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13 弟の婚約者と私の友人達

 一ヶ月後、本格的に暑くなってきた夏。ようやく私の謹慎が解けた。


 学院に行く事を考えると頭が痛いが、いつまでも自室に閉じこもっている訳にはいかない。


 馬車から降りた私に生徒達の視線が突き刺さるが気にしてない風を装い背筋を伸ばして歩く。国王に謹慎命令された王女がようやく登校してきたのだ。注目する気持ちは分かる。物言いたげな視線はあるものの王女である私に直接声をかける者はいないらしい。


 だが、中には、そんな事を気にしない空気を読めない者もいて――。


「お義姉様(ねえさま)!」


 舌足らずな甘い声。男性なら聞き惚れるだろうが私は聞くだけで苛つく。


 こちらに駆け寄ってくるのは絶世の美少女。小柄で華奢ながらグラマラスな肢体。長く真っ直ぐな銀髪に淡い緑の瞳。ことごとく妾妃と同じ特徴を持つ彼女は、その顔立ちまで似通っている。彼女の亡くなった母親が妾妃と同じ北方出身だからだろう。


 アントニア・ローリゲン男爵令嬢。アルバートの婚約者だ。今年で十五になる。


 初めて見た時から気に入らなかった。まず、その容姿が私がこの世で一番嫌いな女に似ているから。容姿だけで嫌うなら彼女に申し訳なく思うが幸い(という言い方はどうかと思うけど)その内面も好きになれない。妾妃とはまた違う意味で私を苛つかせるのだ。


「……何度も言っているけど、まだアルバートと結婚していないのだから私を『お義姉様』と呼ぶのは、やめなさい」


 一番騙したかったアーサーや国王にばれているため私はもう演技をやめた(王妃以外)。今では(王妃相手以外は)どこでも素の話し方だ。


「ごきげんよう! お義姉様!」


 今回もアントニアは私の言葉など聞いちゃいなかった。満面の笑顔で挨拶してくる。その愛らしい笑顔に男性なら顔が緩むだろうが私はとにかく苛々する。


 私はアントニアを無視して校舎に向かって歩き出した。


 とにかくアントニアを相手にすると苛々して疲れるのだ。だから、いない者のように扱い無視しているというのに、彼女は構わず私にまとわりついてくる。


「エドワード・ヴォーデン様の御子を妊娠したというのは嘘だという話は本当ですか? なぜ、そんな嘘を吐いたのですか? そんな騒ぎを起こしたのにアーサー様との婚約は続行したとか。よかったですね!」


 ひたすら無視して歩いていた私だが、さすがに我慢の限界だった。


 思わず足を止めアントニアと向き合う。そんな私に構わず彼女は笑顔で話を続けた。


「駄目ですよ! お義姉様。アーサー様という素晴らしい方と婚約なさっているのに、他の男性に目移りしては!」


 批判は覚悟していた。婚約者のいる身で他の男に体を許した上、妊娠した(嘘だけど)と公言したのだ。誰に何を言われても仕方ない。


 けれど、だからといって、こんな脳内お花畑な小娘に偉そうに説教などされたくない!


「……黙れ」


 私の押し殺した声はアントニアには聞こえなかったらしく、彼女はまだ呑気にぺらぺらと喋り続けている。


「エドワード様は、お義姉様が王女様だから近づいてきたのでしょう? それにお気づきにならないなんて、お義姉様は、おまぬけさんなんですね! そんなお義姉様が起こした騒ぎを収拾させられたアーサー様はお可哀想ですわ。アーサー様は陛下に命令されて仕方なく、お義姉様と婚約させられたのですから、少しはアーサー様の事をお考えになって」


