39、手掛かりがないと辿り着けないもの
ようやくペンタトニークと合流して船でペンタトニークの国へ向かうことになった頃には睡眠不足も解消し疲労も抜けていたリルルは、宿題として持たされたするべき課題をすべてし終えてしまえる程、暇を持て余していた。港の別荘はとても静かで、秋の穏やかな気候の中つ国って素敵、とリルルは思った。リルルの国だとまだ残暑で暑い頃合いだった。
港に入ってきた船を見ながら、「課題も終わったし、先にこの荷物をお城に送ってしまいたのだけれど、いいかしら、」と尋ねたリルルに、ペンタトニークは「ちょうど向こうへ向かう船がありますから、」と気前よく荷物を送ってくれた。
船に乗ってしまうとさらに退屈になった。2日ほどの船旅では寝てばかりというわけにもいかず、退屈しのぎに甲板で海を眺め日向ぼっこをしていた。
大きなパラソルの下でのんびりとカモメが飛ぶのを眺めていたリルルは、ペンタトニークにお茶に誘われた。
ペンタトニークの船室は、一等貴賓室のリルルの部屋とそう変わらない間取りだった。違うのは船の持ち主の部屋ということもあって、装飾が花柄や白色といった無難なものではなく深緑色の壁紙や木製の家具といった個人向けの趣味であるというくらいだった。
まるで草原のような毛足の長い絨毯を見て、リルルは先日見た夢を思い出してげんなりした。あの夢の結果がどうなったのかなと思うと、急にお城が恋しく思えてきた。
「中つ国でいったん船団を解体して、私たちの船は我が国から遠く東方の国まで別の船団を作ります。」
テーブルに広げられた海図を指さしながら、ペンタトニークは説明する。部屋の中にはリルルと、サミラしかいなかった。クグロワはリルルの部屋に残っていた。片付け物をすると言うので、任せたのだった。
「海を東西に分けるのですね?」
「そうですな。中つ国で仕入れた荷物をいったんリルル様の国へ運ぶのです。」
「中つ国って経由地として便利なのですね。」
「ええ、だからこそ、ブルーノはあの港の持ち主の、ハープシャー公爵のご息女を頂きたいと思っているのでしょうな。」
「悪くない考えですね。」
「同じ嫁に取るなら、私なら、リルル様か遠く東方の国の姫君にしますな。」
ペンタトニークは小さく笑った。「ブルーノはああ見えて顔で選ぶ者なのです。大局を見据えるなら顔ではありません。ハープシャー公爵のご息女の方が数倍美しいが、価値はあちらの方が数倍上なのに。」
ブルーノ様ってケイティみたいなことを言ってるのね、と部屋の隅で控えながらサミラは思った。姉のケイティの人物評価の基準も美醜だった。
「リルル様、ラウラ様から何かご連絡はありましたか?」
リルルのところに手紙や知らせなど一切ないことを知っていながら、ペンタトニークは尋ねてきた。旅行に出てから一度も、誰からの通達も貰っていなかった。
「いいえ、ありませんわ?」
あ、そうか。リルルはこのお茶会はラウラの婚約のことを尋ねるためのものだと気が付いた。
「何かありましたでしょうか?」
リルルの顔を一瞬目を細めて見つめて、ペンタトニークは笑顔を作った。
「ラウラ様がご婚約者をお決めになったと、私の手の者から連絡が来ましてな。リルル様はご存知なのかと、聞いてみたかったのです。」
「あいにくと、何も便りがございませんから。そうなのですね。それは喜ばしいことです。」
リルルはしれっと微笑む。聞き耳を立てていたサミラは、ラウラ様のお相手はコニール様だといいなと思った。タッドリーがお城にいるのだと思うと気が逆立ってしまいそうだった。
「コニール・フォート殿は、チェスの名人として有名な方ですから。今度から、私たちはチェスの強い者を土産にお持ちしなくてはいけませんね、」とペンタトニークが笑った。
「コニール様ですか。ブルーノは残念でしたね。」
「いいえ、大喜びしてましたよ? シャーロット嬢と婚約させてほしいと、シャーロット嬢の誕生会のあと、私にねだってきましたからね。」
「へえ…!」
ますますゲーム通りにならない展開だわ、とリルルは瞳を輝かせた。シャーロットの誕生会はイベントのはずなのに、ローズは何もしなかったのかしら。
