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悪役令嬢の歩き方  作者: 高坂千穂
  12月
67/161

67、支配欲とはそんなもの

 リルルがくすくす笑っていると、村の広場の前の大きな屋敷の前で、ターニャが立ち止まった。

「ここが私の家で、村の集会所でもあるの。リルル様、ようこそ。」

 広場には大きなテーブルがいくつも並べられていて、沢山の料理と村人たちが勢ぞろいしていた。

「リルル様。今日は皆で歓迎の御馳走を作りました。是非ともお召し上がりください。」

 アールキンがぺこりとお辞儀をすると、リルルはターニャに引っ張られて中央のテーブルの中央にある椅子に座らされた。隣の椅子にマックスが座ると、ターニャが「まるで結婚式みたいだわ、」と言った。リルルたちの周りの席にはアールキンや村の重役だろうと思われる老人たちが座っている。近くの席にクグロワたちが座っているのも見える。

「村の結婚式はこの広場でみんなでするの。こうやって、テーブルやお料理を持ち寄って!」

 ターニャや同じ年ごろの娘たちが嬉しそうに教えてくれた。「今日みたいにお休みの日にするのよ? この前の結婚式は夏休みだったわ!」

 リルルはマックスを顔を見合わせて、苦笑いをした。まあ、そういうのも余興の一部だと割り切ればいいのかな。リルルはターニャに話を合わせてみることにした。

「ターニャ、私の格好は花嫁さんじゃないわね。この村の花嫁さんはどんな格好をするの?」

 着ていた黒いコートを脱ぐと、リルルは膝の上に丸めておいた。ちらりとクグロワを見ると引き攣り笑いを浮かべていて、苦笑しながらサミラがうんうんと何度か頷いている。侍女がいるのに勝手に服を脱ぐとはしたない、とあとで怒られそうだな~とリルルは思いながら、ターニャに向き合った。

「頭にお花の冠をするのよ? 花婿さんの服のポケットに花を飾るの。お洋服は、そうね、一番のよそいきの服を着るの。」

 ターニャはそう言うと、テーブルにあった花瓶に活けられた赤い薔薇の花を2本抜くと、腰に付けたポシェットから出した剪定ばさみで整えて、リルルに手渡した。

「リルル様、どうぞ。」

「わかったわ、マックス。ちょっとじっとしてね。」

 リルルはマックスのジャケットの胸ポケットに薔薇の花を挿し、もう一本を手渡した。自分の耳を指さして、「ここに飾ってほしいの、」と頼む。

 優しく微笑んだマックスがリルルの耳の上の髪に薔薇の花を挿すと、ターニャや村人たちは拍手をして「お似合いです!」と喜んでくれた。

「今だけだからね、」とリルルが念を押すと、「今日だけ、の間違いだろう?」とマックスはにやりと笑った。


 勧められる料理はキノコ尽くしで、貴重なはずのトリュフが贅沢に使ってあった。シイタケ派のリルルは微妙な気分になりながら、トリュフも少しずつ食べた。

 マックスはトリュフが口に合ったようで、リルルがさり気なくマックスに流すと「いいのか?」と言いながらどんどん食べていった。トリュフのペペロンチーノもちゃっかりあって、マックスは「これが…!」と言いながらも気に入ったようであっさり完食してしまった。

 狐の秘書や穴熊の領官がロックやハンスと戻ってきた。視察は終わったようだった。

「唐辛子、手に入れたの?」

 リルルがアールキンに尋ねると、席に着いたロックを見て、リルルに答えた。

「ゲオルグ商会の方に頼んでみたのです。どうにかして手に入れたいとお願いしたら、都合してくれました。なんでも、オルフェス侯爵様のお身内の方に伝手があるとかで、トリュフと交換していただけました。」

 ティンクの家でペペロンチーノが流行ったのって、そういうことなんだろうなと合点がいく。リルルは「そういう交流の仕方って素敵ね、」と微笑んだ。


 ※ ※ ※


 食事を終えた村人たちはお酒が入ったのか歌いながら踊り始め、持ち寄ったギターやアコーディオンで演奏して盛り上げていた。

 辺りに歓声や軽快な音楽が鳴り響いていた。

 程よく食べて食事を終えたリルルは手拍子を叩いてその場の雰囲気を楽しんだ。マックスも存分に食べた様子で、リルルと一緒に手を叩いて踊りを見て笑っていた。

 ターニャや村の娘たちは、サミラとクグロワが牛乳飴のお礼に配ったお土産のベルベットの赤いリボンを早速手首につけて、「リルル様~!」と手を振ってくれ、嬉しそうに踊っている。

