私の一日に寄り添うだけって約束よね? 私は眠りたいの。でも、何もしてはダメよ?」
マックスがいるところでおかしなことはしないだろうと思うけれど、マックスと一緒に私におかしなことをし始めたら、私は逃げられなくて終わりだわ。鍛えている体つきから考えても、二人とも腕力があると思う。
「夫婦なのだろう? おやすみのキスぐらいは?」
ヴァルターはマックスがいるのを気遣ってか、この国の言葉で話をしてくれていた。
夫婦でもおやすみのキスをするとは限らないと思うわ。
「夫婦なんて設定は知らないわ。もうそういうのは面倒だからやらないわ。じゃあ、お休み。」
眠いので寝ることを優先したい。半目で睨みながら、リルルはヴァルターを一瞥して言い切った。
「同じベッドで寝てもいいのだろう?」
そうだったかな?
「3人で?」
できれば一人で眠りたいわ。
「寝れないこともないだろう?」
寝るんだ、やっぱり。
「どうやって?」
まさかの川の字状態? リルルは姉リルルの知識で『川』の字を思い浮かべる。
「リルルを真ん中にすればいい。」
ああ、やっぱり。
眠いリルルは自分が安眠するにはどうするのが一番なのかを考えた。
「二人でベッドを使って? 私はそこのソファアで寝るから。」
男性二人で新しい世界を見つけちゃってくださって結構よ、と心の中で意地悪く応援したりする。
「それは困る。」
お客様にベッドを譲ることの何が困るのかしら? と思えたリルルは、ヴァルターに付き合うのが本当にどうでもよく思えてきた。
公務扱いになっているということは、お父さまとのなにかしらの約束があるはずで、ヴァルターはその内容を隠したまま私に譲歩させようとしているのだわ。
私が言った最低限の譲歩が基準になるのだろう。迂闊なことは言えないわ。
リルルはそう状況を理解して、自分の妥協点に合わせてもらうことにした。
「そうね。一緒に三人で眠るなら、条件があるわ。何もしなかったら、朝、おはようのキスを頬にするわ。何かをしたら、存在を無視するわ。いいかしら?」
無視される程度でいいならすることをしよう、なんて思いませんように!
寝ているリルルに何かをしても、本人が気が付かなければしてないのと同じだろう? とマックスもヴァルターも思ったけれど、自分の目の前でそれをこの男がするのかと思うと腹が立ってくる。
気が付かない程度で、目の前の男を刺激しない程度の接触か…。
「わかった、何もしない。一緒に寝よう。」
「私も何もしない。リルル、それでいいだろう?」
リルルを味わうのは自分だけでいいと思う二人だからこそ、リルルは身の安全を保障されることになった。
手を組んで二人掛かりで、と二人が言い出さなくて良かったと思った。
約束だからね。二人で共闘なんてしないでね!
二人の顔を見比べて安心したように微笑むと、リルルは部屋の灯りもつけずに主寝室へと入ってベッドの真ん中に仰向けに横になると、毛布も掛けずにあっさりと眠りについてしまった。
部屋の入口のランプの灯りを絞って、マックスは警戒しなさすぎだろう、と苦笑いをした。
「私の眠り姫はまだまだ子供だな、」
ヴァルターは眠るリルルの頬をそっと撫でた。
何も知らないくせに何を言っているのだろう、とマックスは少し腹が立った。でも、リルルの秘密を打ち明けるわけにはいかない。この男が眠るまで神経を尖らせている必要がありそうだなと思う。
リルルの傍に横になりそっと毛布を掛けてやると、マックスは自分用の毛布を胸に掛け天井を見上げた。
明日は、警備の手配を寄港しているこの国の軍艦の軍人たちにも、正式でなおかつ秘密裏に要請する必要がある。父には警備計画の変更の話はしてあった。
あとは、どうやってヴァルターを守るかだった。
「ヴァルター殿も、明日は忙しいだろう。少しでも休息されてはいかがだろうか、」
「ああ、そうさせて貰おう、」
ヴァルターが薄暗がりでリルルの顔を見つめながら、横になっている気配がした。
「この姫は、君のものになるのか?」
私のものになってくれるのだろうか。マックスは少し考える。
愛を囁いても、リルルはなかなかうんと頷いてはくれない。
ミハイルとティンカードと自分なら、一番リルルにとっていい条件なはずの自分を、リルルはいまだに選ぼうとはしない。
理由は何だろう?
