76、現実とは厳しいもの
クリスマスのミサを終え、お城のチャペルを出たリルルとクリスは、先を歩いていた姉のラウラとコニールの前に、誰かが立ったのに気がついた。王都の大聖堂から司祭を呼んで一日を通して王族に向けて行われ続けるクリスマスミサにはお城で働いている者なら誰でも参加でき、働いていなくても登城すれば礼拝の許可が下りていた。
「リルルお姉さま、あれは?」
タッドリーよね? とリルルは思った。どうしてお城にいるのだろう。
首を傾げたリルルに、隣で立ち止まるクリスも首を傾げた。
「夏にお見かけした方ですよね?」
「そうね、もう来ないと思っていたわ。」
二人がひそひそと話して様子を見守っていると、やがてリルルたちを気にすることもなく、にこやかにタッドリーは隣にいた女性とチャペルの中へと消えていった。しっかり者、といった印象だった。
ラウラとコニールが立ち止まってその様子を見送っていた。リルルとクリスは小走りに寄っていって、ラウラに話しかけた。
「ラウラお姉さま、何の御用だったのですか?」
「夏にお城で見た人ですよね? コニールお兄さまに意地悪をしていた人でしょう?」
歩き始めたラウラに寄り添うようにコニールは歩き、その後を、リルルとクリスが追いかけて歩いた。
「私は気にしていないよ、大丈夫だ、クリス。」
コニールが明るい笑顔で答えると、かえってラウラとリルルは気まずく思えた。
「クリス、そういう言い方はしないの。もう終わったことだから。コニール様が勝って終わったことだから、忘れてあげなさい。」
「ラウラお姉さまはそういうところも含めて、コニール様をお選びになったのですね、」
「リルル、」
きっ、とラウラが睨むので、リルルは首を竦めた。
「で、何の御用だったのです、あの夏の人は。」
「婚約者が決まったそうよ? そのお披露目も兼ねて、クリスマスの礼拝に来たんですって。」
「へえ。そういう感じに自己主張をする人なのね、タッドリーって。」
「あの人は、注目されていないと生きていけない人だから。」
ラウラは困ったように笑った。
それってある意味、王配に向いていない性格をしていたのかもしれないわ、とリルルは思った。
女王である母の陰になり母の後ろを守り、母の腹の前で弱さを守り、母を頭脳の面からも守る王配をこなす父は、自分が注目されるよりも母が褒め称えられることに満足している人種だった。
「もっとも、そんなことも今頃知ったのだけれど。」
「ご存知なんですか、あの方。」
「ええ、生徒会で会計をやってくれているアイリスだわ。ずっとタッドリーのお世話をしてくれていた子だって気が付いたのは、あの一件があってからなの。あの子が優秀だから、タッドリーも優秀に見えていたのだと気が付いたの。」
「では、あの女性をお城で働いてもらってはいかがでしょうか、お姉さま。」
「クリス、妙案だけど、あの子は伯爵家の跡取り娘だから。あの子と結婚するってことは、タッドリーはずっとあの子に操られて生きていくのよ? あの子もここで働いていく暇なんてない位、タッドリーのお世話で忙しいのではないかしら。」
ラウラの言葉に妙な実感を感じて、リルルとコニールは顔を見合わせて笑った。
「お似合いな二人ですね、ラウラお姉さま。」
リルルがくすくす笑いながら言うと、ラウラは少し考える表情になって、「そうね、私がタッドリーと結婚していたら、きっと、あの子も秘書官か何かでついてきたでしょうから、私はあの子と結婚しているようなものになっていたでしょうね、」と不快そうに眉を顰めた。
コニールと姉のラウラが並んでいると、学校の真面目な新任の数学の教師と真面目な生徒会長の恋のように見えて、リルルは妄想で胸がときめいた。きっと二人は婚約なんてしなくても、出会うべくして出会って恋に落ちるのだわと、リルルは勝手なことを思い描いた。
リルルのうっとりとした表情を見つけたラウラはさらに不快そうな顔になって、「リルル、人様の恋愛に勝手なときめきを抱いていないで、さっさと婚約者を絞りなさい、」と八つ当たりのように言った。