 クグロワとロックが、いつの間にか村人たちの踊りの輪に中に混じって手を取り合って踊っていた。サミラとハンスもにこやかに楽しそうに踊っている。

「みんな楽しそうね、」

 リルルが手拍子を取りながらマックスに言うと、「ああ、そうだな。村祭りというより、本当に村の結婚式だな、」と笑った。

「私、結婚式って実はまだ出たことないの。ラウラお姉さまの結婚式が、きっと初めての結婚式になるんだわ。」

「そうだな、私は、幼い頃にいとこの結婚式に出た記憶がある気がするが…、こんなに楽しく盛り上がりはしなかったな。」

「貴族の結婚式って、大聖堂で決められた作法の通りにやるのよね?」

「ああ、そうだな。リルルは王族だから、もっと決まりが多そうだな。」

 リルルは無言になった。ラウラお姉さまの結婚式までに、また覚えることがありそうだなと思うとちょっぴり憂鬱な気分になる。

 ぎゅっと手を握ると、マックスはリルルの顔を見つめて、「こういう結婚式もいいな、」と微笑んだ。


 グロケット領への移動の時間が迫り、リルルたちはお礼を言いながら村人たちとの別れを惜しんだ。

 すっかり懐いてしまったターニャたちが、リルルにくっついて、「また来てくださいね、リルル様、」とおねだりしてきた。

「ええ、また来るわ、私はこの村の領主だもの、」と微笑んだリルルの顔を見て、この美しい王女様が私たちの領主様なのだとターニャや村人たちは頬を染めて見惚れていた。

 王族に何か粗相があってはいけないと肝を冷やしていた割には、リルル様は普通に過ごしていただけた御様子だと、誰もが安心していた。

 是非にと勧められてトリュフを籠に貰い、リルルたちの乗った馬車はアールキンたちに見送られて村を発った。

 もう帰っちゃうんだ、寂しいなと涙ぐむターニャに、アールキンが「今度お城のトリュフの日に、お前も連れて行ってあげるよ、ターニャ、」と肩を抱いた。


 ※ ※ ※


 馬車の中で隣に座ったマックスは、リルルの手を握って、「奥方殿、温泉旅行へなど、いかがかな、」と囁いた。

「マックス、奥さんではないわ? あれは今だけって言ったじゃない。」

「今日だけ、だろ?」

「奥さんではないもの。温泉旅行へも行かない。」

「我が領地の温泉地は大切な観光資源だから、結構な規模でなかなか風光明媚な場所にあるのだがな。」

「…また今度にします。」

 心惹かれるからと何でも行きたがっていると、一日では足りなさそうな気がする、とリルルは思った。今朝行程表を確認する際に、お昼過ぎにアレナージュ村を出てもグロケット公爵領へ入るのは夕方になるのだろうと、クグロワは教えてくれていた。

「思ってたよりも大きな領地で、思っていたよりも豊かな領地だったわ。」

「先々代の女王陛下の直轄領なのだから、他の領よりも手入れはされているだろうし、公共事業もしっかり手配されていたな。山間の村だったが生活水準は悪くはないだろう。トリュフがなくてもそれなりの暮らしは出来ていたのだろう。」

 リルルはあの村が変に開発が進んでも嫌かも、と思う。おばあさまは適度に田舎で適度に素朴な村民を愛し、丁度いい匙加減で領地を管理されていたのかもしれないなと思った。

「トリュフ、マックスは美味しかった?」

「ああ。いい香りだと思った。」

「じゃあ、お土産、あげるね。」

 気前よく籠ごと差し出すリルルに、マックスは戸惑った。貴重品なのに、そんな扱いでいいのか?

