80、知識は身を助けるもの
※ 夢、あります。ご注意ください。
お昼前にヴァルターを乗せた遠く東方の国の軍艦が入港すると、歓迎のファンファーレが鳴り響き、グロケット公爵とマックス、リルルの三人は正装して出迎えた。
締め付けるように頭が痛く感じてリルルは空を見上げた。水平線の彼方に黒い雲が広っていた。嵐かしら、とリルルは思う。
波止場周辺は大勢の領官や騎士たちに囲まれて辺り一面が閉鎖され、一般の領民は立ち入り禁止とされていた。
タラップを降りるヴァルターは深い群青色の軍服を着ていて、あら、今回の入国はそういう立場で来たのね、とリルルは理解した。
ヴァルターの前後には軍服の将校たちが護衛している。地面に降りたヴァルターを公爵は握手をもって歓迎し、マックスとリルルは軽く礼をした。
「歓迎ありがとう、グロケット公爵。マクシミリアン殿も元気そうで何よりだ。」
ヴァルターはにこやかにマックスと会釈をして、横に並ぶリルルをじっと見つめた。リルルは漆黒の髪を巻き上げ、白い帽子のような髪飾りを乗せてもらい、灰色の地に白いレースと刺しゅうを施したドレスを着ていた。白い光沢のある手袋をして、青い指輪を嵌めていた。肩には光沢のある白いローブを羽織っている。
「この美しい姫は、どなたかな、」
リルルを見つめたままヴァルターはグロケット公爵に尋ねた。グロケット公爵に配慮してなのか、母国語ではなくペンタトニークの国の言葉を使って話をしている。
「我が国の、王位継承権2位であらせられるリルル第二王女殿下でございます。」
「ほう…、私の名は、ヴァルター・ベックメッサーだ。」
手を差し伸べてきたヴァルターに、リルルとマックスは目を見張った。婚約の作法を逆手に取って来たのねと気がついて、リルルはにっこりと微笑んだ。
「お噂はかねがね。遠路遥々ようこそお越しくださいました。わたくしが今回の行程のお供をさせていただきます。」
曖昧に微笑んで手を握ると、ヴァルターは作り笑いを浮かべながら、「ああ、よろしく頼む、」と答えていた。
「リルル殿、手をこちらに、」
ヴァルターはさりげなくリルルの横に立つと、リルルの手を自分の腕に絡ませた。
「私はちと疲れた。美しい姫と茶を所望したい。どこか休憩できるところへ案内いたせ、」
リルルはマックスにちらりと視線を送った。小さく頷いてマックスがリルルを見つめる。グロケット公爵は気にしないのか、優雅に微笑んだ。
「この領都ラテストで一番のホテルにお部屋の用意がございます。馬車を用意いたします、そちらへ向かわれますか?」
「任せる。そのようにいたせ。お前たちは港を隈なく警邏してから任務につけ、よいな、」
「畏まりましてございます、」
将校たちが揃って敬礼すると、ヴァルターとリルルの前に、馬車が何台か呼ばれ、リルルはヴァルターと馬車に乗り込んだ。
リルルは見送るマックスに小さく会釈をして、口元だけ、微笑んだ。
馬車が走り出すと、リルルの向かいに座っていたヴァルターが、リルルの腕を引いて、隣に座らせた。
「会いたかった、リルル、」と遠く東方の国で話しかける。
「私はそうでもないわ。あなた、私を騙そうとしたわね?」
にやりと笑ってヴァルターは、「気のせいだろう、」と答えた。
「リルル、この後の予定は?」
「あなたとお茶をするのでしょう?」
「その後だ。」
「グロケット公爵家のお城に帰るわ。私、今回の旅行では、半分公務としてグロケット城に滞在することが決まっているの。夜にはお城から花火を見るのよ?」
「1月1日は?」
知ってて聞くのね、とリルルは思う。
「あなたと、グロケット城で過ごすわ? 来てくれる?」
ヴァルターを上目遣いに見つめて、リルルは小さく微笑んだ。「マックスが、私とあなたと一緒に2日の日はパレードをしたいって言ってたわ。」
「なんのパレードだ?」
「新年の祝祭のパレードに特別な招待客として、平和の象徴として参加するのですって。」
ヴァルターはリルルの顔をじっと見つめた。
