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9 婚約者の本性4

「リズ?」


 アーサーは、まさかここに私がいるとは思っていなかったのだろう。少し驚いているようだった。


「お母様に何を吹き込んだ! アーサー!」


 アーサーの姿を見た途端、私の怒りが再燃した。ソファから立ち上がると思わず彼の襟首を締め上げていた。


 私の怒りにもアーサーは全く動じなかった。いつもと変わらぬ冷静さで自分の襟首を締め上げる私の両手首を摑んで引き離すと扉近くの壁に私を押さえつけた。


「……昨日の今日だから避けられると思っていたのですが、王妃の真似をしているうちに彼女のように考えなしに行動するようになってしまったようですね」


 私はアーサーの言葉など聞いていなかった。聞いていれば無視できない言葉の数々だったのに。


「放せ!」


 至近距離にいるアーサーの姿に昨夜の事を思い出して動揺したのだ。それ(・・)を悟られまいと喚きだした。


「婚約者の気を引くために他の男の子を妊娠したなどと公言などするものか! だったら、物心ついた時から、わざわざ嫌われる言動なんかしないわよ! そんな馬鹿を言うお前もお前だが信じるお母様もお母様だ!」


 頭に血が上っている私は途中で、とんでもない事を口走っているのに気づいていなかった。


「人は自分の信じたいものしか信じませんからね」


 私を押さえつけたままアーサーは醒めた顔で発言をした。


「……ところで、今、物心ついた時から、わざわざ私に嫌われる言動をしていたと仰いましたが」


「……え?」


 私は最初何を言われたか分からなかった。理解した途端、勢いよく否定した。


「……ち、違う! 言葉の綾だ! わた……妾は、お前が嫌いだ! それは本当だ!」


 興奮する私とは対照的にアーサーはいつもと同じく冷静だった。


「……貴女が私を嫌いでも構いませんが」


 ……自分から「嫌い」と言っておいてなんだが傷ついた。アーサーにとって婚約者(わたし)の自分に対する想いなど、どうでもいいと分かったからだ。


 ――その男には死ぬよりもつらい目に遭わせるし、貴女は生涯、後宮から出られないと思いなさい。


 あれは本気で言ったと思ったのに。


 ただ単に王配になりたいだけなら、あんな事は言わない。


 私が他の男の子を孕んだ(嘘だけど)と公言しても国王は彼以外の婚約者を認めない。私が何をしても王女(わたし)の夫は彼以外なれない。つまり王配は彼しかなれない。


 王配になりたいだけなら私が本当に他の男と肌を重ねて子を孕もうと何も言わないはずだ。


 ……私に対する何らかの感情があるのだと勘違いしてしまった。


 どうしてそう思えたのだろう? 出会った時から嫌われる言動しかしてこなかったのに。


 従妹とはいえ、それだけで彼が私を好きになるなどありえない。


 公式の場で、あんな発言をして彼の男性としての面目を潰したのだ。二度とそんな事がないように、あんな事を言って私を脅しただけだ。きっとそれだけだ。そう考えれば納得できる。


「……ここは宰相(わたし)の部屋で、今は私もいる。あまり妙な事はするな」


 宰相がソファに座ったまま声をかけてきた。……そうだった。宰相もいたのだ。


 宰相(父親)の言葉にアーサーは、あっさり私を離した。


「……いたんなら、さっさと私からアーサーを引き離してくれてもいいじゃない」


 思わず恨み言を言う私に、宰相は困った顔をした。


「……アーサーの恨みを買いたくないので」


 ……父親を「クソ親父」呼ばわりする私が言うのもなんだが、どういう親子なんだ?