「でも、年内中はあきらめろと伝えてあります。シャーロット嬢はまだ婚約を解消されていませんからね。今の時点であいつが浮かれておかしな行動をとると、私の商売にも響きますからな。」
「そういうものなのですか?」
「…ラウラ様の婚約者であったから取れた商談や権利がいくつかあります。リルル様と婚約が出来ればそういうものも、手続きをやり直さなくてもいいんですが、ね?」
にやりと笑ったペンタトニークに、リルルは静かに答えた。
「さすがに、姉の婚約者だった人を日を置かずして婚約者にすることはできません。私にも名誉というものがありますから。」
ブルーノはかっこいいし好みだけれど、今の時点でそういう気は起らなかった。
「それもそうですね。忘れてください。リルル様とブルーノに今度こそ縁がある時は、お願いするかもしれませんな、」
「そうですね。先のことはわかりませんね。」
全くブルーノと婚約をする気のないリルルは平然と答えた。ブルーノはリルルの国にとって有益かもしれないけれど、リルルは時見の巫女としてラウラや国を思うと、自分の国から出る気にはなれなかった。
ペンタトニークはリルルにその気がないのを感じ取ったようで、遠く東方の国までの航路で立ち寄る国の特産物の話をして、和やかにお茶会を終わらせた。
リルルとサミラが自分たちの船室に帰ると、丁度、部屋の中からロックが出てきた。クグロワが中にいたはず、と思いながらサミラが「何か?」と問いかけると、「特に?」と軽い返事が返ってきた。
とても機嫌がよさそうなロックの表情を見て、リルルはクグロワも同じ表情だといいなと思った。
「ふうん?」
リルルは首を傾げて上目遣いにロックを見上げると、サミラに、「看板に出てちょっと風にあたってこようかな、」と散歩に誘った。
サミラは何かしらと思いながらロックとリルルを見比べて、歩き出したリルルの後をついていった。背後のドアが閉まる音がして、廊下を振り返るとロックの姿はなかった。
「あの人、クグロワを口説きに来たのね、」
リルルが小さくサミラに言った。
「クグロワはああ見えてわからず屋だから、気が揉めるわね、」
くすくすと笑ったリルルは、機嫌よさそうに鼻歌を歌って看板に向かった。
どうするつもりなんだろう、クグロワ、とサミラは首を傾げた。
※ ※ ※
ペンタトニークの国を出ると、いくつもの国の港を寄り道しながら、リルルたちは船で中央の大陸の端にある大国の遠く東方の国を目指した。
港に入港するたびペンタトニークの別荘に泊まるので、リルルはそのたびに時差を考えながら眠りについた。午前中は寝て過ごしたいなと思うような距離になってしまったと考えていても、なかなかそんな風に過ごせる日はやってこなかった。
遠く東方の国に入国した日には、さすがに故郷の姉や父と連絡が取りたくて、リルルは翌日は休養日にしてほしいとペンタトニークに願い出た。
「構いませんが、侍女の方々はどうなさいますか?」
「彼女たちも休養日にしてください。出かけたいなら案内をお願いします。私は、少し疲れました。」
リルルは眠りたいだけなので、一日ベッドで眠る理由を疲れと誤魔化した。疲れて眠るのも夢を見るために眠るのも、やってることは同じだ。
「わかりました。王都の王城での、ご依頼の書簡を渡すと言う約束の期日までまだお日にちがありますから、明日は休養日にしましょう。では、今日はこの港の私の別荘で一泊して、明後日の朝に、出発しましょう。」
「ありがとう、ペンタトニークのおじ様、」リルルが弱弱しく微笑むと、ペンタトニークは胸を突かれたように目を見開いた。
「どこかお加減でも? もう少しゆっくり移動した方がよかったですかな?」
「いいえ、十分です。」
時差が関係しているだけだもの。リルルはそう心の中で呟いた。
朝眠るために無理にでも夜更かしして過ごす必要のあったリルルは、仕方なく星座の図鑑を広げて、毛布を頭から被ってしゃがみ込み、バルコニーでこっそり空を見上げていた。