「他国の祝祭にこんな形で出ることになろうとはな。」
「今日は、シュトルクはいないの?」
「ああ、あいつは別行動だ。南方の大陸の周辺の海域で、航海演習中だ。」
南方の大陸かあ…、リルルは中つ国のハープシャー公爵家のお気楽旅行はどうなったのかしらと首を傾げた。
「あなたは行かなくていいの?」
「リルルといる方がいい。陸地は楽しいことがとりとめもなく起こりうるだろうからな。」
なーんもないわとリルルは思ったけれど、黙っておいた。せいぜい仲良くして足止めを友好的にしなくてはいかない。
「軍服…、あなたは本当に海軍の人なのね?」
「ああ、リルルは本当に王女なのだな? 第2位の継承権か?」
「ええ、あなたと同じよ?」
リルルはくすくすと笑って、ヴァルターを見上げた。軍服姿のヴァルターはかっこよさに精悍な印象が加わって見えた。黙っていればいい人っぽいけれど、この人の中身はいい人じゃない…。
「このひと月程の間に、誰か素敵な女性は見つかった?」
私のことは忘れて。大人の女性とのお付き合いをお勧めするわ。
「ああ、今、見つかった。」
ヴァルターがそっとリルルの頬に手を寄せて、リルルの瞳を見つめてきた。
どうしよう、ドキドキする。好きじゃないはずなのに、好きな気がしてくる。
ヴァルターに抱きしめられて、リルルは逃げることもできず時間をかけてキスを味わう。
ずるいわ。やっぱりキスがうまい。溶けそうになりながら余韻に浸りつつリルルがうっすらと瞳を開けると、ヴァルターは「素直に名乗ればいいのに、」と笑った。
※ ※ ※
領都ラテストのホテルの最上階の部屋はリルルも利用したことがあったので、ここへ来るのは久しぶりだわと思った。港の見える大きな窓の近くのテーブルにお茶の用意をしてもらい、ヴァルターを二人で並んでソファアにリルルは腰かけた。
降り出した雨にけぶる街並みを見ながらお茶をするなんて贅沢な話よね、とリルルは思った。
ヴァルターはブラックコーヒーを飲んでいた。お砂糖もミルクも入れないのね、と甘党なリルルは尊敬したりもする。
ふと、隣に座るリルルの手を取り、ヴァルターは青い指輪を見ると、「この色が好きなのか?」と尋ねた。
青い輝石の指輪は、この前の旅行のご褒美だった。
母に褒めてもらったことを思い出して、リルルは気分がよくなり、「ええ、好きだわ、」と答えた。
「青い瞳が好きなのか…、」
ヴァルターの呟きにリルルは首を傾げて、「どうかしたの?」と尋ねてみた。
「何でもない、」と笑って、「君の瞳は、甘くていい香りがするカフェオレに似ているな、」と含みを持たせて微笑んだ。
気がつけばいつの間にか、部屋の中にはヴァルターの執事たちに混じってグロケット公爵城からヨネアが来てくれていて、リルルはちょっとだけほっとする。
勧められるままヴァルターと昼食も一緒に食べ、勧められるまま二人で屋根続きの回廊を渡り、ホテルの裏手にある温室の散策をした。あることは知っていたけれど足を踏み入れるのは初めてだった。
温室はお姉さまの世界だわ…とリルルは思い、名前のよくわからない異国の木々を見上げた。お城の薬草園よりは小さい温室の中には、甘い果実の香りと花の香り、笑い声のようなけたたましい鳥の鳴き声が聞こえていた。噴水があるのか湿度も高く、水の匂いもする。
木々の間に赤黄色い実がいくつか見えて、あれはマンゴーかしらとぼんやりと考える。マンゴーはまだこの世界では美味しい果物と認知されていない。
ラウラお姉さまの温室は花が多くて、鳥も飛んでいたわ…。
木を見上げているリルルにヴァルターは優しく寄り添って、「リルルはこういうのが好きなのか?」と聞いてきた。
「嫌いではないわ。珍しいもの。」
姉のラウラの世界を思い出していたとは言えない。
「ヴァルターは?」
「私は、リルルと二人きりになりたかっただけだ、」
甘い言葉に油断すると貞操の危機になる、とリルルは気持ちを引き締めた。
「供の者は沢山いるでしょう?」