「黙れと言っている!」


 私が怒鳴りつけ拳を振り上げる前にアントニアは地面に転がった。


「ごきげんよう! リズ様!」


 背後からアントニアを蹴り飛ばした美少女が、にこやかに挨拶してきた。


「……ご、ごきげんよう。ローズマリー」


 私は思わず反射的に彼女に挨拶を返していた。


 彼女はローズマリー・ダドリー伯爵令嬢。私のクラスメートで親友(私はそう思っている)であり私とアーサーの従兄ロバート・ウィザーズ侯爵令息の婚約者だ。


 茶髪に青い瞳。中背で華奢ながらグラマラスな肢体の美少女だ。


 ローズマリーに蹴り飛ばされたアントニアは気絶しているようだ。地面に倒れたまま動かない。女性でも、特に貴族なら武術習得が当然だのに彼女は全くしなかったらしい。かといって他の勉強もしていないようだが。容姿こそ似ていても、それが彼女と妾妃の大きな違いだ。


 登校する生徒達は地面に倒れたままのアントニアに迷惑そうな視線を向けながら避けて通っている。誰も彼女を介抱しようとしない。嫌われているのだ。日常で「わたくしは王子様の婚約者なの」という上から目線。しかも、厄介な事に、その自覚がない。


 それでも他国なら、その美しさで男性からだけでも、ちやほやされるだろうが、この国では無理だ。この国で何よりも尊ぶのは強さだ。美しさだけでは男性は見向きもしないのだ。


 私は屈みこんでアントニアの頭に打撃がなさそうなのを確認すると立ち上がり、そのまま校舎に向かって歩き出した。彼女の言動に、かなりむかついたので介抱してやる気が起きなかったのだ。さすがに頭に打撃を受けているようなら医務室に駆け込むが、どうやらそこまでしてやる必要はないらしい。


「あー、さすがに頭に衝撃を与える事はしませんでしたよ。こんな脳内お花畑の馬鹿のために殺人犯になどなりたくありませんので」


 ローズマリーがのんびりと話しかけてきた。


 他国では、いきなり攻撃を仕掛けたローズマリーが非難されるだろうが《脳筋国家》のこの国では避けられないアントニアが悪いという事になる。さすがに殺人犯となれば貴族令嬢でも法の裁きを受けなければならないが。


「……本当は注意しなければいけないのだろうけど、実を言うと助かったわ。彼女の言葉に、かなりむかついていたの」


 いくら脳筋な王妃の真似をしていたとしても、さすがに暴力を振るう事だけはしなかった。せいぜい高慢な言葉を吐くくらいだ。その自制がなくなるくらいアントニアの言葉にむかついたのだ。