明かりをつけると怒られそうで、明かりをつけないでできる夜更かしを探した結果、夜空の星座を探す、という娯楽を見つけたのだった。ちなみに星座の図鑑を見ても星座を見つけられないので、図鑑はただのポーズだった。
リルルの眠る主寝室の隣はサミラとクグロワの眠る侍女の部屋だった。バルコニーでつながっているので、部屋の中がレースのカーテン越しにうっすらと見える。眠っている二人は、文句も言わずこんな長い旅行に付き合ってくれていた。感謝しかないわ、とリルルは思った。
ドアが開く気配がして、ナイトドレス姿のクグロワの後姿が闇に浮かんだ。サミラよりも背が低くて、サミラよりも髪が長いクグロワの後姿にはリルルは幼い頃から見慣れている。
見つかったかも? とドキドキしていると、クグロワは足音を忍ばせてドアの向こうへと消えていった。
やけぼっくいに火がついたってやつかしら、とリルルは思った。船室でロックと何かあったんだろうなということは、その後の二人の様子を観察していればわかった。ロックはクグロワとの距離を自然に縮めていたし、クグロワはロックを見る時、少し照れたような表情をするようになった。
父に、『結婚せずにリルル様の傍に一生いる』と言ってくれたクグロワが、昔の恋に胸を躍らせているのは少し妬けるものがあったのは否めない。でも、リルルは、結婚してくれるならどこへでも、ペンタトニークの国へでも嫁いでいってほしいと思った。
自分の為に人生を犠牲にするなんて、言ってくれる気持ちは嬉しいけれど、現実には苦しくなる。
「ロックが私の国にお婿に来ればいいのにな、」とリルルは呟いて、そうよ、ペンタトニークのおじさまにくださいってお願いしてみよう、とも思った。
※ ※ ※
リルルはいつの間にか自分の夢の部屋にいて、寝ちゃったのねと思いながら絵日記を付けていた。時間さえ判ればいいのだけどなあと思っていると、スタンドライトの傍に目覚まし時計が出現する。
もしかして体内時計? これは正確なのかしら、と思いながら、明け方になるまで絵を描いて時間を潰した。恐らくこの国との時間差は7時間から8時間ぐらいはあるだろうと思った。
ただ、時計が怪しい。それでもすがるものはこの時計しかないので、リルルは一か八かに賭けてみることにした。
そろそろかなとリルルはノートを閉じると、鍵を持って自分の部屋を出た。
お姉さまがいなかったらどうしよう、と思いながら階段の道を急いで駆け上がったリルルは、鍵を使ってドアを開いた。意外にも世界はつながり、ラウラの温室に足を踏み入れた。
木陰の椅子に腰かけ、ラウラが本に留まった小鳥とお話ししていた。ちぃっちっちぃと口を尖らせて鳥と話をするラウラがかわいらしくて、リルルは思わずキュンとした。
「お姉さま、お久しぶりです。」
「ああ、リルル、元気にしてた?」
「はい。私は今、遠く東方の国まで来ました。お元気ですか?」
「この前、変な夢を教えてくれて以来だもの、結構経つわね。」
「変な夢って…!」
ぶーたれたリルルに、ラウラは困ったように笑った。
「ごめんなさいね。あれはとてもすごく有用な夢だったわ。お父さまはさっそくアルヴェール領に水を運ばせて、駆除を行っていたわよ?」
「アルヴェール領? 駆除、ですか?」
目をぱちくりしたリルルに、ラウラは苦笑いをした。
「今年、あまり雪が降らなかった地域があるの。いつもなら川の水が増水して潤う畑もあまり恩恵がなくて、作付け高が昨年より落ちそうだと夏頃に報告が来ていたらしいわ。」
国の中央部分の山脈に囲まれたアルヴェール領の大半は、開けた平原だった。囲んだ山脈から流れる水は広大な平原を潤し、耕作地も国で一、二を争う、リルルの国の作物庫と言われる肥沃な土地だ。
「お父さまはリルルの夢の風景から、そこではないかとあたりを付けて、大急ぎで各地域から騎士団や領官たちを派遣させて、大量の水を周辺の領からお運ばせになったの。畑や川原近くの砂地に水を撒かせて泥水にして…、持ち込んだ鍬や鋤でかき混ぜて…。あとはリルルが見た通りだったそうよ?」
ラウラのなんとも嫌そうな顔を見て、リルルも光景を思い出して嫌な気分になった。