「陛下の所に行ってきたのだろう? やはり噂についてか?」


 宰相はこれ以上私の相手をせず息子(アーサー)に尋ねた。噂というのは、「昨夜私とアーサーに起こった事」についてだろう。


「はい。噂の詳細ですね。私と入れ替わりに王妃が来ました」


 ……頭が痛くなってきた。王妃は国王に好き放題言ってくれたのだろう。


「……ちゃんと何もなかったって言ったわよね? 国王(父親)にまで誤解されるなど、さすがに耐えられないもの」


「……婚約者以外の男の子を妊娠したと思われるのは構わないんですね」


 さすが親子というべきか。()しくもアーサーの受け答えは宰相と同じだった。しかし彼の場合は「思わず口から出た」のではなく、はっきりと皮肉や嫌味だと分かる。


 だが、宰相にも言ったように、彼にした事を思えば何を言われても仕方ないのだ。


「これくらいで黙り込むんですか? あんなふざけた事を公言してまで婚約破棄しようとしたのに、やはり貴女に、この手の事は向きませんね」


 アーサーは呆れているようだった。


「……帰る」


 これ以上アーサーと話しても無駄だと悟った。怒りで我を忘れて、ここに来てしまったが、彼を相手にするには妾妃くらい腹黒で肝が据わった女でないと無理だ。


「……アルバートが言っていたわ」


 妾妃を思い出したので言ってやった。


「アーサーは妾妃以上の食わせ者だってね」


 悔し紛れの発言だったが反応は予想外なものだった。宰相は噴き出し、アーサーは実に嫌そうな顔になったのだ。


「……あんな女と一緒にしないでください」


 意外だった。妾妃は見かけだけは儚げな絶世の美女。男性ならまず、あの見かけに目を奪われて彼女の腹黒さに気づかないからだ。


「……昨夜、私と何もなかった(・・・・・・)と思いたいようですが」


 アーサーが突然そんな事を言いだした。


「……な、何よ?」


「貴女を眠らせた後、私が何もしなかった(・・・・・・・)とでも?」


「……眠っている女に何か(・・)するあなたじゃないでしょう?」


「貴女を眠らせる前に私がした事を思えば、どうしてそう考えられるか不思議ですね」


「だって、本気じゃなかったでしょう?」


 私を眠らせる前のあれ(・・)はエドワードと本当に肌を重ねたか確かめるためで、本気で私をどうこうするつもりではなかったはずだ。


「さあ、どうでしょう」


 素っ気なく言うアーサーに私は不安になった。


 アーサーなら、いくら婚約者でも寝ている女をどうこうはしないはずだ。けれど、昨夜で彼が私が思っているような冷静で怜悧なだけの人間でない事は分かった。ものすごく怒っていたし、もしかしたら、いやでも――。


 アーサーは笑い出した。昨夜の哄笑は今朝の私と同じで、どこかやけくそぎみだった。けれど、今は心から楽しんで笑っているのが分かる。


 突然の哄笑に昨夜は戸惑うだけだったが今は見惚れてしまった。それくらい心から笑う彼は普段とは違う魅力があるのだ。整い過ぎた容姿とカリスマ性で黙って立っているだけで他者を威圧する彼だが笑うと驚くほど柔らかな印象になる。


「……本当に貴女は何でも顔に出る」


 笑いをおさめたアーサーが言った。私自身は気づいていなかったが、ぐるぐる悩んでいるのが、しっかり顔に出ていたらしい。


「どれだけ王妃の真似をして高慢な言動をしても、その表情が全て台無しにしてますよ」


「……気づいていたの? 妾、いえ私がずっと演技を……お母様の真似をしていたって?」


 ……そういえば、昨夜はアーサーの迫力の気圧されて私はすっかり素の話し方になっていたのに、彼に全く驚いた様子がなかった。


「気づかないほうがおかしいですよ。あんな泣きそうな顔で悪態を吐かれてはね」


 ……全部無駄だったって事か? いや、アーサーがただ私の演技に気づいていたってだけで、他の人までそうとは限らない。私が女王に相応しくないと思ってくれているはずだ。


「人の表面しか見ない脳筋の王妃とはともかく」


 アーサーは、さりげなく王妃であり叔母である女性を貶している。


 確かに王妃はアーサーの言う通りの人ではあるが甥である彼を息子のように慈しんでいるのだ。その言い方はどうかと思うが王妃の娘である私自身も妾妃やアルバート相手に彼女について話す時「脳筋」と言っているので抗議しにくい。