「皆、入り口にいる。ここには二人で入っただろう?」
そうだったかしら。慌てて振り返ると誰もいなかった。またヴァルターと二人なのね、とリルルは少し眉を潜ませた。
この人はすぐに二人っきりになろうとするわ。
見上げるリルルの頬を撫で、ゆっくりと顔を近付けるとヴァルターは唇を重ねた。抱きしめる腕が、リルルの背中を擦る。
ヴァルターのエキゾチックなマリンノートな香水の香りと、甘い果実の香りと、草いきれの匂いと、どこかで鳴く鳥の声が聞こえてくる。
キスをやめたヴァルターの腕の中で、リルルは瞳を閉じてヴァルターの鼓動を聞いていた。
「…あなたといると、ドキドキするのはどうしてかしら。」
「私と一緒にいたいからだろう?」
「一緒にいたいとドキドキするのかしら。」
少し笑って、リルルは、結婚したいと思ったり手に入れたいと思うミーシャには振り向いてもらえないのにどうしてそんな風に思っちゃうんだろうと、自分が情けなく思えてきていた。
ドキドキしながら綱渡りをしている気分だわ。落ちていく危険を知りながら、か細い絆を渡っている。
あれ? 綱渡り…?
吊り橋?
何か今、需要なことを思い出しそうになったわ。リルルは何度か瞬いて首を傾げる。
「リルルは私のことが好きなのだろう? 素直になって婚約して、楽になった方がいいのではないのか?」
ヴァルターはそう言うと、リルルにまたキスをする。甘くて優しいキスに、結婚はしたくないけど婚約もしたくないけど、この人とのキスは好きだわ。変なの、とリルルは悩ましく思えてきた。
「そういうのはちょっと考えさせてほしいわ、」
リルルはヴァルターの胸を押して腕の中から抜け出ると、温室から出ようと背を向けた。ヴァルターはリルルの腰を後ろから抱きしめて耳を後ろから食んだ。
「リルル、どこへ行く?」
くすぐったいなと思いながら、ヴァルターの声にぞくぞくしてしまう自分の反応がおかしく思えた。
気持ちと頭に違和感がする。何か思い出せそうなのに…!
「私、グロケット城へ帰るから、ヴァルター、グロケット城の晩餐会には来てね。1月1日になってしまってから、一日はあなたと一緒にいるんでしょう?」
「ああ、わかった。リルル、楽しみにしている。」
素直に頷きかけて、リルルは首を小さく振った。
ヴァルターはリルルの手を取りエスコートすると、一緒に温室を出た。
「会えない時が二人を育てるとは、よく言ったものだな、」と、満足そうにリルルを見つめた。
私、恋愛感情を持ってないはずなんだけどなあ、とリルルは少し首を傾げた。
ドキドキしているからかしら。
ドキドキするのって、恋をしている自覚がないのに変だわ。
綱渡りや吊り橋ってドキドキするよね、経験ないけど。足元が危うそうだと、想像したってドキドキするわ。
もしかして、お姉ちゃんの学校での授業の知識の記憶のディスクにあった『吊り橋効果』ってやつなのかしら。
吊り橋を渡る時のドキドキ感を恋のドキドキ感と勘違いして、好きでもない人を好きだと思い込む効果とあったっけ…。
思い返せば、ヴァルターと薔薇園の迷路で追いかけっこした時、私は走ってドキドキしていたわ。隠れていたのを見つかって、ドキドキもしていたもの。
もしかして、あれは意図的にヴァルターとシュトルクで仕組んだこと? シュトルクは質問をしながら脈を計るような人だもの。そんな知識を経験として知っていてもおかしくはないわ。
中つ国で再会した時、カロヨンたちと勘違いして私、気持ちを高揚させて嬉しい気持ちを作った状態で再会したわ。あれはこうして考えると、私の失敗だったわ。
このドキドキ感は、恋しているからじゃない。きっとそう。私の頭が勘違いしているのだわ。
私、気持ちを操作されているんだわ。
「気のせいかもよ?」
ドキドキするのは気のせいで、ヴァルターを意識してしまうのも気のせいだわ。
リルルは俯いた。
気が付いてしまえば、冷静に対応できる。そうリルルには思えてきた。
これは恋なんかじゃない。作られた感情なんだわ。