「途中から農民や子供たちが手伝ってくれたり女性たちが差し入れをくれたりで、すごく歓迎されたし、収穫前の作物に影響は出なかったみたいなの…。おかげでお父さまの評価はものすごく上がったわ。まあ、ものすごく嫌な仕事だったって噂にはなってたわね。」
「そんなにいたのですか?」
夢でもうじゃうじゃいたもの、あれが大きな土地で至る所で起こっていたなら、それはそれはすごい数でいたのだろう…。リルルは気持ち悪くて首を振った。
「ええ、何万という単位でいたらしいわ。」
ラウラは、しみじみ言う。「ほっておいたら、蝗害が起こったでしょうね。」
「お父さまの読みが当たったんですね、」
夢を見ても嫌な気分にしかならなかったリルルとは違って、そこまで考えて場所を特定した父はすごいと思った。
「国の食料を守ってくれてありがとう、リルル。早めに知れて、とても助かったわ。あれがすべて成虫になっていたかと思うと…、気持ち悪いじゃすまなかったでしょうね、」
「今までと違う夢で、気になってたのです。よかった。お姉さま、教えてくださってありがとう。」
リルルはもじもじと、頬を染めて俯いた。
「あと…、お母さまや、クリスは元気ですか?」
お城を出立する朝に会えた母は、リルルを抱きしめて、「必ず帰ってくるんですよ、」と囁いた。リルルは母がはっきりと話せないほど弱っているのかと思えて、ぎゅっと抱きしめてしまったことを思い出した。
クリスは名残惜しそうにリルルにまとわりついて、「いつか必ず、リルルお姉さまの代わりに国書を届けに行くお役目をやりますからね、」と笑っていた。「クリス、お土産に欲しいものは?」と尋ねると、頬を染めて「異国の花の図鑑を、」と小声で答えていた。可愛い弟の顔が忘れられない。
「みんな元気よ。お母さまは少し涼しくなったから、お召し上がりになる量が増えて、誰もがほっとしてるわ。」
「そうですか、それは良かった。」
「クリスはいつも通り温室にいるわ。あの子、秋の鳴虫が聞き分けられるようになったって得意そうに話していたから、私、あの夢を思い出しちゃったわ。」
苦笑するラウラに、リルルも苦笑いした。
「そうそう、お姉さまの結婚相手が決まった話、もうこちらにも届いていますよ?」
「あら、案外早かったわね。ふうん、機密事項ってあんまり意味がないのね。まあ、いいわ。私の誕生日ももうじきだもの。」
「コニール様はお元気ですか?」
「あの人は覚悟が決まったから、顔つきが変わって来たわよ?」
「へえ…、」
「前みたいに優しくて、誰かに手を差し伸べれる余裕もあるけれど、何よりも、私に対して素直よ?」
「それはよかったですね。」
「そうよ、」とラウラは笑った。「私を愛せない人が国を愛せるわけないもの。」
コニールと姉が並んだところを見てみたかったな、とリルルは思った。
「私、もしかすると、コニール様とお姉さまが並んで一緒にいらっしゃるところを、まだ見たことがないかもしれません。」
「そうだったかしら。」
「ええ、いつもタッドリーとでしたよ?」
正確にはタッドリーと生徒会の役員たちと、だった。あとはステイファと沢山の級友たちか、だった。姉のラウラはいつも誰かに囲まれていた。
「あの人とは役職の関係上仕方なく、でしょ?」
ラウラは生徒会長をやっていて、タッドリーは副会長だった。
「そういうのも、タッドリーを補助する者たちが上手すぎて、気が付けなかったのかも知れないわね。能力比べって、やっぱり必要なことだったのね。」
「大変でしたけどね、」としみじみリルルが笑うと、「そうね、」とラウラもつられて笑った。
「リルルがコニール様を助けてくれたんでしょう?」
「何をですか?」
「タッドリーの補佐ばかりしていては大局を見れないのではって気が付かせてくれたから、変われたって言っていたわよ?」
「そうでしたっけ?」
リルルがすっとぼけると、ラウラはくすりと笑った。
「勝ち方を教えたのに、生き方を教えられたってコニール様は笑っていたわ。」
「お姉さまたちは仲良しなんですね。もしかして筒抜けですか?」
くすくすと、二人は顔を見合わせて笑った。