リルルたちが王族専用の居住区に向かって廊下を歩いていると、父の執務室の方角から、懐かしい人たちが歩いてきた。登城の為なのか正装しているのはリルルが旅先で会った二人で、一緒にいるのは今回の旅行では会えなかった人だった。
「ゼノン様、セオドア様、お久しぶりね。ニカノル様、ごきげんよう。」
年末に帰国して年明けに赴任国へと戻る大使がお城にいることは不思議ではなかったけれど、リルルは中つ国の大使であるゼノンと、遠く東方の国の大使であるセオドアが揃ってお城にいるなんて不思議な感じがするわね、と思った。一緒にいるニカノルは中つ国の隣国のサマルリナ王国の大使をしていて、他の二人よりも随分と日に焼けていた。年の頃は40代で、父のヨハネスよりも年上だった。
「リルル様、無事にご帰国されたようで何よりでしたな。ラウラ様とクリス様、コニール殿もお元気そうで何よりです。」
「ラウラ様、リルル様、クリス様、ご機嫌麗しゅう。コニール様、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。」
3人の大使は優雅に挨拶して頭を下げた。
「コニール様、こちらはピフルール公爵家の、ゼノン様とセオドア様。中つ国の大使と、遠く東方の国の大使をお願いしているの。こちらはニカノル様。サマルリナ王国で大使をお願いしていて、フォルキス侯爵家の方なの。」
ラウラが丁寧に紹介すると、大使たちは嬉しそうに微笑んだ。
「初めまして、コニール・フォート・クラウザーと言います。以後、お見知りおきを。」
大使たちとの正式な面会はまだなのね、とリルルは思った。お姉さまの戴冠式までに婚約者披露の儀があるのだろうけれど、それまではコニール様は時期王配と確定していないのだわ。
「頭をあげてください、コニール殿。未来の王配殿に頭を下げてもらうなど、私たちにはもったいないことです。私たちは国の一貴族に過ぎませんからな。」
ゼノンが微笑むと、他の二人も頷いた。
「今日は、帰国の御報告にいらっしゃったの?」
ラウラが何気なく尋ねると、セオドアはちらりとゼノンとニカノルの顔を見て、「そんなところです、」と答えた。
父と何か込み入った話をしたんだろうなとリルルは思った。姉のラウラにはまだ話をしていないのだろうか。
「いつまでこちらにはいらっしゃるのですか?」
クリスは瞳をキラキラさせて見つめていた。小姓出身では前例のない大出世を遂げたゼノンは、小姓の間では伝説の存在だった。
「私は、年が明けてから出国する予定です。中つ国は平和ですからな。」
「私は、年末には出国します。遠く東方の国の王子が入国されるので、その入れ違いに出る予定です、」とセオドアは笑って、「リルル様も災難でしたね、」と小さく言った。
「私は、少し用事がありますから、早めに出国します。」
ニカノルが静かに言うと、ゼノンもセオドアも心配そうに見つめていた。
リルルは雰囲気を変えようと、自分のことを話した。
「私はグロケット公爵領の新年の祝祭に出る公務があるの、ね、お姉さま。」
「そのようね。まあ、楽しんでいらっしゃい。」
姉は知っていてそんな言い方をするのね、とリルルはちょっと不満に思った。
「ラウラお姉さまは、コニール様のおうちの領地の祝祭にはいかないの?」
とぼけたふりをしてリルルが尋ねると、ラウラは頬を赤らめた。コニールは気が付かないのか、嬉しそうに微笑んだ。
「私の領地の祝祭にはラウラ様はお呼びしなかったんだ。来年は、大事な年になるから、一緒に王都で祝うのだよ?」
「御結婚なさいますからな。確かに大事な年ですな、」とゼノンが高笑いをした。一気に場の空気が和んで、リルルはほっとした。
「私たちにとっても大きな年になりそうですね、」とセオドアが意味ありげに笑うと、ニカノルが静かに、「人生とはわからないものですね、」と悲しそうに答えた。