まさか、時見の巫女だからと誰をも選ばないつもりだろうか。王女として生きる幸福な未来を諦めているのだろうか。
そう思うと、選ぶ選ばないよりも、やるせなさが募る。
「…そうなってほしい。」
「私が連れて行ってしまうから、まあ、無理だろうけどな、」
この男を夢の通りに始末してしまおうか。イラっとして閃いた自分の心の声に、マックスは息を飲んだ。
ああ、時見の巫女の見る夢は、未来を変えることが出来ても、変えないことも出来るのだ。マックスは気がついて、だから、時見の巫女は秘密の存在なのだと納得した。
誰もが自分の利益の為に未来を変えないと選択し始めると、時見の巫女は本当に未来を見るだけの存在になるのだろう。
一人悲しい夢を見ているリルルが可哀そうに思えてならなかった。
傍で手を取って、一緒に生きて、楽しい夢を見させてやりたい。
やがて、ヴァルターの寝息が聞こえ始めた。リルルに背を向けて眠っているヴァルターの後頭部を見て、自分はこの命を守る選択をするのだと心を強くする。すやすやと眠るリルルのおでこにそっとキスをして、安心したマックスも眠りについた。
※ ※ ※
リルルはカーテンを開けるマックスの後ろ姿を見て、ここはグロケット城なのねと思いながら眠い目をこすった。
夢の中の自分の部屋に尋ねてきたラウラと話をしていたリルルは、今日、王城から父ヨハネスの書状を携えた勅使がやってくると知っていた。
昨夜王都の王城に到着したサミラが届けた手紙を見て、緊急の会議が行われたのだと聞いた。リルルの夢はおそらく新年の祝祭で国歌を歌う領のどこかで起こり、王城は対象ではないだろうという結論になったそうだった。
いくつかあるその対象にグロケット領の祝祭も含まれるため、伝令が届けられるのだという。
リルルもきっと驚くわよ? と去り際に言ったラウラの言葉が忘れられないまま、リルルは目覚めていた。
隣にはリルルに背を向けたまま眠っているヴァルターがいて、自分は昨晩眠った時と同じようにナイトウェアを着ていてナイトガウンを着たままだった。胸にかけられた毛布は、誰が掛けてくれたのだろう。とても暖かかった。
「おはよう、マックス、」
小さく呟いてリルルはベッドを降りるとマックスの傍に立った。マックスは目を細めてリルルを見つめている。リルルは手を伸ばして首を抱きしめて、「キスして?」と囁いた。マックスはリルルの腰を抱きしめ、二人は見つめ合うとそっとキスして、小さく微笑んだ。暖かい。生きている暖かさだと思う。
朝日の中に立つリルルの顔色はよく、これなら一日一人にしておいても大丈夫そうだなとマックスは思った。
「リルル、起きたか、」
二人で寄り添って並んで窓の外の澄み切った青空を見ていたリルルは声に振り返り、「ヴァルター、おはよう、」と答えた。
「今日は昨日よりはいいお天気よ?」
「リルル、近くへ来い、」ヴァルターは機嫌が悪そうにリルルに手招きをした。「まだ時間はあるだろう、ちょっと付き合え、」
「寝なおすの?」
近寄りたくないな~と思い、リルルは動かないまま尋ねる。
「二度寝は最高だ、」
確かに。苦笑いをしたリルルをマックスが見つめていた。
「行っておいで、リルル。私は少ししなくてはいけないことがある。」
マックスは朝だというのに、もう頭がしっかり働いているような表情をしていた。「公務だものね。判ったわ、」とリルルは頷いて、「朝食は一緒に取れそう?」と尋ねた。
「ああ、待っている。着替えてからおいで?」
「ええ、また後で、」
マックスが寝室からも客室からも出ていってしまった気配がして、リルルはヴァルターと二人残されちゃったわね、と思った。