「通行の邪魔だったし、聞き苦しい言葉を撒き散らしていたので、思わず足が出てしまいましたわ」


 そう言うとローズマリーは貴族の令嬢らしく「おほほ」と笑う。彼女がアントニアを蹴り飛ばしたところを見てなければ素直に見惚れる美しい笑みだ。


「誰かに何か言われたら王女が命じたんだと言えばいいわ。あなたが蹴らなきゃ私が殴っていたし」


「……リズ様、話し方変わりましたね」


 アントニアは気づかなかったようだが、さすがクラスメートで親友(私はそう思っている)のローズマリーは気づいたらしい。


「……これが私の素の話し方よ。今まで、あなた達を欺いてた」


 王女(わたし)相手だろうと言いたい事を言う彼女だ。さぞかし罵倒されるだろうと覚悟していたのだが――。


「ああ、やっぱりそうだったんですね」


 さしてショックを受けていないらしいローズマリーに今度は私が驚いた。


「……やっぱりって?」


「んー、何というか、話し方や表情が不自然だったんですよ。誰かの真似をしているんだなって。それに」


 ローズマリーも王妃と同じく脳筋だが意外と(こういう言い方は失礼だけど)人を見る眼はあるのだ。


「こっそりと校舎裏の林に入っては樹を殴りながら怒鳴り散らしている姿を見てしまいましたからね」


 ローズマリーは、くすくす笑い出した。


「み、見てたの!?」


 それは、かなり恥ずかしい。例のごとくアントニアの言動にむかついて、後宮に帰るまで我慢できず校舎裏でストレス解消しているのを、しっかり目撃されていたらしい。


「ああ。大丈夫ですよ。誰かに言いつけたりはしてませんから」


「……それは、ありがとう」


 それでも恥ずかしい。


「……私はあなた達を欺いていたけど、友人だと思っている。それに嘘はないわ。……信じてくれないだろうけど」


 私の態度が演技だと知りつつ仲良くしてくれたのは私が王女だからかもしれない。それなならそれで仕方ない。責める事はできない。


 私はアーサーとは違う。国王(父親)や弟に似た美しいと言われる容姿と王女という身分を抜きにすれば、私はただの女だ。いや、最低な人間だ。女王になりたくないばかりに物心ついた頃から周囲を欺いていた。……何より「真実」を知りながら、あの人(・・・)を二重の意味で騙し続けているのだから。


「分かりますよ。だから、私達も貴女の友人でいるんです。貴女が王女様だからじゃない」


「私達?」


 私はローズマリーを含めたクラスメート三人と特に仲がいいのだ。


「言ってはなんですが、私達は賢くありません」


 学力別のクラスで最下位だ。勉学での優秀さという意味での賢さではそうなる。


「でも、人を見る眼だけは確かだと自負しています。貴女が何かの思惑で本当の自分を隠しているのだとしても、私達への友情だけは嘘ではないと確信しています。だから、一緒にいるんですよ」


「思惑」などという大層なものではない。身勝手な理由だ。王女として生まれながら「女王になりたくない」という。国王の言う通り、そんな我儘は許されないのに。


「……ローズマリー」


 登校したら彼女達にきちんと話して謝るつもりだった。「私の態度は演技だけど、あなた達を友人だと思う気持ちに嘘はない」と。


 けれど、ローズマリーは私の態度が演技だと知りつつ仲良くしてくれていたのだ。しかも、それは私が王女だからではなく私個人に対して友情を持っていてくれたからだ。


「マリアンヌもレベッカも、ちゃんと分かっていますよ」


「ええ。その通りですわ。リズ様」


 ローズマリーが今言ったマリアンヌとレベッカが歩み寄ってきた。校舎に向かう途中で私達の話を聞いていたらしい。


 マリアンヌ・エクレストン子爵令嬢とレベッカ・ソールズ子爵令嬢だ。


「私達が貴女の友人になったのは、貴女が王女様だからではありませんよ」


 黒髪に黒い瞳のマリアンヌが言った。ローズマリーと同じ中背で華奢ながらグラマラスという女性として羨望せずにいられない肢体の持ち主だが顔立ちは平凡だ。


「……でも、私は、ずっと、あなた達を騙していたわ」


 彼女達だけではない。物心ついた頃から、ずっと周囲の人間を騙していた。……アーサーや妾妃に言わせると「見抜けないほうがおかしい」と言われる演技力であってもだ。


「でも、私達は、あなたの演技に気づいていたし、私達への友情に嘘はないと確信していましたから」


 金茶の髪と瞳のレベッカが言った。幼く見える可憐な顔立ちながら彼女もローズマリーやマリアンヌと同じ体型だ。


 ……三人の事は好きだが一緒にいると私のさびしい(ないとは言わせない!)胸が強調されるのが悩みだ。


「……私を許してくれるの?」


「許す許さないとかではないと思いますが。少なくとも私は気にしてませんよ。マリアンヌとレベッカもでしょう?」


 ローズマリーが訊くと二人は頷いた。


「……ありがとう」


 私は泣きそうになりがなら微笑んだ。嬉しかった。


 どんな罵倒されても仕方ないと思っていた。


 いや、ただ私が王女だから仲良くしてくれていたのなら、そんな事すらしないだろう。彼女達がそういう人間でないのは分かっていても、その可能性も捨てきれなかった。


 王女に生まれたくなかった。それでも、王女として生まれなければ、彼女達に会えなかった。


 私が周囲を騙し続けた人間だと分かっていても「友人」だと言ってくれる彼女達に会えただけで幸運だ。













 






 







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