お姉ちゃんが自分の頭で考えなさいって言ってたのは、考えないと知識が使えないからだわ。
自覚してしまえば目の前にいるヴァルターは、とても狡い大人に見えた。
※ ※ ※
雨が止んだのを待ってグロケット城にヨネアと戻ったリルルを、マックスは嬉しそうに出迎えた。
「まずは着替えたいの、」とリルルが宛がわれた客室に向かうと、マックスは当然のようについてきて、リルルが着替えようとサミラとヨネアの前に立つ様子をソファアに座って眺めていた。
「あのね、マックス、着替えるから出ていってくれないかな?」
後姿を向けたまま、リルルはマックスに提案する。
「構わないよ、リルル、」
くすりと笑ってマックスは足を組みなおした。
「私は構うのだけれど?」
「着替えて、晩餐会の用意をするのか?」
リルルはサミラとヨネアの顔を見た。予定では一度入浴してさっぱりしてから着替えることになっていた。
「マックス、一緒にお風呂に入る?」
絶句して目を見開いたマックスに、「そういう理由だから、ごめんね、」と微笑んで、リルルは部屋からマックスを追い出すことに成功した。
客室に備え付けの浴室を利用してさっぱりしてきたリルルに、「少しお時間ありますから、」とサミラは寝る支度をしてくれた。
「この後、リルル様はヴァルター様との公務が始まりますから、今のうちにごゆっくりとされてください。」
「ありがとう、サミラ、ヨネア。二人もゆっくりしててね、」
そう言って主寝室に行ってしまったナイトドレス姿のリルルの後姿を見送って、サミラとヨネアはリルルが起きてからの段取りを手際よく準備し始めた。
※ ※ ※
リルルが歩いていたのは赤い空の暗い山脈の山の中の道だった。耳をふさぐような閉塞感と、息苦しくなる重たい空気を、リルルは知っている。
またここへ来てしまったのね、リルルは唇を少し噛みしめた。
この前とは違うところだわ…、山の上の広く開けた草原は、枯草ばかりで風に揺れるとかさかさと嫌な音がした。季節なんてあって無いような場所だわ。
枯れた草原の真ん中には白いテーブルが置かれていて、立ち止まってリルルはその上に何かが置かれているのを見つけた。
ラッパ型のあれは…、蓄音機って言うんだっけ…? お姉ちゃんの世界だと、音楽室に資料として置いてある、レコードっていう黒い円盤に針を走らせて音楽を出す機械だよね?
近寄り、手を伸ばしかけたリルルが触れる前に、大音量で音楽が始まった。
響け 大地の息吹よ
実れ われらの夢よ
遠く彼方まで 駆け抜けよ 正義の光
歌え 讃えよ 手を重ね
われらの 母なる国を われらの 祖国を
この歌は国歌だわ…、とリルルがあまりの煩さに耳を塞ぎながら、それでも頭に響いてくる歌を聞いていると、同じ個所が何度も何度も繰り返されて響いているのに気が付いた。
どうしてこんな歌の途中のところばかりが繰り返されるのかしら、とリルルが思っていると、空から何かが割れるような大きな音が響いた。
ガッシャンガシャンと、ガラスでも割れるような大きな音だった。
繰り返される音楽と頭に響くような割れるような音に耐え切れなくなって、リルルは耳を塞いでしゃがみ込んだ。煩くて不快で、でも、何が割れるのか気になった。
音のする方角の空を見上げると、黒い空の隙間から、水色の時計がいくつも落ちてくる。
3時、6時、8時、最後に7時…。
リルルにぶつかる前に、矢のような何かが時計に刺さり、時計は割れていく。
割れた時計のかけらがリルルの頭に刺さりそうになったところで、リルルは目が覚めた。
※ ※ ※
飛び起き肩で息をするリルルは、自分が見た夢が凶夢で、これから起こるだろうことなのだろうと経験から知っていた。ここが安全なグロケット城なのだと気が付くとホッとして、力が抜け再びベッドに横になる。
凶夢は疲れる。普通の夢をみるのとは違う。
疲労を感じて眠りたくても、次にしなくてはいけないことがある。
問題は、この夢をどうやって王都にいる父や姉の元へ伝えるかということだった。