「こんなにか? リルルはいいのか?」

「もともと、マックスの御両親にお土産に持っていくつもりだったから、いいの。」

「それはありがたいな。ペペロンチーノも作り方が判れば教えたいものだ。」

 色々食べた中で、あれが一番マックスの口には好みの味付けだった。

「それなら私が後で紙に書くわ。唐辛子は用意できないけど…。」

「ティンカードのオルフェス領の特産なのだな。」

「ええ。売れ行きがすごくて、今は生産待ちみたい。」

 ティンクの顔を思い出して、リルルはふっと微笑んだ。

「そういえば、コーヒーの試飲会には、グロケット公爵は出向かれるのかしら?」

「オルスが領官たちと出向く予定だ。王城で働いていた財務官出身の領官たちがコーヒーの味を知っていたからな。この話が出た時、父は『必要ない』と言っていたが、是非にと掛け合った者たちがいたのだ。『リルル様が異国からお取り寄せになったコーヒーがこの領地で飲めるとなったら、評判で働く人が増えます、』と言っていたな。」

 日頃意見などめったにしない者たちまで主張したので、父が驚いていたな、とマックスは思い出す。

「あれは…、取り寄せたんじゃなくて、ブルーノに貰ったの。ブルーノって、ペンタトニーク公の息子さんで、ラウラお姉さまの婚約者だった人なの。」

 眠れなくなると困るとびびって食堂へ寄付したとはリルルは言えなくて、誤魔化して微笑んだ。

「リルルはブルーノ殿と親しいのか?」

「悪くはないわ。あ、でも、ブルーノは今、中つ国の公爵令嬢に片思い中なの。私とは何もないから。」

 かっこいいと思うし顔も好みだけれど、あの甘い会話を聞いた後でブルーノとどうこうなろうとは思えない。

「中つ国と言えば、リルルの婚約者になった者がいたな?」

 エリックのぶっきらぼうな態度と、最後に見せた優しさを思い出し、リルルはちょっと微笑んだ。

「ええ、ハープシャー公爵家の長男のエリック。ブルーノが片思い中のシャーロット嬢の弟なの。」

 黙ってしまったマックスを見て、婚約者を増やした話は婚約者にとってはあまり楽しい話ではないわねと反省して、リルルは話を切り替えた。

「マックスはコーヒーは飲んだことあるの?」

「ないな。あまり流通していないだろう?」

「流通していても、好みが分かれる味よね。なんでも眠気覚ましになるんですって。」

「ほう…、だから王城出身の領官たちは知っていたのか?」

 あの者たちはこの領出身の者たちよりも真面目でよく働く、と父の人物評をマックスは思い出した。子供の頃からお城で小姓経験がある彼らは、仕事の段取りに無駄がなく、打てば響く勢いで嘖々と仕事をこなしていく。コーヒーはお城での習慣だったのだろうか、と思い至る。

「なのかな? みんなお城が恋しいのかしら。」

 王城から連れて来た彼らは見目もいい者が多く、小綺麗な彼らは領内の有力者たちがこぞって娘を嫁がせたがった。外部からの血が混じり領地内に優秀な人が増えるということで、父は王城で有力な人材に声をかけどんどん登用してきていた。そういう者が定着せず王都に帰るのは避けたいなとマックスは思った。

「かもしれんな。コーヒーが飲みたいのだろう。コーヒーを我が領にも取り入れるべきだな。」

「いい香りだから、香りを楽しむ人もいるみたい。ちょっと苦いから大人な味なの。お砂糖と牛乳を入れないと、私は無理ね。」

「オルスが持ち帰るのが楽しみだな。試飲会に参加した貴族には少量の土産が持たされるそうだからな。」

 南部の自治州で採れたコーヒー豆は天日干しにした後焙煎されて、昨日の段階で試作品を父や宰相たちは試したらしかった。メロンやウリのような甘酸っぱさがあるし、苦みが少なくてよい香りだと言って、父は絶賛していた。

「リルル…、ティンカードやミハイルの前で、食堂で働いたのか?」

「ええ。食堂の案内係で立っていて、お会計が終わった人に牛乳飴を配っただけだけどね。」

「どんな格好をして?」

「普通に白いシャツを着て、黒いズボンを履いて、黒いエプロンをしていたかな。」

「そうか。」

 働くリルルか…。リルルは初等学校へ入る前、小姓の真似事をしていた時期があると聞いたことがあった。自分も見てみたかったなと思い妬ましい気持ちになったとは言えずに、マックスは窓の外を見つめた。