「そうよ、私の特別だもの。コニール様にはいつか、お父さまみたいにリルルの夢の謎解きをしてもらわないといけないものね。」
「そうですね、私が夢を見ても、理解できる人が有効に役に立ててくれないと、ただの夢で終わりますね。」
「私は無理ね。リルルの夢の結果だけを聞くことにするわ。まあ、夢枕に立ってもらって、伝言を伝えるだけならできそうだわ。」
「では、できるだけ早くお休みになってくださいね、お姉さまが眠っていらっしゃらないと、私はお伝え出来ないのです。」
リルルが真面目な顔をすると、ラウラも真面目な顔になる。
「今、どれくらい時間の距離があるのかしら。」
「おそらく7時間から8時間です。」
指を折って時間を逆算して、ラウラはリルルを見つめた。
「私は最近、夜10時には寝ているのよ? 今リルルに会っているのだとしたら…、リルルは今、明け方頃かしら。」
「恐らくそんなところです。」
「わかったわ。お父さまにもなるべく早くお眠りになるようにお伝えするわね。」
「ありがとうございます、お姉さま、」
リルルはラウラの手を握って、「お姉さま、ではこの国でのお仕事、頑張ってきますね、」とにっこりと笑った。温室の木の陰にドアを見つけ、手を振ってからラウラの夢を出た。
目が覚めたリルルは、ベッドの上にきちんと寝ている自分に驚いた。部屋の中は随分明るくて、太陽は高く上がっている。
「リルル様、お目覚めですか?」
本を眺めていたクグロワがソファアから立ち上がった。
「昨日、バルコニーで寝ておられたでしょう? 見つけたときは心臓が止まるかと思いましたよ? 急いでロックに頼んでベッドに運んでもらったからよかったものの…、お風邪を召されたらどうなさるおつもりだったんです?」
「大丈夫よ、私、元気な子だから。」
「根拠のない自信などいりません。あとでロックにお礼を言っておいて下さいね。」
「はい…。ところで、クグロワ、出かけないの?」
「ええ、護衛の者と買い物に出かけたサミラには、私にも何か素敵なものがあればと頼んでありますし…。私はリルル様のお傍にいたかったのです。」
優しく微笑んだクグロワの心からの声を聴いて、リルルは申し訳なく思った。
「ロックと、デートしてきてって言ったら、怒る?」
「どうしてそんなこと、仰るんです?」
クグロワは訝し気にリルルを見つめた。
大切な侍女のクグロワは、大切なリルルの姉のような存在でもあった。言葉を選びながら、誤解されないように、自分の気持ちを伝えたい。
「クグロワには幸せになってほしいから。」
「今、十分幸せですよ? リルル様が私の幸せを願ってくださったでしょう?」
おかしそうにクグロワは答えて、リルルの願いを聞き流そうとする。
「…そういうことを言ってるのではないの。クグロワがいつか死ぬ時、傍にいて幸せだったよって言える人といてほしいなって思っただけ。」
リルルがそう伝えると、クグロワははっとした表情になった。
リルル様はもしかして、私たちの関係に罪悪感を持っていらっしゃるのかしら、とクグロワは思った。自分の為に結婚を諦めていると思っていらっしゃるのだとしたら、それは違うのだとお伝えしたい。
私には私の事情があって結婚という人生を選んでいないだけだと言いそうになって、クグロワは、その私の事情はいつか自分が死ぬ時にどういうものだと認識するのかしらと、冷静に考えてみた。
同じように、ロックも私の個人的な事情を知らないだろうと思うと、ロックにもいつか伝えなくてはいけないと、クグロワには思えてきた。
「私は今日寝ている予定だから、何もしないわ。大丈夫だから、クグロワ。ロックとデート、行ってきて欲しいな。」
リルルはそう言って、クグロワに背を向けて瞳を閉じた。
わざと寝息を立てていると、やがて、クグロワが部屋の外へ行く気配がした。カギが掛かる音がして、部屋は静かになった。
「やれやれ。」
手間のかかるおねえさんだ、と独り言を呟いて、リルルは仰向けになって眠りなおした。
ありがとうございました。
※この物語はあくまでもフィクションです。