ティンクだって夕方に眠ってくれたのは、あれは約束していたからだった。
今晩から丸一日ヴァルターと共に時間を過ごさなくてはいけないのに、どうやって伝えればいいのだろう…。リルルは空中を見つめて何度も瞬いて考えた。
だいたい、マックスと一緒になら同じベッドで寝ても大丈夫だろうけれど、あのヴァルターは同じベッドでも大丈夫だと言えるのだろうか。夢で伝えるのは無理だと思えた。いざとなれば一晩中起きている覚悟をして、自分の身を守る術も考えないといけない。
まずは夢は手紙を書くことにして、サミラとヨネアに相談してみることにした。
「サミラ、ヨネア。お願いがあるの。」
「なんでしょう、リルル様、」
青白い顔をして主寝室から出てきたリルルの様子に、サミラは事態を把握した。夢をご覧になったのだわ。
「この手紙を、大至急、王都のお父さまのところまで運んでほしいの。」
リルルの手にある手紙は、恐らく夢の詳細を書いたものだろう。サミラはこれがないと誰もが困るのだと自覚して、ヨネアを見つめた。ヨネアはまだ経験が浅い。リルルの変化に気がついていないようだった。
「誰か馬の得意な者を紹介してもらって…、」と言いかけたリルルに、にっこりと微笑んで、サミラが一歩前に出て答えた。
「わかりました、リルル様。私が参ります。馬を、手配していただけるようにグロケット公爵様にお願いしてきます。」
「サミラ、」
「私も貴族の娘です。一応出身は伯爵家ですから、父から働き始めるまでは乗馬を嗜みと教えられて育っています。今でもお休みの日は、時々王都の乗馬クラブにも顔を出しているんですよ? 少し、お暇を頂きますが、ヨネアなら安心して任せられます。きっと、私以上に働いてくれると思います。」
キリっと引き締まった顔になってヨネアは頷いた。
「サミラ、任せてください。リルル様は私がお守りします。」
「ありがとう、ヨネア。では、マックスを呼んでほしいの。サミラ、支度は出来る?」
「ええ、どんな格好でも馬には乗れますよ、リルル様。この服の方が、貴族の助けも得られますしね?」
サミラは王城支給の紋章のついた紺色のボレロとワンピースを着た自分を指さして、にっこりと微笑んだ。
ヨネアに連れられたマックスは部屋に入ってくるなり、真っ青な顔をしてソファアに深く座りうとうとしているリルルを見て、慌てた様子で駆け寄った。
「リルル、どうしたのだ?」
「マックス…、馬を貸してほしいの。女性に慣れていて、遠駆けが可能な馬を。」
「どうして?」
「王城に、お父さまに手紙を運んでもらいたいの、そこにいるサミラが行ってくれるの…、」
マックスはとろんとしたリルルの目が、王都にある王城の方角を見ているのだと理解した。
「わかった、すぐに手配させよう。サミラ殿、信用のおける者に付き添わせる。馬は得意か?」
「子供の頃から乗馬を親に仕込まれております。大丈夫です、王都までなら余裕で行けます。」
「サミラ、ごめん。ハンスと年越しデート、させてあげたかった。」
「リルル様、そんなこと言ってる場合じゃないですから!」
くすりと笑ったリルルに、マックスは「すぐに戻る、」と囁いて、サミラと部屋を出た。
「もしや、リルルは夢を見たのか?」
小声で尋ねたマックスに、サミラは目を見開いて小さく微笑んだ。リルル様はどこまでお話になっているのかわからないけれど、私が話していい話ではないだろう。
「マクシミリアン様。リルル様はいつも夢を見ておられますよ? 平和な世の中になるように、一人、悲しい夢を。」
平和な世の中になるためでなければ、あんな夢を一人で背負わされるなんてリルル様はお気の毒だ、とサミラは思った。望んだ夢が見られるなら、誰だって幸せな夢が見たい。
「そうか…。」
マックスは顔を引き締めてサミラの格好を見ると、「乗馬服でなくて平気か? マントとブーツだけでも出させよう、」と城内にある兵舎の方へと連れて行った。
ありがとうございました