ヴァルターはベッドに寝そべったまま、リルルに手招きをした。
「一緒に眠ろう?」
二人でいる時は遠く東方の国の言葉なのかしら。リルルは頭を切り替える。
「私は着替えたいかも。もう起きて、朝食を取りたいわ。」
一緒に眠るって危険な香りがするの、とリルルは本能で感じ取った。
ベッドに腰かけてヴァルターの傍で、リルルは首を傾げた。そういえば、今日って朝市ってやっているのかな。朝市って、年が明けたらいつから始まるんだろう。
「ねえ、ヴァルターって、朝は訓練とかしないの?」
マックスは道場で鍛錬していると言っていたことがある。
「しないな。昼間の、そうだな…、時間がある時にする程度だ。」
「武術とか、剣術とか?」
「ボクシング。母国では盛んだ。こっちでは聞かないな。あとは基本の体力作りだな。」
「ボクシングかあ…、」聞いたことないかも。
「褒美が欲しい、リルル。約束しただろう?」
リルルを見上げて微笑んで、ヴァルターはねだった。
「そんなこと約束したかしら?」
「はぐらかす気か?」
くすくすと笑ったリルルの腰を捕まえる。
「ああ、したな。私にすべてを許すと言った。」
そんな約束するくらいなら、お父さまとの約束の清い関係の維持は初めから反故じゃないの。
「おはようのキスを頬にするだけと言った気がするけど?」
「ほらみろ、約束しただろう。さあ、キスを、」
ああ、私にキスすると言わせたかったのね。
仰向けに寝転がっているヴァルターの胸に手を添えて、リルルは軽くキスを頬にした。そのまま抱きしめられて、巻き込まれるようにベッドに仰向けに転がる。
「リルル、今日は一日、私が夫なのだろう?」
夫だからって朝からこんなにいちゃついたりしないと思うの。
「空気の間違いでしょう?」
リルルは静かに言った。ヴァルターはリルルを見てニヤリと笑う。
「空気は口に含むものだな。こうやって、な、」
顔を近付けてきたヴァルターから顔を背けて、リルルは「嫌、しないわ、」と口を隠した。
ヴァルターはにやりと笑うと、リルルの頬に唇を寄せて、ナイトガウンの中に手を滑り込ませてナイトウェアを捲り、体のあちこちをまさぐった。冷たい指がくすぐったい。
「もうキスはしてくれないのか?」
笑い出しそうになりながら、身を捩ってリルルは必死になって抵抗して、両手でヴァルターを止めた。
「ちょ、ちょっと、ヴァルター、そういうのは困る、」
くすくすと笑いながら、ヴァルターはリルルを抱きしめた。
「困った顔も可愛いな、リルル。笑った顔も可愛い。」
リルルはくすぐられ、ヴァルターに頬や首をキスされて、おかしくなって笑い始めた。
「一緒にいると楽しいだろう? 素直に身を任せればいいものを、」
あの手この手で攻めてくるのね。無理やりドキドキさせたり、無理やり楽しいと思わせたり。この人は錯覚させるのが上手い。
くすくすと笑っているうちに、何度となくヴァルターに顔中にキスをされてしまう。
「ヴァルター、もうやめて。今日一日、無視するわよ?」
心を操作して支配するような人に、屈したりなんかしない。友達にはなれるかもしれないけれど、ヴァルターはそんなものは欲してはいないだろうなと思う。この人が欲しいのは自分を愛してくれる人だわ。
「リルル、私の傍に来い。いつも楽しいことばかりが待っているぞ?」
ゆっくりとリルルの瞳を見つめ優しい瞳で柔らかく微笑んで、ヴァルターは、「キスをして、愛していると言ってほしい。リルル、」と囁いた。
卑怯な手段を使ってでも愛してほしい人なのかしら、ヴァルターって。無数に愛人がいるのは、多くの人から愛してほしいと願っているからなのかな。