※ ※ ※
リルルが執務の小姓部屋に行くと、ミーシャがケニーと何かの話をしていた。リルルの姿を見ると、ケニーは「頼んだぞ」と言って執務室へと去って行った。
「おはよう、ミーシャ。」
「おはようございます、リルル様、今日は早いですね。」
小姓たちは冬の長期休暇になると、親の都合で領地に帰ってしまっていることが多かった。ミーシャたち元小姓たちは貴重な戦力としてお城の執務官たちの手伝いをしていた。
リルルは早い時間から仕事を始めているミーシャの隣に、あいている椅子を持ってきて腰かけた。手元の資料にちらりと目を通すと、燃料に関する資料や権利書の類だった。子供の頃さんざん資料の分類をしたので、リルルもそれがどういった類のものなのか、おおよそ見当がついた。
「そうなの。午後からエリースたちと忘年会があるから、今日は午前中にやるべき課題やお勉強をするの。だから、ミーシャにも早く会いに来たの。」
リルルの公務との兼ね合いで、今年の冬の長期休暇中のお茶会は新年会ではなく、エリースやカーチェの会やエリースの婚約者たちと顔合わせも兼ねた忘年会を開くことになっていた。リルルからすると、エリースたちの婚約者たちはお城で働く執務官や騎士といったお城の関係者なので、見慣れた者たちとの忘年会ってなんだか変な感じなのよね、とこっそり思ってもいた。
「来なくていいと思いますけどね。私は仕事をしているだけですから。」
ミーシャは淡々と答える。リルルが執務の小姓部屋に来ることはあっても、こうやって朝からいることは珍しかった。
小姓たちが帰ってしまった後や、お昼休みの人気のないちょっとした時間にやってくることはあった。そういう時間は自分でも余裕があるので、リルルがやってきてもいつものことと割り切れたけれど、今日は朝からなんだというのだろう。
「ミーシャの顔が見たかったんだもの。少しだけ、ならいい?」
照れて頬を染めたリルルは、ミーシャのキリッとした端正な横顔を見つめた。
「少しだけですよ。そうですね、五分かそこらなら、」
リルルを見ずに、ミーシャは容赦なく、壁の時計を指さした。
「この前のリボン、大変だったのよ?」
リルルは左手の指で引っ張っているうちに解けてしまった赤いリボンの文句を言った。
あの赤いリボンはリルルの寝室の机の引き出しの中にしてしまってあった。傍に入れてあるのは、いつかクグロワに貰った『お迎えに上がります』の包み紙だった。
「楽しかったでしょう? 暇も潰れて。」
そういう言い方ってない気もするけど、とリルルはぶーたれる。
「ミーシャは、お仕事が終わっても、会いに来てくれないじゃない?」
ティンクは時々寄ってくれて、またなと言ってくれるのに。リルルはミーシャが自分に会いに来てくれるところを想像して、また頬を染める。
「会いに行く用事がありませんからね。」
そ、そっけないわ。リルルは負けそうになる。
「私がここに来るのは、その代わりだわ。婚約者に会いに行くのに、理由なんてないでしょう?」と言いつつも、マックスが理由もなくお城に来ると身構えて警戒しちゃうんだろうな、とリルルは思った。
夏前までは学校へお茶会をしに来ていたリルルは、夏の長期休暇が明けると来なくなった。会いに行くと言ってこなくなったリルルに会いに行って、他の誰かに笑いかけている姿なんて見たいと思わない。
ミーシャは心の中でせせら笑う。
「本当に会いに来てほしいと思っているのですか、」
公務で海外に旅行、というのはリルルの口からではなく、お城で働く仲間の口から聞いた。あれだけ会っていたのにそういう話はしてくれないのだな、とミーシャは寂しく思った。海外の公務から帰ったリルルは、単身ではなく、グロケット公爵家の馬車に乗ってマクシミリアンと帰ってきた。家の用事で登城していなかったミーシャはその日はリルルに会えなかったけれど、その後も、リルルは自分とのお茶会をするという約束を忘れてしまったのか、ずっと放置したままだった。