 私のこのもやもやも顔に出ていると思うのだが、アーサーは気にする事なく話を続けた。


「陛下や父上は気づいていますよ。見抜けないほうがおかしいですよ。貴女のあんな(つたな)い演技に」


 言われてみれば確かに、私が「妾モード」でなくなっても宰相は全く驚かなかった。国王も、いくら(わたし)に無関心でも、あの(・・)妾妃と十八年も付き合っているのだ。私ごときの演技に気づかないはずがない。


「口づけ以外は何もしてませんよ」


 アーサーが脱線した話を戻した。


「私が何かしてたら、ここに怒鳴り込める体力など残っていませんよ」


 私は心の底から安堵した。不穏な科白を言われたが、そこは気にしない事にする。下手に藪をつついて蛇を出したくはない。


「……あのままでは本気になりそうだったから眠らせたんですよ。寝ている貴女を抱いても、おもしろくありませんからね」


「……その釈明もどうかと思うぞ。アーサー」


 何も言えない私の代わりという訳ではないだろうが宰相が突っ込んだ。奇しくも、それは私が誕生日のパーティーでアーサーに言った科白だ。


「とにかく何もなかったのならいいわ」


 口づけは、ただ眠り薬を飲ませるためだったから「何もなかった」事にする。


 誰が何と言おうと、昨夜のあれ(・・)はキスじゃない!


 ……いくら愛する男性(アーサー)でも、あれ(・・)初めての接吻(ファーストキス)では悲しすぎる。エドワードに何度も求められたが体も唇も許さなかったのだ。自尊心と「初めては好きな人とロマンチックに」という乙女の夢があるのだ。アーサーとの婚約破棄のためだけに利用した男に許すはずがない。


 ……私はすっかり忘れていたのだ。眠りに落ちる直前もう一度アーサーに口づけされていた事を。


「婚約者以外の男の子を妊娠したと思われるのはよくて、婚約者と婚前交渉したと思われたくないとは理解できませんね」


「婚前交渉とか言うな!」


 淡々と何でもない事のように言うアーサーとは対照的に私は真っ赤になって怒鳴りつけた。彼の美しい唇から、その美声で「婚前交渉」なんて言葉、正直聞きたくなかった。


「周囲に何かあった(・・・・・)と思わせれば、私がこのまま、あなたとおとなしく結婚すると思うなら大間違いよ! 私は絶対に、あなたとの婚約を破棄してやる!」


「……今それを言わなくても」


 宰相は頭を抱えている。彼が言うように今言うべき科白ではなかった。頭に血が上ってしまって思わず出てしまったのだ。


「……昨夜で私がどういう人間か少しは理解されたと思ったのですが、まだのようですね」


 アーサーは昨夜ほどではないが明らかに機嫌を損ねた顔をしている。超絶美形だからか、それとも彼だからか、こういう表情も迫力がある。だが幸か不幸か、昨夜のアーサーの怒気が凄すぎたので、これくらいなら、私はなんとか踏み止まることができた。


 気のせいか、昨夜からアーサーは私に対して感情を露にするようになった気がする。怒ったり笑ったり皮肉を言ったり。今まで彼が私に見せてくれなかった姿だ。私が演技をしていたから彼も素の自分を見せなかったのだろう。


「……あなたがどういう人間かなど、どうでもいい。私は絶対に、あなたとの婚約を破棄する。それだけよ」


 今度こそ私は部屋から出て行こうとした。


「……私もこれだけは言っておきます」


 先程の宰相のような静かだが無視できない強い口調だった。思わず振り返った私をアーサーは射貫くように見つめていた。


「私は絶対に貴女と結婚する。貴女が私との婚約破棄のために、どんな策を弄そうと全て潰します」


 私は嗤った。


「……ここまで言われても私と結婚すると言えるなんてね。大した義務感だわ」


「義務感?」


 怪訝そうな顔をするアーサーに私は言った。


「ごまかさなくていい。国王の命令だから私と結婚するんでしょう?」


「……王女殿下、アーサーは」


 何か言いかける宰相をアーサーが遮った。


「……本当に貴女は何も分かってない」


 アーサーは昨夜と同じ哀しそうな苛立ったような表情で同じ科白を言った。




















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