「困ったわね。気持ちに嘘なんて付けないわ。」
いろんなことに気が付いてしまった以上、私はあなたを愛せないと思う。
「では、何と言える?」
自信満々な瞳に、リルルは憐れさえ感じ始めていた。きっと、恋の罠に落ちた私の心を手に入れているとあなたは思っているのね。
「…手を放して。自由にしてほしいわ。」
支配しようとする作戦からも、開放してほしい。
「そうだな、それが妥当だろうな、」
おかしそうに笑って、ヴァルターはリルルから身を離し、するりとベッドを降りた。
「今日は一日長い。仲良くやろう、私の姫。」
「すべてはあなた次第だと思うわ、ヴァルター。」
ちょっとイラッとしながらリルルが答えると、ヴァルターは手を降って部屋を出ていった。
リルルははだけたナイトウェアやナイトガウンを整える為に留まった。
すーっと深呼吸をした。
冷静に、私は王女として向き合おう。それが公務だもの。
自分の頭で考えれば、道なんていくらでも開けるわ。
※ ※ ※
リルルが寝室を出る頃には、すでに客室にヴァルターの姿はなくて、ヨネアが待機していた。
「おはよう、ヨネア、」
「おはようございます、リルル様。あの…、」
「なあに、」
にっこりを微笑んだリルルは、侍女の寝室から出てきたもう一人の侍女を見て驚いた。
「く、クグロワ?」
「リルル様、しばらくの間、私がサミラの代わりにお手伝いします。大丈夫です、ロックはリルル様のお心のままに動きますから、」
クグロワは優しく微笑んだ。
「マクシミリアン様から伺いました。昨日のこと、サミラのこと。ロックと一緒に。マクシミリアン様はリルル様の特別なお方なのですね。私たちはヨハネス殿下に忠誠を誓っています。大丈夫です。決してリルル様を怖い目には合わせませんから。」
「い、いつの間に…。」
ヨネアと顔を見合わせて、クグロワは「マクシミリアン様のお部屋で話をした時、聞いています。昨日、リルル様が見られた夢のことも…、」と小さく囁いた。
「今日はマクシミリアン様とロックが動いてくれます。リルル様はヴァルター様とお過ごしください。ヨネアがいれば、外敵からお守り出来ますから。」
ヨネアは神妙な顔をして、こくんと頷いた。
「クグロワはどうするの? 優雅な奥さまじゃないの?」
「今日は普通の侍女です。お気になさらずに。さあ着替えましょうか。」
リルルが大人しく鏡の前で着せ替え人形になっていると、クグロワは意気揚々とヨネアと一緒にリルルを着せ替え始めた。
朝食を済ませたマックスは、リルルたちに一言詫びると出かけてしまった。本当に別行動をとるようでつまんないわね、とリルルは口を尖らせた。
残されたリルルはヴァルターが望むので、グロケット城の温室へと向かった。
品のいい灰色のセーターにチャコールグレイ色のズボン姿のヴァルターは休日の貴族な雰囲気だったけれど、しっかりと鍛えた体に柔らかいセーターが少し違和感がする。軍服とかきっちりした服の方が似合うと思うわ、とリルルはこっそり思った。
リルルはヴァルターと衣装を合わせた訳ではないのに、くすんだピンク色の上品なニットのアンサンブルなワンピース姿で、色の色調が似ていた。髪はヨネアが丁寧に梳いてハーフアップにしてくれていた。
ちょっと変な気分ね。まるで休日の新婚さんみたいじゃないの。
「この領は、温室を作るのが好きなのか? 」
入るなりヴァルターは遠く東方の国の言葉でそう呟いた。
甘い香りの漂う温室の中は一貫したテーマが決まっているようで、大小さまざまな鉢に植えられているのは胡蝶蘭にカトレア、シンピジュームにデンファレと、華やかな蘭ばかりだった。