「今度のトリュフの日、一緒に行く?」

 ミーシャもティンクもお城で普通に元小姓として働いているから食堂を利用しているけど、マックスは小姓の経験がないからお城の食堂を利用したことがないんだわ、とリルルは今頃になって気が付いた。

「リルルはあまりトリュフを好きではないだろう?」

 にやりと笑って、マックスはリルルを見つめた。アレナージュ村での食事を思い出す。

「あら、気が付いた?」

「ああ、トリュフのあの香りが苦手なのか?」

 あれが決め手なのにな、とマックスは思う。

「ご想像にお任せします。領主なのにダメね。」

「領主が独り占めしていてもダメだろう。かえって良かったんじゃないか?」

「優しいのね、マックスって。」

 くすくすと笑ったリルルに、「では、期待している。トリュフの日、早ければいいな、」とマックスは囁いた。


 グロケット領に入り領都ラテストについた頃は辺りはもう暗くて、グロケット城の周辺は明々と歓迎のたいまつが沿道を照らしていた。

 門をくぐり馬車寄せに馬車を停め、リルルたちは領主夫妻であるマックスの両親に出迎えられた。

「リルル様、遠路はるばるありがとうございます。お待ちしておりました。」

 淑女の礼をしてリルルはにこやかに挨拶した。

「リルルです。この度はお招きありがとうございます。マクシミリアン様がお迎えに来てくださって大変感謝しております。」

「父上、母上、遅くなりました。これは、途中で寄りましたリルル様の御領地の産物のトリュフです。お土産に頂きました。」

 マックスが土産の籠を手渡すようハンスに指示すると、恭しくハンスがグロケット公爵の傍にいた執事に手渡した。

「これはこれは、珍しいものを。リルル様、長旅を癒していただけるようおもてなしを用意しておりますから、中へどうぞ。」

「ありがとう。お世話になります。」

 リルルの荷物をクグロワたちが執事たちに手渡し、リルルはマックスにエスコートされて城の中に入った。

 通された部屋は普通に客室で、リルルは安心した。


 ※ ※ ※


 翌朝、リルルは「起きろ、リルル、」と甘く囁く声で目を覚ました。

 うつ伏せになって枕を抱きしめて眠っていたリルルは、耳元で囁く声と、髪を撫でる優しい指に、気持ちいいなと思いながらされるままになっていた。肩を撫でる指が、腰へと流れていき、「くすぐったいよ、」と声に出た自分の声に、はっと目を覚ました。

 ん? 私の隣に誰かが寝ている?

 振り返ると、マックスが寝そべっていた。普通にナイトウェアを着ていて、普通に隣にいる…。

「マックス、どうしてここにいるの?」

「昨日一緒に寝たからだろう?」

「え?」


 部屋が違うのだから一緒に寝るわけないじゃない、と答えかけて、リルルは昨日の自分の行動を振り返った。

 公爵夫妻には豪華な海鮮料理でもてなしてもらった晩餐会は、トリュフの話やグロケット領の海産物の話で盛り上がり、とても楽しかった。

 部屋に戻ったリルルが入浴を済ませナイトウェア姿で寛いでいると、ナイトウェア姿のマックスが尋ねてきた。もう寝る準備をしているからと断ったら、少しだけと言われて仕方なく部屋に入れた。

 クグロワやサミラには心配しなくても大丈夫だからと暇を取らせて、マックスと一緒にソファアに座って今日の出来事を振り返って話をした。 

 コーヒーの話にもなった。リルルが南部の自治州の話をしながら小鹿の絵を描いていると、マックスがこれがいい、と言い出して、何枚か丁寧に描き直した。おめめぱっちりの鹿の首にはリボンが巻かれていて、足元にはコーヒーの苗が植えられている構図だった。もちろんモデルは夢の中に出てきた、あの鹿だった。

 気をよくしたリルルがマックスって優しいねと甘えて肩に凭れているうちに、見つめあった二人はキスをして、優しく抱きしめられて、マックスって暖かいなと思っていたら…。そのまま眠ってしまったのか、その先の記憶がなかった。