仕事中に会いに来てくれたことは確かにあった。でもその時も、リルルは何の説明も言い訳もしなかった。ただ会いに来て背中に抱き付いただけのリルルは、自分に本当に会いに来たのか不思議になるような態度に思えた。この前のトリュフだって、ミーシャが好きなものではなく、リルルが好きなものだった。
ミーシャは黙って、手元の資料をめくり続けている。リルルは何か変なことを言ったのかなと、不安になった。
「ミーシャは、私の婚約者でしょう?」
その一言に、ミーシャは心の中にあった何かがはっきりとした形になったと気が付いた。
「…リルル様、前から言おうと思っていましたが、婚約者だからと言って、私はリルル様の婚約者ではないですよね?」
二人きりでお茶会をしたいと言われてもしてこなかったのは、ミーシャなりに理由があった。
高等学校はリルルの元婚約者たちが多く通っている。その中には、ミーシャが今普通に友人として付き合っている者も当然いた。リルルに屈折した感情を持っていても口には出さないだけの者だっているだろうことは、自分の兄がラウラの婚約者だった時に見てきて知っている。一時でも王女の婚約者だったという事実は、リルル自身が彼らの顔や名前を忘れてしまっていても、彼らやその周りの者にとっては忘れることが出来ない経験だった。
お城や自分の屋敷でのお茶会ならまだ気にならないであろう彼らの目を、リルルは気にすることなく学校で、と場所を指定して来ていた。
悪評やおかしな噂話からリルルを守るには、多くの者で囲ってしまった方が守りやすかった。シルフィイやロードは、付き合いが長い分、ミーシャの意を汲んでリルルをそれとなく守ってくれた。
リルルが何を考えているのかわからない以上、ミーシャは自分が出来る努力をしてきたつもりだった。
「ん? ミーシャ、どういうこと?」
「夏の、ラウラ様の婚約者様たちの能力比べの時に思ったのです。たった一人の婚約者になるまでは、この人たちは結婚する可能性のある人たちなだけで、婚約者ではないのだな、と。実際に、あれだけ有力視されていたタッドリーは婚約者ではなくなってしまいましたよね?」
書類を分類する手を止めず、ミーシャはリルルを見ようともしなかった。頭の中にある、何かの形がはっきり見えていて、自分が望んでいる答えのすぐ近くまで来た、と思えた。
「そうね。ミーシャも同じ学校で、同じ学年だから、付き合いもあるでしょう? タッドリーは新しい婚約者を得たみたいよ?」
有力視されていたのかどうかは今となってはわからない。リルルは本当にその評価は正しいのかな、と思った。
「そうですね、私も、同じでしょう? リルル様の沢山いる婚約者の一人で、今の段階で、最後の一人ではありませんね?」
ミーシャは、リルルをちらりと見た。間近で見るリルルは雪のような肌をして、艷やかな漆黒の髪をしている。ほんのりと染める頬も、ぱっちりと見開いた潤んだような珍しい茶色の瞳も、赤い可愛らしい唇も、こんなに近くにあるのに、自分は触ることもできない。妹のライサとは違う。リルルは別次元の生き物だ。初等学校の頃悪戯して薔薇の花を添えたこともあったけれど、今ではリルルに触れる機会もそうそうない。
その唇で、私を欲しいと言ってほしい。はっきりとした願望が心に浮かび、ミーシャはリルルから顔を背けた。
ああ、もしかして自分は初めから選んでほしかったのだと、気が付いた。
沢山いる誰かの中の一人は比べられるから嫌だと、昔アルフレッドは笑っていたな。よくお前、今の状態で我慢できているなと、言われもした。
そうか、恋愛は、一人に選ばれてからするのだと思っているから、恋愛がしたいと思っているのだと気が付く。自分が思う恋愛は、一人に選ばれることから始まるから、選ばれていない今は、恋愛ではないのだ。
「そうだけど…、ミーシャが私と結婚してくれるのなら、他の人は婚約を解消しても構わないと思っているわ?」