「このグロケット領の公爵の趣味は蘭か…、」
ヴァルターはひとつひとつを興味深そうに見つめた。
「まあ、シャークス公爵の趣味よりはましか、」
ヴァルターの独り言は、リルルの心に波風を起こした。どうしてアーリャの家族を悪く言いたいのだろう。
「あんな高額の楽器に比べれば、可愛いものだ。この花は、趣味と実益を兼ねているからな。」
「実益、ですか?」
楽器だって音楽会で披露していたわ、とリルルは思う。
「この蘭は贈答に使えるだろう? 広間に飾れば品の良い装飾の一部だ。大した演出だと思って見ていたが、そういうことだったのか、」
「昨日の会場にも、あったかしら?」
部屋の入口のあの蘭がこれだったのかな。違いが判らないので大して興味のないリルルは、ヴァルターと小道を散策しながら蘭を鑑賞する。
「なんだ、リルル、気が付かなかったのか? 私は覚えているぞ。」
意外に見てるのね。ヴァルターを見上げて、リルルは首を傾げた。
「もしかして、ヴァルターも花が好きなの?」
温室ばかりに行くのはそうだからなのかな。
「ああ、私はどちらかというと、薔薇だな。」
薔薇と聞いて、リルルは初等学校の中庭の薔薇園を思い浮かべた。遠く東方の国の宮殿の薔薇の迷路も思い出す。あれは趣味の悪い仕掛けだわ、と冷静に思えた。
「美しいだろう、あの花びらを一枚一枚摘まんで取っていくと、無防備にすべてがさらけ出される。着飾った女性もこんな風だなと思う。」
「悪趣味な発想ね、」そんな風に薔薇を見たことがないわ。
「リルルのあの赤いドレスは素晴らしかった。薔薇の花そのものだった。父上の趣味の良さに敬服したものだ。」
遠く東方の国で着たあのドレスのことだろうとリルルは思った。そんな風に見られていたなんて、今更だけど恥ずかしく思う。一枚一枚捲り取られなくてよかった~!
「今日のリルルは可愛らしい薔薇の蕾だ。手折りたくなる。」
ぶんぶんとリルルは首を振った。
「ならなくていいわ。大事に見守っていて?」
「そうだな。」
くすりと笑って、ヴァルターは空を見上げた。昨日とは打って変わって青空が高く澄み切っている。
「いい天気だ、リルル。今日が1月1日でなければ、どこかに一緒に出かけたかったな、」と名残惜しそうに呟いた。
昼食の時に顔を合わせたマックスはどこか緊張している様子で、ヴァルターと楽しそうに会話しながら食事するグロケット公爵や夫人とは、目を合わせようともしなかった。
昼食会が終わるなり部屋を出てしまったマックスを追いかけ、リルルはそっと近寄って捕まえた。
「マックス、何かあったの?」
リルルの心配そうな瞳を見て、マックスは優しく微笑んだ。
「何もない。何も起こさないつもりだから、心配するな、リルル。」
「そう…、」
「少し急ぐのだ。すまないな。」
「行ってらっしゃい、気を付けて、」
ごく自然に微笑んだリルルが手を振って見送ると、マックスは破顔して、「ああ、一日の終わりにリルルに会えるのがこれほど待ち遠しいとは、思ってもみなかったな、」と言って足早に去ってしまった。
何が起こっているのかよくわからないけど大変そうね、とリルルは思いながら振り返ると、ヴァルターがすぐ近くに立っていた。呆れたように腰に手を当てている。
「夫の私をおいて他の男と逢引きとはけしからんな、リルル。」
「夫でもないし、逢引きもしてないし、彼は私の婚約者よ?」
口を尖らせて先に歩くリルルに、ヴァルターは笑いを堪えながらついてきた。
ありがとうございました




