10 ケイティの土下座
「あなただって私の事を何ひとつ分かってない! 私の今までの態度が演技だと見抜いたくらいで、私の全てが分かったなんて思わないで!」
私は大声でそう言うと王女らしからぬ乱暴な所作で扉を開け出て行った。扉が閉まる直前、溜息を吐くアーサーの姿が見えた。
怒鳴り込みにきたものの、何だか負けた気がする。
宰相の部屋から出た私は、もやもやを抱えたまま宰相府の回廊を歩いていた。
「絶対に婚約破棄してやる!」とアーサーに啖呵を切ったものの、次の一手が思い浮かばない。
……婚約者以外の男の子を妊娠したと公言すれば、それで解決すると思っていたからだ。
「……『あなた達』が生きていてくれればよかったのに」
赤ん坊の頃亡くなった私とアルバートの兄弟姉妹。
私が産まれる一年前に王妃と妾妃は、それぞれ男の子を産んだ。彼女達が最初に産んだ子供達。けれど、王妃が産んだ男の子は死産、妾妃が産んだ男の子は表向きは突然死となっているが……殺されたのだ。
私と同じ日に産まれた異母姉妹。アルバートと同じ日に産まれた彼の異母兄弟、私のもう一人の弟。二人は正真正銘の突然死だ。
私とアルバートは王位を望まず押しつけあっているが「彼ら」が生きていれば、そのうちの一人が喜んで次期国王になってくれたかもしれない。……最悪、王位を巡って争ったかもしれないが。
仮定の話をしても空しいのは分かっている。
現実には「彼ら」は存在せず、生きている王女と王子よりもアーサーのほうがずっと王に相応しかった。だから、国王は彼を唯一の王女である私の婚約者にしたのだ。彼を王配、いや「王」にするために。
アーサーが「王」になるのは構わない。むしろ、この国のためには、そのほうがいい。けれど、その絶対条件は王女との結婚だ。そうなったら私は女王だ。それは絶対に嫌だ。
王女と結婚する事なくアーサーが「王」なる。そんな最良な方法はないものだろうか?
「……姫様」
遠慮がちに声をかけられた。見ると私の数歩前にケイティが佇んでいた。
「……何の用? 私の視界に入るなと言ったはずよ」
ケイティ相手に王妃の真似をしても無駄なのは、もう分かっている。だから、素の話し方だ。
「……お話があるのです」
ケイティは私の話し方の変化に全く驚いていない。今朝の私の囁きで全てを察したからだろう。
「私にはない」
にべもなく拒絶する私に、それでもケイティは食い下がった。
「……どうか聞いてください。聞いてくださった後、私をあの方の元に戻すなりなんなり、お好きになさってくださって構いません」
私は再び歩きながら言った。
「……そこまで言うなら話を聞くわ。誰もいない所に行きましょう」
宰相府の回廊で込み入った話などしたくない。
私がケイティを連れてきたのは後宮の外れにある林の中。私がストレス解消に独りで喚き散らして暴れるのに使用する場所のひとつだ。
「話を聞くわ」
私が大木を背にしてケイティと向き合った途端、彼女はその場で土下座した。
「申し訳ありませんでした!」
「……な、何よ。突然」
動揺する私にケイティは顔を上げないまま言った。
「……姫様が仰る通り、私は、ずっと姫様を騙していました。もうお気づきでしょうけれど、私は妾妃メアリー様の部下でした。あの方の命令で貴女の侍女になり貴女を監視していました」
「……ええ。気づいたわ。アーサーの言葉でね」
――彼女が貴女に知られたくない事を。
その言葉で充分だった。
「……私の地雷は、あの女に関する事よ」
王妃は唯一撃退できなかった妾妃メアリーを毛嫌いしている。周囲は母である王妃が妾妃を毛嫌いしているから王女もそれに倣っているのだと思っているだろう。
けれど、私の妾妃嫌いは、そんな単純なものではない。もっと根が深く厄介だ。
「王女の下に配属されようと侍女達の真の主は国王。そんな事、アーサーに言われるまでもない。だから、あなたが特に国王に目を掛けられて王女を監視していたとしても何とも思わない。でも」
私はケイティの頭上に冷たい声を降らせた。
「あの女が係るなら話は別よ」
ケイティが妾妃の部下で彼女の命令で私を監視していたと知れば、私は絶対に許さない。
アーサーがどうやってケイティが妾妃の部下だと知ったのかは知らない。けれど、私の地雷が妾妃なのは周知の事実。だから、彼は、ああ言ったのだ。
「……あの女の命令で私に仕えていたとしても、あなたは他の侍女達よりもずっと丁寧に私の世話をしてくれたわ。だから、最後の恩情で解雇はしなかったのよ」
ケイティが妾妃の部下だと知って最初に感じたのは「裏切られた!」という怒りや失望だった。
侍女達の真の主が国王であり彼女達が王女を監視しているのを知っていたくせに、いつの間にか、私はケイティに親しみを感じていたのだ。私がどんなに高慢に振舞っても他の侍女達よりもずっと丁寧に私の世話をしてくれた彼女に。
たとえ、私の態度が演技だと見抜かれていたとしても、素の自分として接していないのだ。そんなので本当の親愛など生まれるはずがない。ケイティが妾妃の命令で私を監視していた事を抜きにしても「裏切られた!」と恨むのは筋違いだ。
頭では分かっていても、ケイティに対する怒りはおさまらなかった。だから「視界に入るな」と命じた。彼女を見る度に裏切られた怒りと失望に胸が痛むからだ。
「……信じてはくださらないかもしれませんが、私の今の主はメアリー様ではなく貴女です。姫様」
ケイティが意外な事を言いだした。
「……何言っているのよ?」
「メアリー様にはちゃんと了承を得ました。どうか今まで通り貴女に仕えさせてください。姫様」
「……あの女が主替えを許すはずないじゃない。馬鹿も休み休み言ってよ」
「他の人間であればそうでしょう。でも、姫様だからメアリー様はお許しくださったのだと思います」
――わたくしなりに、あなたの幸福を願っているのよ。
……知っている。あの女なりに私を愛してくれているのは。
――メアリーは貴女に無事に生きてほしいから、こうしたんだ。それが分からない貴女じゃないだろう?
弟も、いや弟のほうが、ずっとあの女の被害者だ。だのに、彼女を庇って私に苦言を呈したのだ。
あの女のせいで、今、私が享受している愛情を失い、代わりに本来なら向けられるはずがなかった嫌悪を向けられたのに。それでいて、あの女は弟に何も与えないのに。
アルバートは、あの女に全てを捧げるのだ。その気持ちが私には全く理解できない。弟のほうが私以上に、あの女を嫌って、いや憎んで当然だのに。
――わたしは、あなたをぜったいにゆるさない。
三歳の私が、あの女に言い放った科白だ。今も、その気持ちは変わらない。
弟が何を言っても、あの女なりに私を愛してくれても、許せないものは許せない。
「……あなたは知っているのね。あの女が私の――」
これ以上は口が裂けても言いたくない。ケイティは私のそんな思いを酌んだようで黙って頷いた。
「……あなたの好きにすればいい」
私の言葉にケイティは顔を上げた。
「あの女の元に戻るなり私に仕えるなり好きにすればいい。ただし、私はあなたを特別扱いしない。侍女の一人として扱うわ」
「ありがとうございます!」
ケイティは土下座のまま深々と頭を下げた。