「安心しろ、リルルとは何もしていない。」

「そ、そう、それはありがとう。」

 照れたリルルが可愛くて、目を細めてマックスはリルルの頬を優しく撫でた。まだまだ甘い雰囲気など無理だと昨日でよくわかった。まだ夜は寝るもの、なのだろう。

「リルルをベッドに抱き運んで、寝顔を見ているうちに私も寝てしまった。客室用のベッドは二人で寝るには少し狭いな。」

「ごめんね、寝苦しかったでしょう、」

 これだけくっついて寝ればどんなベッドだって狭いと思うわ、とリルルはこっそり思う。おかげで暖かくてよく眠れたけど。

「いいや、リルルとならどこでも寝られるのだと判ってよかった。」

 じっと自分を見つめるマックスの瞳に、リルルは「キスして?」とおねだりしたくなった。自分だけを愛してくれる人に甘えたい、と欲張りな気持ちが沸き起こる。

「ああ、」と答えて微笑むマックスとキスして、胸に抱かれて今日の予定を思い浮かべた。

 着替えて、朝市に行って、海鮮やに行って、王都へ帰るんだわ。女将さんたち、また来たって言うかしら。

 とんとんとマックスの背中を叩いて、「もう起きるから離して、」と囁いたリルルに、名残惜しそうにマックスはリルルを撫でる。

 体を離しベッドから起き上がったリルルは、大きく伸びをして、まずは顔を洗おうとリルルは客室に備え付けの浴室へと向かった。振り返り、ベッドに寝そべるマックスを見る。

「マックス、着替えたらまた呼びに来てね。私、支度するわ。」

 ベッドに残されたマックスは、「私を嫌がらない様子だし、眠っている間にしておけばよかったな、」と小さく呟いた。


 クグロワとサミラに案の定、「何もなかったからよかったものの、自重なさいませ、」と怒られながら、リルルは大きな姿見の前に立って着せ替え人形になり、出かける支度を整えて貰った。

「クグロワはこっちに泊まらないで、ロックのところへ行けばよかったと思うな。もう、心配性なんだから。」

「心配だからいけなかったのです。私がいなかったらサミラが大変でしょう?」

 リルルは髪を編み込んでまとめてもらいながら、鏡に映るサミラを見上げる。

「サミラだってハンスのとこへ行けばいいと思うな。」

 リルルはサミラが否定すると予想しつつ提案してみる。

「私はハンスとは何もありません。」

 サミラはそういうの、きっちりしてそうだもんな~。

「え~、アレナージュ村で楽しそうだった気がする。」

「クグロワには負けます。」

 明るいピンク色の膝下丈のニットワンピースに、こげ茶色の透かし編みのタイツを合わせ、ベージュのトレンチコートを羽織ったリルルは、鏡に映る自分を見て、「これじゃ若い奥さんより若い学生でしょ?」と首を傾げた。

「もう、リルル様はリルル様だとバレていると思いますよ? ハンスが言うには、海鮮やの女将さんは、何かあれば『リルル様のおかげ』と言って王都に向かって拝んでいるらしいですから。」

「なあに、その面白い話。ハンスって領官なのよね? どうしてハンスが知っているのかしら。」

「海鮮やの近くにある喫茶店や食堂でチーズボールというお菓子を売っているらしいのです。それがまたよく売れて。基本のシロップ掛けに、粉糖掛け、ジャム掛けと、いろいろ売り出しているみたいです。箱詰めにして土産菓子としても売っているそうですよ? ハンスはおやつにその箱詰めを買いに行って、店員からその話を聞いたそうなんです。」

「あら、ブランデー掛けはないのね?」

「リルル様、まさかお酒を嗜められたのですか?」

 クグロワの顔色が変わる。リルルはまだ未成年なので、お酒を飲むのは王族でも禁忌だった。

「飲んだことないわ。ブランデーケーキっていうお菓子があったなあって思っただけよ。」

「まさかその話も提案されるんですか?」

「考えておきます。」

 にっこりと笑ったリルルに、言うんだろうな~とサミラが思って苦笑いをしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「きっとマックスだわ。じゃあ、行ってくるわね。クグロワたちはもてなしてもらってね。」

「畏まりました。お部屋に朝食を運んでくださるそうですから、私たちはここでのんびりとリルル様のお帰りをお待ちします。」

 濃い紺色のセーターに明るい灰色の毛織のズボンを履き黒いトレンチコートを片手に持ったマックスと、嬉しそうに出かけていったリルルを見送って、クグロワたちは「さて、お帰りになるまでのんびりとしましょうか、」と笑った。

ありがとうございました

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