そう言いつつも、胸がちくりと痛んで、リルルは少し表情を曇らせた。
こんなに思いを伝えても、振り向いてくれないミーシャと、果たして結婚して幸せになれるのだろうか? ティンクやマックスの方がまだ心を開いてくれている気がする。
会いたいと願っても会ってもくれない彼が、傍にいて、愛を囁いてくれるのだろうか。
しかも能力比べは最後に残った二人で行うものだった。マックスとティンクという『特別』が二人いる今、『特別』ではないミーシャを残せるとは思えない。
「私は…、」
ミーシャは作業する手を止めて、リルルを見つめた。言葉とは裏腹に、リルルの顔には迷いや未練が浮かんでいる。
どっちだ? リルルが、心を寄せるのは、マクシミリアンか、ティンカードか。
私を選ぶといいながら、他の男に心を寄せるのか。
静かな怒りが、ミーシャの胸に広がった。
「恋愛って、何か知っていますか? リルル様。」
好きな人に見つめられて、好きな人にとんでもないことを尋ねられている気がするわ、とリルルは照れて顔が真っ赤になってしまった。
「す、好きな人に愛を囁いて、好きな人からも愛を囁かれるような関係のことでしょう?」
ふふっと笑って、ミーシャは顔を赤く染めたリルルを見つめた。目の前のこの子は、私に愛を囁くというのだろうか。
「私は今、リルル様にそういう感情が持てません。恋愛結婚をしてみたいと子供の頃から憧れていますが、今の自分の…、婚約者という立場でリルル様を見ても、恋愛感情よりも、女王陛下の、私の上司であるヨハネス殿下の娘さんだから大切にしなくてはいけない、という感情の方が強いのです。」
ミーシャはリルルに苛立ちをぶつけた。自分しか見なくていい。自分以外を気にするのなら、そんなリルルはいらない。
リルルは面食らって、絶句した。上司の娘? 恋愛感情が持てない? どういうこと?
瞬きをして、口をパクパクとして、ミーシャを見つめる。ミーシャは淡々と、リルルを見ずに作業を続けている。
「リルル様が来て下さるのは嬉しいですが、本音を言うと、仕事の邪魔です。婚約者だからと言って仕事の邪魔をしていい権利はないと思います。」
ミーシャは仕事中にこれ以上心を乱されたくないなと思った。同い年のシルフィイに差をつけられるのはつまらない。リルルの他の婚約者に気を取られて、出遅れるのも気に入らない。
何より、他の男と同等に扱われるのが、面白くない。
そ、そこまで言う~? リルルはショックで声にならない声で、心の中で叫んだ。
「私のことを大切に思ってくださるなら、節度を持って接していただきたいですね。ここは私の職場です。」
リルルはあまりのことに心が挫けそうになった。ミーシャを選ぶ選ばないの次元よりもまず、信頼関係を築かないと、どうにもならない気がする。
「わかった、ミーシャが言うのは正しいと思う。じゃあ、と言ってはおかしいけど、どこまでなら、ミーシャは許してくれるの?」
「そうですね…、」
リルルの顔をちらりと見てミーシャは、「お城に出勤している時に、会ったら挨拶してくれる程度なら考えます。待ち伏せは要りませんし、帰りに寄ってほしいなんて望みも叶えたくはありません、」と微笑んだ。
リルル様の婚約者だからと、冷やかされるのはくだらない。沢山いる誰かと婚約者を共有したいとは思えなかった。ミーシャは自分だけを選んでくれて初めて恋愛が出来るのだと思った。
どうやったら私のことを好きになってくれるの? そう言いかけて、リルルは、そう聞いてしまえば楽になれても、それを聞く辛さに心が張り裂けてしまいそうだと感じた。
震えてくる。腕を抱きしめて、心を守るように、自分の身を守る。
ミーシャを見つめても、ミーシャは何も言ってはくれない。
「わかった。帰るね。気が付かなくてごめんね、」
泣かないように微笑んで、リルルは小さくお辞儀して執務の小姓部屋を出た。込み上げてくる涙を堪えて唇を噛んで、廊下をずんずんと黙ったまま歩き続けた。
ありがとうございました




